4-12話 それはまるで(メッド視点)

「お、うちの可愛い妹君にちょっかいをかけるだなんて、お前も隅に置けないな?」

 シグリアという名の少女と自らの弟。二人といくらかの言葉を交わしてから、少女と同じ金と翠を持つ男の元へと戻ってくれば。

 いやににやにやとした笑みを浮かべてくるのはどうにも厄介な悪友、リュミエル=クアンタールその人だ。


 睨みつけようとも、まったくもってこたえた素振そぶりはない。


「はぁ?戯言ざれごと大概たいがいにしろ。あんなうちのミラルドちびすけとさほど年端も変わらん子どもに手を出す気などない」

「え~。六つ差なんて大人になったらあってないようなものだろ?ま、うちは……というか俺は妹には恋愛結婚してほしい派だけど。」

「こんな見合いの席を設けておいてか?」


 まったくもって言葉が薄っぺらい。

 そんな調子だからあの妹もお前に対して胡散臭い印象を受けるのだろうと言ってやりたいが、言ったところで気にすることはないだろう。

 それを意図して振舞っているやつなのだから。


「あの子にも受けるだけで十分、本気で結婚する必要はないって言ってたしね。それに、結婚するかはさておき将来的に同じ学院に通うことになるんだ。今のうちに人脈を広げておくのは手だろ?」

 似たような縁で俺もメッドに会えたわけだし。などと片眉を上げながら軽薄な調子で笑う男に、呆れかえりながらも言葉を失う。


 言葉を交わしながらリュミエルが捲っているのは我が母でもある此度の被疑者、マーシャの保管していた書簡をまとめたもの。


「……黒か?」


 問い掛けはするが、答えは分かっている。

 先ほどの反応の時点で十分でもあったが、それ以上に実の母親相手だというのにここまで信頼がうしなわれていたとは。いっそ驚きだった。

 或いは、目の前の男にそうしたものを根こそぎ掘り起こされたと形容した方が相応しいかもしれないが。


「黒だね。《黎明ドゥーン告げし謳プロフォス》の託宣通りだ。」

「……はぁ、頭が痛い。」

 つまりは、この後の家の内部の事後始末を父と共同して整理していかないといけない。

 神事一辺倒な父に、対外的な事を熟させることを想像して思わずどんよりとした気分になる。無論、やらねばならない事でもあるが。


「まあまあ、俺にも出来ることがあったら手伝うからさ、メッド。家の整理でも学院の代返や休暇申請とかもさ。友達だろ?」

「──正しい友達は共謀して片方の母親の悪事を暴いて地に伏せたりはしないだろうが。」

「じゃ、共犯者兼悪友ってことで。」


 カラカラと笑うリュミエルだが、実際のところ今回の任務での部外者は自分の方だった。

 ソルディアに命じられた中でも重要性の高い任務。被疑者の身内だろうと、否、身内だからこそ一般生徒がおいそれ同行が許されるような案件ではない。


 それをいとも容易くゆるして、さらには周りを説き伏せたのもリュミエルだ。大きい貸しを作る羽目になったとうんざりする。

 もっとも、いつだって貸しをそこらに作りまわってはその返還など求めないのがこの男なのだけれど。


 だからこそ、嫌味とともに積もり積もった貸しを利子も含めてまとめて投げつけてやりたくなるのだ。

 恐らくはあの妹も、同じ心地なのだろう。


「ま、俺に出来る所は手伝うけど、それでも限界はどうしたってあるからな。……あの子のことは、お前がちゃんと面倒見てくれよ?」

 ちらりと視線を向けたのは小柄の銀色。

 いまは穏やかな顔をしているが、それでも痛みに流した涙の痕は色濃く残っている。母親に盲目的に従っていた、自分たちの末の弟。


 学院に入ってからほとんど話すことができなかったが、もう少し気にかけてやれば良かったと後悔は深い。それを視透かしたように、リュミエルという男は柔らかくわらった。


「当然だろう。まあ、四年近いブランクはあるから最初は手こずるだろうがな。その時には遠慮なくお前やその妹を話題に使わせてもらうぞ」

「ははっ、どうぞご自由に。」


 何せ共通の話題らしい話題すら思い浮かばない。だとしたら話題性に事欠かないこの男を活用するのは至極自然な流れだ。

 軽快な笑みを浮かべていたその顔は、このやり取りを開始してからはじめて笑みを止めた。


「あ、でもうちの妹、対外的には弟として今は通しているから、そこのところ気を付けてくれよ」

「…………おい待てリュミエルお前今とんでもないことを言わなかったか?」


 早口で言葉を紡ぎその肩を鷲掴わしづかむ。

 それくらい余裕で避けられるだろうに、あえてされるがままに捕まって再び飄々ひょうひょうとした笑みを見せた。

 その状態でも器用にまとめ終えたらしき書簡は、気が付けば二つに分かれている。恐らくは片方が証拠として提出するもの。もう片方は医師へと差し出すことになるものだろう。一方の紙束をはためかせる。


「いやぁ、クアンタ―ル家うちの代々の取り決めでね。代々うちで生まれた女性は男性と同じように魔法騎士を目指して高位の貴族に従者入りするんだよ。性別認識変換魔法を使用してね」

「はぁ!?」

「ちょ、痛い痛い!」


 いきなり何を言い出しているんだ此奴こいつは。ツッコミどころしかない発言に肩を掴む力を強くする。

 そもそもそんな無茶が代々まかり通るとは何事かとか、そもそもクアンタ―ルの家はそう歴史の長い家じゃないだろうとか。

 そもそも五代続いているかどうかではなかったか?その間に一体女人も何人生まれたか怪しい。


 だが、つい先日四学年の授業で学んだ身の上として、これだけは突っ込まざるを得なかった。

 肩を掴む腕ごと引き、顔を近づけた男へと凄む。


「──性別認識変換魔法だと?馬鹿なことを言い出すな。魔法は一方向にしか成り立たないのは原則であり世界の法則だ。

 それに、認識の変換だと?他者の認識能力にまで干渉するものなど、」


 もはや、呪いと変わらないだろう。


 その問い掛けには返答はなく。

 ただにこりと、普段以上に透明な笑みを返されるだけだった。

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