閑話2-2

 さて、暇をいただいていた間何をしていたかと訊かれたところで。はたして神官家の三男坊と見合いをした末に監禁未遂と欲情魔法の被害に遭いかけましたなんて話せるだろうか?

 否、絶対無理。


 なので日中のバーベキューの間、のらりくらりとかわしましたとも、ええ。

 最終的に「やばい兄貴にやばいことに付き合わされて口封じをされている」という結論になったが、何も間違ってない気がするのはさておき。


 楽しい時間というのは何事も終わりがあるもので、気がつけばもう撤収の時間。屋敷でのシフトがある者は先に戻り、そうでないものは片付けへと入る。


「シグルトはこの後またルイス様の世話だっけ?大変だな。」

「まあ仕事だしね。ルイシアーノ様にちゃんとお会いするのはこっちに戻ってきた時ぶりだけど。」

「ひぇ……っ、いじめられないといいのですが。」

「そしたら言い返すだけだよ。じゃ、片付けはよろしく。」


 挨拶を交わし、屋敷へと戻る。

 途中一つ思いついたことがあったから、調理器具を片付けしている人の元へと寄り道をして。



 ◇ ◆ ◇



「遅いぞ、愚図ぐず。よほどのびのびと羽を広げていたと見えるな。古巣に帰るのはそうまで楽しかったか?」

「出会い頭に人のこと罵倒しないでください。というか向こうは心底疲れて羽なんてミリも伸ばせてないですしあの兄の無茶に付き合わされて楽しかったと言えるわけがないでしょう。」


 うん、変わってない。

 実家に帰って五日間。屋敷に帰ってから二日。

 およそ一週間ぶりの会話だが、私も彼も相変わらずだ。


 もはや社交辞令にもなりかけたやりとりを終わらせてから、ルイシアーノが眉をひそめる。こんな社交辞令が貴族社会であってたまるか。


「で、その手に持っているものはなんだ?

 まさか俺の身支度の世話をしながら片手間でつまみ食いをするなどと言う不快なことをするつもりではあるまいな。」

 嫌そうな目をしているが、そんなことをするわけがない。不敬以前に失礼だろう。首をふって否定する。


 その手に持っているものというのは、先ほどバーベキューの会場で受け取ってきた焼き菓子、メサヤだ。

 前世の記憶でいうとバームクーヘンが一番近いだろうか?あれよりも皮が分厚く、サクサクとした食感が売りだ。


「今日のお裾分けですよ。どうせルイシアーノ様は一人寂しく厄介なお勤めに行ってきたのでしょう?」

「一人ではない、父上と母上もご一緒だ。……厄介という点については否定し得ないがな。」


 心底面倒そうにため息をつく。

 従業員たちが慰労会いろうかいを開いていたこの日、フェルディーン家は王家主催の精霊行事の一つに参加していたらしい。

 学院内で行われるものとは異なり、王家が取り仕切るそれは貴族同士の交流……質の悪い物言いをすれば、術数権謀じゅっすうけんぼうの場でもある。


 神殿で行われる儀式と、その後に行われる舞踏会。華やかな装いの水面下で繰り広げられる貴族たちのやり取り……うん、絶対参加したくない。


「疲れた時には甘いものがいいと言いますし、いつぞやのバルンよりも控えめな甘さで美味しいですよ。ヨッダ調理長が焼き上げていたものですし。」

「だとしても外で焼かれたような品、一体何が入っているか判ったものではないだろう。」

「そんなことを言って、学院に入ったら似たようなものを食べる機会なんて山ほどあるでしょう。まさかご学友同士の交流の場をそのくだらないプライドとやらで台無しにするので?」


 貴族たちが通う学院、当然ルイスよりも高位の方々も通われている。彼らの中には学生生活を謳歌しているものもいる筈だ。

 仮に公爵や王家に連なる御方がたからそう言ったものを差し入れられた時にも同じような態度を取るつもりか?


 そこまではっきりと口にはしなかったが、意図はその聡明な頭がはっきりと汲み取ったようだ。

 厭気に満ちたため息を吐き出してから、渋々と言わんばかりに手を伸ばしてきた。こうなった私は引かないと分かっているのだろう。実際入学前に少しくらい意識して鍛錬して欲しいという思いからだった。私はお前の母親か。


「……はぁ、こういうものは焼いてすぐならまだ食えるとはいえ、冷めてしまえば価値は一気に落ちるものだろうに。」

「それ、作った本人には絶対言わないでくださいよ。」

 ルイシアーノに渡すから包んでほしいと言われた時になんとも言えない顔をしていたヨッダ調理長を思い出す。彼の善意につけ込んででおいて、後でお叱りを彼が受けるような羽目になるのだけは御免だった。


「はん、貴様の思慮のなさに文句を言っているだけだ。顔が少しはマシになったと思ったが、浅慮さについては全く改善されていないようだしな。」

「は?喧嘩売ってます?」


 小気味良いやりとりを反射的に繰り広げながら、脳内では彼の言葉を反芻。合間に挟まっていた言葉に一拍遅れて首をかしげた。


「……って、顔がマシって。そんなひどい顔してました?私」

「なんだ、自覚していなかったのか?例の兄に呼び寄せられて戻って以来、どう見ても貴様の顔は死んでいたぞ。貴様と仲の良いあの二人ですら、軽率に声をかけるのを躊躇っていたではないか。」


 まあ、あの能天気どもにも配慮の文字が辞書にあったことをしれたのは僥倖ぎょうこうだったがな。そんな余計な一言を口にしながらも、こちらをみる目は鋭い。心中を量っているように。


 私としてはその言葉を聞いて一気に複数の思考が押し寄せて戸惑いが支配する。


 確かにあの二人と話をするのは今日が久方ぶりだったけれど、そんな心配をかけさせていたのかとか。

 そもそも原因の兄の会話とか。

 尚あれからすぐに迎えの天馬車に乗る羽目になったので最後の言葉の追求はできていない。手紙は帰ってすぐに出したが。


 とはいえまとまりきらない思考は循環不全じゅんかんふぜんを起こし、最後に脳が理解した衝撃を思ったそのまま口から吐き出すことがやっとだった。


「ル……ルイスが複数の人を気遣えるようになってる……成長してる……。」

「は??貴様それは俺に対する宣戦布告とみていいか?」


 苛立ちまみれの声が聞こえるが、構うものか。

 あの!ルイスが!人の動きを伺ってかつ慮るような言葉を出しているんだぞ??

 私に対しては誘拐事件以降たまにあったが、フレディとエイリアのことも気にかけているのは非常に大きな進捗だ。いや、どこからどう聞いても素直じゃないけど。そこは現状目をつぶろう。


「宣戦布告なんてそんなそんな。そのまま大きく健やかに育ってください。」

 そうしてどうか、ヒロインにやばいことをするような人にはならないでほしい。


 そもそも恋愛ルートに入りさえしなければそんなことを心配する必要もないのだけれど。この時の私は心からそう願って握りこぶしを作るのだった。

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