閑話2-1

「いやぁ、一仕事終わった後の飯は旨いな!こんな上等な肉、孤児院前いた場所じゃ出なかったぜ。」

「お野菜はわっちの地元のがやっぱ一番だとおもっけどねぇ。」

「まあ収穫したてのものには流石に負けるだろうね。」


 普段は上品なお屋敷で働いている面々も、今日だけは賑やかに、日ごろの労苦をいたわりながら酒に、食事に舌鼓したつづみを打つ。

 年に一度、フェルディーン家に仕えている使用人たちの慰労会。貴族たちの屋敷群から離れた、町の郊外の丘でのバーベキューだった。

 鉄板の上には大ぶりの肉や野菜がこれでもかと敷き詰められ、かぐわしい香りが辺りに漂っている。


「思ったよりシグルトの帰りが遅かったから、こりゃ慰労会に間に合わないんじゃねえかってハラハラしてたけどな。」

「いやですね。年に一度の楽しみを放るつもりなんてありませんよ。」

「でも、シグルトさの家ならおんなじくらい美味ぇもん食べてるんじゃねえか?」


 先ほど林檎酒を口に含んでしまったらしいエイリアは、普段は本人なりに隠そうとしているなまりを開け広げにしながらからからと陽気に笑う。

 けれどもそれをたしなめるものは誰もいない。当たり前だ。今日は年に一度の無礼講なのだから。


「いやいや、うちは男爵といいましても、本業は魔法騎士ですから。生活レベルは全然違いますって。」

「よぉわからんべな……わっからすればどっちもお貴族様って感じすっけど。」

 確かに庶民一般からしたらそんなものだろう。正直なところ私だって、侯爵や公爵、王家といった上のお歴々の方々は雲の上のようなものだったわけで。


「おーい!火が足りてないぞ。誰か火魔法使えるやつー!」

「おっと、今行きますよっとー」

 焼き窯を見ていた男性の呼びかけにフレディが立ち上がる。火魔法なら私より彼のほうが適任だろうと見送った。


「ここだとわっちの土とかシグルトさの風とかあんま役に立たんもんな。」

「いや、複合したり使い方次第じゃないかな、そこは。」

 ともすれば卑下に入りそうなエイリアに柔らかく返す。

「それにエイリアは土魔法の応用がすごいじゃない。カマドだけならともかく、お肉を焼くための岩盤を切り出せるってなかなかないと思う。」

 少なくとも私には真似できないな。畏敬の念を込めてつぶやけばえへへと照れくさそうな声が聞こえた。



 魔法というのはいくつかの段階と属性に分かれている。


 基礎基盤きそきばんとして挙げられるのは前世でもゲームでよく出ていた四大元素。火水風土のそれぞれの属性を発露させることで、火や水を発生させたり、土や風を操るものだ。

 今日のバーベキューでも土魔法で土を集めてカマドを作り、生み出した火と風で肉を焼いたり、発生させた水をスープにしたりと当たり前のように皆が活用している。


 次の段階としてはその複合。

 熱と風を複合させて幻影を見せたり、土を活性化させることで草木を急速に成長させる呪文だ。


 この二つまでは基盤であり、応用を利かせられればいくらでも使い道があるが、一方で学院のような専門機関に通わずとも単純なやり方なら使いこなせるものも多い。


 それ以外の、例えばミラルドやアーノルド夫人が使っていたような生理的変質を与える呪文はだいぶ高度な技術だといえる。

 生理的な作用を与える魔法を使うには、魔力が与える人体へのメカニズムの理解が必要となってくるからだ。前世でいう医者と同じくらいの知識と、魔力を操る技能が重要となってくる。

 自己強化ならいくらか難度は下がるのだけれど。自分の体ともあれば、本能的にある程度制御できるのだろう。


 土を操る応用として草木を成長させ自在に操ることのできるルイシアーノ。おっとりとした性格ながら難易度の高い生理的変質魔法を操るミラルド。

 やっぱり実力はソルディアに選ばれるだけあって高いんだよな……。性格がちょっと、だいぶ捻じれているだけで。いや、今は未来に希望も持てると思いたい。


 いずれにしても、魔法は単一方向に作用するのはことわりでもある。幻惑魔法すら、周辺の光を歪めることでそう見せかけているだけで、触れてしまえばすぐに気づかれる。

 だから花に魔法をかけることで、花自体が他者にさらに作用を与えるだなんてことは奇跡であり、一般的には祝福と呼ばれるものだ。……ん?


「お、何の話をしてたんだ?」

 聞こえてきた声に思考が中断される。まさか取り留めもない魔法の作用について考えてたというのも気恥ずかしい。なので笑みを浮かべて混ぜ返すことにした。

「んん、フレディは魔力の調整がうまいなって話だよ。」

「なんだよそれ、器用貧乏って言いたいのか?」

 焼きたての火鳥ファイアバードの串焼きを両手に戻ってきた彼は、そのうちの一本ずつを私とエイリアに差し出してきた。


 受け取ったそれを大口を開けて頬張れば、舌を刺激する辛さと熱さの中に確かな旨味を感じて思わず舌鼓を打つ。


「ん、おいひぃ!」

「あふぁっ、あふぁっ、火傷すそうっず!」

「だから何言ってるか分かんねぇっての」

 突き抜けるような空の青を眺めながら食べるのも野外ならではの醍醐味といえよう。


 お高い肉を外で大ざっぱに──いや、もちろん作っているのは雇われている料理人、つまりプロの方々だが、それでもお高い肉のバーベキューというのは贅沢に感じてしまう。

 これはデザートにミツドリの焼き鳥も食べたいものだ。鳥肉だけど蜜を集めるだけあって甘くておいしいんですよね、あれ。


「そういや、結局この間実家に呼ばれたのって何が理由だったんだ?」

「んだんだ、お屋敷でも急にお暇だったから、ご家族に病気とかあったんじゃねがって噂だったべさ。」

 そんなうわさが広まっているとは思わなかった。心配をかけていたのなら悪いことをしてしまっただろうか。


「まあその噂も、もう半分は例のやばい兄貴が原因じゃないか説だったけどさ。」

「例のやばい兄貴って何です!?そんなうわさも広まってたんですか??」


 え、ちげぇのと言われたらなにも否定できないどころか肯定しかできないのだけれど。噂も兄貴がやばい方も。

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