13-6話 錯乱と対峙
『──嗚呼。当たり前を信じるなどと。なんて清らかな魂なんだろう。』
煩い。
『永遠なんてありはしない。今君の側にいるものも、ただ君の地位だけが理由だというのに。』
煩いと言っているだろう。
『なのに奪われたくないだなんて。愚かしいね。そもそもそれは元から何一つ、君のものではないのに。』
……煩い。
『本当に、誇り高きフェルディーンの侯爵家の一員なのかい?』
煩い煩い煩い煩い煩い!!!!!
◆ ◇ ◆
「シグルト=クアンタール戻りました! ルイシアーノ様は何処に!?」
「シグルトか! 今ハイネ様が寮の談話室で応戦している!」
学院に戻り状況把握のために教員室へと駆け込めば、普段学院に足を運ぶことはほとんどないフレディが返事をする。
「談話室……ということは避難をされてきたんです?」
「ああ。ルイス様が起きてきたと思ったら急に俺を殴ろうとしてきて……。で、攻撃を執拗にしてくるルイス様から逃げ惑ってたら、同じ寮のやつが応援を頼んでたらしくって、ハイネ先輩が飛び込んできて助けてくれたんだよ。」
その言葉に改めて彼を見る。……成る程、今は平然とした顔だが、よく見れば治癒の跡が残っている。
「念の為聞くけどフレディは怒らせるような心当たりはありませんか?」
「普段のネチネチ嫌味だけならともかく殴られる覚えは今のルイシアーノにはねぇよ!」
前のルイシアーノだったら有り得なくもないと言外に言っている気がするが、まあそこは呼び捨てと合わせて目を瞑ろう。私もよくやるし。
「とにかく、いるのは寮なんですね? 分かりました。ハイネ先輩と交代して目を覚まさせるついでに一発ぶん殴ってきます!」
「一応聞くけど私怨じゃねえよなそれ!?」
「もう一度ルイスが眠る前に目を覚まさせる必要があるんですよ! 説明は後!」
「私怨じゃないって否定はないんだな!?」
零ではないので、はい。ないです。
とはいえいつまでもここで話し込んでいる余裕はない。
「先生! 儀礼刀お借りしていきますね!」
「あ、ああ。気をつけなさいクアンタール!」
セレモニカの儀でも使った儀礼刀を片手に、再び強化魔法を掛けた脚で地を蹴った。
/////
「……チッ。目を覚ませ。フェルディーン!
「……るさい、……っ!」
寮へと飛び込めば、散乱した机と椅子。いくつかは破壊されて木片となっている。
ハイネ先輩の方は私と同じく儀礼刀を手に。刃を持たないそれを選んだのは、ルイシアーノに必要以上の傷を負わせないためだろう。
だが錯乱しているルイシアーノはそんな遠慮をする理由はない。
多くの植物が絡み合ってできた杖型の武器は鋭い
「ハイネ先輩、ルイス様!」
「……っ、シグルト!」
「……シ、グ……ルト?」
壊れかけのぜんまい仕掛けのようにこちらを見るルイシアーノの顔は苦悶に満ちている。が、その程度で足を竦めるつもりはない。儀礼刀を構え、鈍い音を大きく響かせながら二人の間に割り入った。
「ハイネ先輩、交代します! 一度戻って治癒を受けてきてください。……それと、後で二人怪我人が出るので受け入れの準備を、と。」
視線だけを後ろに向けて唇の端を吊り上げれば、一度黒が瞬かれて弛んだ。
「……容赦がないな。」
「嫌ですね。愛ですよ愛。敬愛するご主人様が無様な姿を晒す前にフルボッコにしてあげようという。健気な従者だと思いません?」
「天馬を飼い慣らす言い草だな。
「ええ、勿論。」
物は言い様ってことでしょう?
「ならいい。……フェルディーンのことは任せる。」
勢いよく飛び上がったハイネ先輩を食い止めるようにルイシアーノが
「っと、させませんよ!」
けれども易々と邪魔させるつもりはない。彼の腕が動く瞬間を見計らい、その根本を絡め取るように儀礼刀で薙ぎ払う。再び鳴った鈍い音と共に、ルイシアーノの体勢が揺らいだ。
性差故の腕力差はあれど、そこは強化魔法でカバーできる。彼とは幼い頃から鍛錬で剣を交わしているのだ。この程度の動き──ましてや今の錯乱し、平静を失っている彼の剣を見切れないわけがない。
「……っ、貴、様、邪魔しおって……!」
「あったり前でしょう。私がこういう人間だと、ルイス様ならご存知では?」
殊更の笑顔をを向ければ、苦痛と苦悶が混じっているような表情が怒りに染まる。棘で覆われた杖の鋒がこちらへと向けられた。
「……煩い。葬ってやる、排除してやる。貴様なんぞ、消えてしまえ……っ!」
「生憎、はいそうですかと消えてやるほど物分かりはよろしくありません。そこまで消えて欲しいのなら。」
兄の言葉を信じきるわけではない。或いはハイネ先輩にあのまま任せた方が良かったかもしれない。ただ、この役割を他に任せたくなかっただけだ。
全力で掛かってくるんですね。
不敵に笑って、剣を構え直した。
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