4-10話 因果は回る

「家に帰ってきてくれた時ぶりだね、愛しのシグリア。

 っ、くく、はは、ずいぶんと愉快な状況になってたみたいだけど、大丈夫だったかい?」

「…………おかげさまで。ありがとうございます、お兄様。」


 最悪だ。またこの男に一つ貸しを作ってしまった。両手もろてをあげて感謝したい気持ちと、はがみしたくなる素直でない私が一瞬混ざり合う。

 が、助けられたこともまた事実。そこは素直に頭をさげる。兄は満足げに瞳をほそめ、それから目の前にいる女へと向きなおった。


「さてと。うちの妹にずいぶんと無体を働いてくれたようだね。

「妹──?失礼ですが、その子が?」

 青ざめた顔をしながらも訝しむ視線をこちらに向けてくるミラルドの母親。失礼すぎやしないか??


「おや、間違いなくこの子は俺の可愛い妹だよ。ちょっと愉快仰天楽しい魔法はかけられてるけどね。」

「は??寝言は寝て言ってください。」

 性別認識変換魔法とやらのどこが楽しいんだ。全力で異議を唱えたい。


 ……それはそうとして、そうか。

 今の私は指輪を外してしまったからまたあの謎の魔法性別認識変換魔法の効果が出ているのか。ミラルドの指から指輪を抜きとって、再び自身にはめ直す。


 催眠のような生理的変質魔法は、一度解除さえしてしまえば継続して効果が現れることもない。

 現にミラルドは、痛みと混乱で未だ茫然ぼうぜんと、涙をこぼしつづけている。


「っつ……ふぇ、いたい……いた、ぃです……。」

 ぽろぽろと泣く子どもに、胸がずきりと痛む。それを見透かしたように、リュミエルが私へと、ポーションを放り投げた。


「手当してあげてくれるかい?シグ」

「ええ。元はと言えば半分は私のせいですから。……すみません、ミラルド。手と足、痛むでしょう。」


 ポーションの蓋を開けてハンカチに染み込ませる。患部へとあてれば淡く震えたものの、痛みが和らぐのを感じたのだろう。ミラルドはほぅと小さく息を吐き出した。

 鎮痛効果のあるポーションは飲んでも良いが、今回のような外部のダメージが要因なら患部かんぶに直接当てた方がいいと、衛士長から教えていただいていたのが役に立った。


「え、えぇと……シグリア、ちゃん?」

「ええ。私の名前はちゃんと認識できているのですね。一体どの辺りまで憶えてますか?」

 アメジストの輝きがぱしぱしと長いまつ毛の後ろに隠れたり現れたり。


「えっとね、うん。おぼえてるよ。……さっきまではね、ボクの中にこうしちゃえ、ってお話ししてるグレムリンさんがいたの。」

「ぐれむりんさん。」

 思わず唱え返す。こんな時にも表現が独特だ。天然の方はもしや地だな??


「じゃあ、先ほどの婚約とやらの話や、その後の手錠は?」

「あのね、手錠は気づいたらがちゃってしてて、それからグレムリンさんが出てきたの。でも、シグリアちゃんと結婚できたらすてきだなって思ったのはほんとだよ?」

「……それはどうも。ですが私は今はそういったことは考えていませんので。」

 先ほどまでも繰り返し告げていた言葉。でも今度は気持ちやわらかに答えれば、ミラルドのほうも素直に頷いた。


「うん、わかりましたぁ。でも、お嫁さんは早いって分かりましたけど、お友だちならいいですかぁ、だめ……?」

 ボク、お嫁さんもほしいけれどお友達もほしいんだ。外の世界を知らない少年は、恥ずかしそうに指先をこねくりまわす。その仕草に微笑ましさをおぼえて笑みを浮かべた。

「ええ、それなら。」

「!やったぁ。ありがとう、シグリアちゃん。」

 ひとまず納得してくれたようだ。ほっと胸を撫でおろす。



「ミラルド!あなたなら分かるでしょう!?精霊様に選ばれることの尊さが!太陽を託されることの誉れが!!」

 だがまあ。とうてい納得できない者がこの場にはいるわけで。

 ミラルドの母親が幼き銀の少年へと甲高い声を上げた。それを受けて華奢な銀髪の少年の肩が震える。見れば顔つきもはっきりとこわばっていて、それを見て再び、怒りめいた熱が再炎してきた。


「…………はぁ。いい加減になさってくださいません?」

 被っていた猫は引き続き行方不明。どうせ外で日向ぼっこでもしているのだろう。

 取りつくろうなんて言葉が辞書から抜け落ちたまま、突き放すような冷たい声が私の喉から現れた。


「どうせお父様にも同じような術か何かでこの場を退くようにしたのでしょうが、あいにく私もミラルドも、貴方の薄ら寒い夢を果たすための操り人形ではございません。」

「……シグリアちゃん。」

 小さな息が少年の口から漏れる。それに勢いづいたわけでもなく、続けざまに言い放った。


「だいたいソルディアなんて異常集団に入れるために息子を操ろうなんざ気がしれませんね!!全てが自分の思い通りになると思ったら大間違いですよこの毒親が!!!」

「あっはははは!シグってば遠慮みじんもないな。さっすがー」

「だまらっしゃいこの笑い上戸!!」


 混ぜっかえすな!!

 いきなり笑い声を巻き込ませてきた兄へと怒りの矛先を向ける。こちらの感情を理解したのか、彼にしては早く収まった笑いは流れるように真剣な目に移り変わる。


「シグの言うことも一理ある。たとえ何を信じていようと、決して許されないラインはあるものだ。……そして貴方は、それを既に侵している。」

 そう言うと共に取り出した書面。

 何かの契約書だろうか、格式ばった文面を見ると、ミラルドの母親の顔色が変わった。


「それ……は…………!」

 一体何の書面なのだろうか、そう思っていると廊下の方から誰かが走ってくるような足音が響く。

 咄嗟に部屋から逃げ出そうとした母親を、新たに現れた銀の髪の男が組み敷いた。


「……お分かりいただけたか?母上。」

「メッド……ッ!!」

「え、メッドお兄さま……?」

 緊迫感あふれる親子の会話に、どこか調子のずれた末弟の声が重なる。


 いや、一体何が起こっているんだ!?

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