4-13話 予測不可能回避不可能

「で、今回の報酬のお話とやらをお聞きしても?」


 学院に帰る前にクアンタールの生家に顔を出してきた兄。兄がいっていた“とっておき”の情報を聞くため、彼の私室へと乗り込んで開口一番にでた言葉だ。


 ハーブティーにトリミツがたっぷり入ったもので喉を潤しながら、後ろにまとめなおした髪を指でくるくるといじる。

 数日間のいとまを頂いていたとはいえ、用件も済んだのだ。フェルディーン家にまた戻らないといけない。

 約束した馬車も、もう間もなく用意が出来るはずだったので。私も久方ぶりにドレスを脱いで、動きやすさを重視した男性の服装を身にまとっていた。


「ああ。その前に軽く今回の顛末てんまつは伝えておくよ。アーノルド夫人とその子どもの扱いについて」

 話をそらされた気が皆無とは言わないが、それはこちらとしても聞いておきたい話だ。特にミラルドについては。改めて背筋をただす。


「まず、アーノルド夫人についてだ。彼女はソルディアに対して傾倒した結果、自らの子どもたち……というよりは末子であるミラルドだね。

 あの子がソルディアに入れるようにと人工精霊を作ろうと画策していた」

「人工精霊……、って。自分たちの手で精霊を?そんなもの、本当に作れるものなんですか?」


 ゲーム中にそんな単語が出てきた記憶はないから、ゲーム中のアーノルド家がそんなものを作ろうとしていたかは分からない。

 或いはゲームでは最終的に結実けつじつせず、闇から闇に葬られていた可能性は有り得るが。


「押収した資料を見る限り、あの理論じゃ百年たっても人工精霊を生み出すなんて夢物語だろうな。ミラルドが使っていた生理的変質魔法があるだろう?あれと同じ魔法をを任意の者に身につけさせられるくらいがせいぜいなものだ。」

「十分すごいと思いますが……」

 父が私の知らぬうちに帰ってしまったのも、その呪文を使ったからだと後で聞いた。使い方次第ではいくらでも悪用されておかしくない。


「とはいえ王家の血もはいっている神官一族だ。それだけでは罪とするには弱い。

 だが、その理論の実現にあたって彼女は高位の貴族に接近した。そこで金銭の取引があったのだけれど、対価に得たものが問題でね」

「いったい何を集めようとしてたんです?」


 クッキーを一枚摘み上げて口へと運べば、「これだよ」と机の上……正確にはそこに置いた、私がこの数日はめていた指輪を指し示した。


「正確にはこの中央に填められているもの、精霊石だ。もちろん別の種類だけど。

 これは精霊が己の力を結晶化した、いわば精霊の力そのものに等しい。精霊石を媒介に別種の魔力を流すことで、魔力の主に適合した精霊を生み出そうとしていたらしい。」


 しかし、一度目の実験が失敗した時点で精霊が、同胞の力の一端を不当に使用しようとした気配を察知。

 授けた相手ですらない矮小な存在が自身の力を悪用しようとしたことで怒りにかられ、ソルディアに今回の問題の対処と使おうとしていた精霊石の回収を託宣クエストとして依頼したらしい。


「あ、もちろんこの精霊石はちゃんと俺が正規の手法で手に入れたものだからそんな心配はいらないぞ♡」

「えっこわ」


 何というかすべてが怖い。

 精霊石が高級品なのは知っていた。知っていたが。

 変な使い方したら石を渡してきた精霊が察知して、対処しろとか回収しろとか命令されるものなのか。


「むしろ一周回ってなんでこの指輪はこんな使い方して怒られないんですか??性別を偽っている妹がその魔法の効果を打ち消すために使うとかどう考えても罰当たりでは??」

「別に精霊の存在意義をゆらがせているわけでもないからなぁ」

「こわ……ゆるされるゆるされないのデッドラインを教えてほしい」

 もしくは法律で定めてほしいと頭を抱えたら、もう定められてるぞと返される、マジでかぁ……。

 それならいいのか?逆に法律で妹の性別認識変換魔法を打ち消すために使用してはいけないとか書いてあったら怖いもんな。うん、ぞっとする。


「ということで、アーノルド夫人は精霊冒涜の罪状で数年間は牢屋行きかな。旦那さんが保釈金を積めばもう少し早く出られるだろうけれど、神官の旦那さんが精霊の存在を揺るがせるようなことをした奥さんの保釈申請は難しいところがあるだろうね」

