4-11 託宣と兄弟
混乱する私に告げるように、あるいは夫人の罪を断ずるように、
「──ソルディアで精霊からの
「そんなおつもりは……っ!」
ソルディア至上主義の彼女からすれば、まさしく寝耳に水の言葉だったのだろう。悲鳴に似た声がもれる。けれども兄は変わらずに穏やかな調子で首を横に振った。
夫人を拘束していた青年が、淡々と言葉を紡ぐ。
「あいにく、何があろうと罪は罪。
「メッド……っ!」
「そういうこと。まあ、証拠集めが一番の難関ではあったんだけどね。精霊の
わざとらしく大きく肩をすくめてから、こちらを振り返る兄。彼は
「だから礼を言うよ、シグ。お陰でうまい具合に事が進んだ。お前が見合いを受けてくれたおかげだ」
「………ちきしょう。つまり最初から貴方の掌の上だったわけですね、くそ兄貴」
考えてみればおかしい話だった。兄の都合だとして頼まれたこの見合い。
家にとってのメリットは見合いを受ける際に耳にしたものの、兄自身は一言たりとも、この見合いそのものが自分の利になると口にしてはいなかった。
つまり私は体のいい囮だった。
ソルディア狂いの母親が、その関係者の妹と見合いの機会を設定されれば断る理由などない。それどころか彼女としては歓喜しただろう。
魔力の高い末の息子と、ソルディアの中でも
そして兄としても、私を見合いの主軸として注目を集めることで労せずアーノルド家に潜入。
彼女の狂気の証拠の収集や致命的な現場を抑えることが叶った。
傍らで母親を拘束している青年は知らない顔だが、ミラルドと同じ銀の髪にアメジストの瞳。おそらくは友人だというミラルドの兄だろう。
手際よく拘束を終えた頃合いに、予め通報していたのだろう。他の魔法騎士らしき人々が到着する。
「おっと、じゃあ俺は向こうの人たちに事情を説明して来なきゃな。ってことでシグ、また家で会おう。多分明日には時間も空くから。」
「…………はぁ、分かりました。」
いまだ文句がないと言えば嘘になるが、ここで駄々をこねるほど子どもにもなれなかった。肩をすくめて彼の言葉に首を縦にふった。
◇ ◆ ◇
「──お前がリュミエルの妹か。身内が迷惑をかけたな。」
さて、迎えの天馬車が来るまでにはまだ少し時間がかかるらしい。騒然としている邸内でミラルドと二人並んで言葉を交わしあっていると、低い声が聞こえてくる。
「あ、メッドお兄さま……。」
見上げれば銀の髪とアメジストの切長の瞳。色彩が同じでもミラルドとは受ける印象が真逆だ。彼がゲームでいう“論理的な長兄”か。
どことなくミラルドの表情がこわばった気がする。ドレスのレース部分を握りしめてきた。
「どうも。いえ、元はと言えば最大の元凶はあの愉快痛快犯のリュミエル兄ですので。」
「お前も苦労しているんだな……。」
硬く握り拳を作れば、同情するような視線と言葉が返ってくる。どうやら彼は
「まあ、迷惑もかけられましたが、同じだけ勝手にこっちの苦労を引き取って何でもない顔をしている人ですからね。今日はその分を少しでもお返しできたと思えば。」
「……随分と豪気だな。リュミエルの妹なんて立場は、そうでもないと勤まらないかもしれないが。」
「褒め言葉として受け取りましょう。で、それを言うためにわざわざこちらへ?」
量るように見上げれば、ひとつ首を横に振ってから男は
「いいや。そうだな、本題に入るとしよう。……ミラルド。」
「っ、はい」
名前を呼ばれたと思えば、私の後ろに隠れるミラルド。そういえば母親には話してはいけないと言われていたのだったか。
目の前で複雑そうな顔をするお兄さんに苦笑を浮かべてから、半歩足を斜め後ろに下げる。
「ほら、話があるようですしちゃんと聞いた方がいいと思いますよ?」
「……えぇ、やだ、はずかしいです。シグリアちゃん代わりに聞いて……」
「甘ったれないでください。」
腕を掴んで前に引きずり出す。私は貴方の母親じゃありません。いや、あの母親と同じ扱いをされるのは
ともあれ温情として腕はそのまま支えておきましょう。後はそちらで頑張るようにとアーノルドの兄弟を交互に見る。
「……すまなかったな、ミラルド。」
「え。」
「お前を守れなかったことについてだ。ああいう人だと理解していたというのに、学院のことを言い訳にしてお前をほったらかしにしてしまっていた。」
誠実に頭を下げる自身の兄に、ミラルドはけれども、困惑した顔をする。
「どうしてお兄さまが謝るんですか?ボク、怒ってないですよ。」
「その事に怒りや悲しさすら感じられない状態にしていたからだ。……今はこの謝罪の意味が分からずとも良い。それでも、できる償いはしていく。今はその言葉だけ覚えていてくれ。」
「……うん。分かりました、お兄さま。」
未だむずかしそうに口元をもごもごとさせながらも頷くミラルド。母親の言いつけを素直に聞いていた少年が、すぐに彼の言葉を理解しきるのは難しいかもしれない。
けれどもどこか期待するように、そのアメジストが瞬いた。星に似た輝きはそっとこちらに近づいて耳打ちをする。
「ねぇ、シグリアちゃん。……ボクもシグリアちゃんとシグリアちゃんのお兄ちゃんみたいな、大好きな関係になれるかな?」
大好きなんかじゃありませんと意地をはりそうになったけれど、ひとつ首を振って笑みを浮かべる。
今求められている言葉はきっと一つだ。
「ええ、なれますよ。」
未知を予期する予言のように、花咲く道を
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