「どうにかならないんですかね……」


 今日焼いたばかりなのだろう、まだほのかな温かさの残るクッキーは水乳で作られたバターが芳醇に香る。

 お茶と同じハーブを練り込んでいるようで、ほろほろとした感触と共にハーブの風味が口いっぱいに広がった。


「少なくとも彼女の中の熱狂的なソルディア信仰がどうにもならなければ無理だろうね。釈放されたところで同じことを繰り返すし、下手をしたら更に過激な内容を息子に吹き込むかもしれない」

 けれどもお茶請けに並んで耳にしている話が、その味を純粋に楽しませてはくれなくて、自然と目線はテーブルの下、足元へと落ちる。


 最悪釈放されてもそのまま離縁されて、療養として地方に行くことになるかもしれない。その言葉に薄いきつね色のお菓子がどことなくほろ苦い味わいを見せた。


「……じゃあ、ミラルドはどうなるのでしょう?」

「母親にあれこれと吹き込まれていたらしいから、しばらくはセラピストの定期的な面談はすることになりそうだ。

 でもまだ未成年な上に未遂だったから、罪に問われるようなことはない。うちクアンタール家の意向もあったしね」


 事前に執りなしを頼んだ効果があったのだろうか。内心で胸をなでおろした私の顔を覗き込むように、私よりもすこしだけ黄みがかっている翠が瞬いた。

「それに、メッドやモリスンさん……あの子のお兄さんたちがちゃんと弟のことを見ていくって言っていたからね。時間はかかると思うけれど大丈夫だと思うよ」


 目の前の翠が柔らかく笑んでくる。

 悪ふざけは多いけれども、これまで私に惜しみなく愛を注いでくれている私の兄。

 あの子にはあの子の兄が、家族がいるから大丈夫だと、不安に揺れる私の背中を支えてくる。

 兄が言うのなら大丈夫なのだろう。

 チートだからという思いもあるが、それ以上に私の“兄”の言葉だからこそ、安心して体の力を抜いた。


 一杯目のカップが空になった頃合い。お代わりを飲むほどの時間はないだろう。少しだけそれを残念に思いながら、そういえばと思いだすように顔を上げる。


「それで、結局報酬について」

「ああ、そういえばその話もあったな」

 せめてクッキーくらいはもう一枚食べてから向かいたい。この家に生まれおちてから、気が付けば実家の味と呼べるようになったそれをつまみ上げて咀嚼する。


「いやぁ、多分シグもそろそろ思い出したかなと思ってさ。……前に遊んでいたガットヴォクシーの“えるにえ”って覚えてるか?“チョコクラッカー”さん」

「っ!!ぇほっ、ごほっ、は、なんでその、ぅえほっ、げほっ」


 思いっきりかみ砕くのを失敗させて気管に入ってしまったクッキー。荒い塊とハーブの香りが喉を苦しめる。


 ガッドヴォクシーというのはとあるオンラインゲームの名称だ。

 いくらかのジョブや武器から好きなものを選んで、一対一や多数対多数のPvPで遊ぶことが出来る。一時期は私もかなりはまっていた。

 チョコクラッカーというのは私がそのゲームをしていた時の名前だ。当然、今世の話ではない。前世の出来事。なぜこの兄が知っている?


 涙と咳と未だ喉に残る違和感に苦しみながら顔を上げれば、そこにはとっておきのいたずらが成功したような顔をしている。


「あっはははは!いやぁいい顔するな。チョコクラッカーさんってば」

「いや、なん、そのなま、ちょこく、いや、えるにえって」

 加えて彼が口にした“えるにえ”という単語。一見何の関連性があるのかといいたい謎の名称だが、他の単語とくっついた瞬間その名前は意味を持つ。


 笑い上戸の彼がもはや耐え切れないと言いたげに、大爆笑しながら手をたたき出した。

 二人だけの部屋だというのに、大きく鳴り響く手の音が嫌に耳障りだ。この音もまた、名前に付随して覚えがある。その時は大抵が通話越しでの記憶だったけれど。


「いやぁ、めちゃくちゃいい反応するじゃん!前にノアクルの愚痴聞きながらフルボッコにされた雪辱果たせり!だな!」

「~~~~~~~~~!!!!!!」

 とどめの一押しの言葉に完全に言葉を失った。


 チートの兄貴がまさか前世のオンラインゲーム仲間とか分かるわけないだろバカっ!!!!!!!




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