2-2話 職場環境は理想的(※ただし1点を除く)

「大丈夫だった?シグルト」

「悪かったな、庇ってやれなくて」


 退室して少し歩いたところの曲り道、向こう側から聞こえてきた声。

 それまでずっと仏頂面で歩いていた自覚はあったので、ぐりぐりと親指と人差し指で眉間の間を軽くほぐす。次の瞬間にはあら!どこからどう見ても人懐っこい笑顔!


「いいえ。お二人が下手に私を庇ってルイシアーノ様の不興を買うようなことにならなくてよかったよ」

 我ながら変わり身が早いなとか、そもそも既に二人とも私の舌戦を見たことがあるんだから意味ないだろうとかそういうツッコミも浮かぶけどその辺りは丸っと無視した。

 一番ヤバかった頃を見られていたとしても、その調子で振舞う必要など一つもない。というかあの俺様お坊ちゃまと一緒の扱いをするのは失礼にもほどがある。


 そこにいたのは男女二人。いずれもまだ成人して間もない、二十歳にも満たない若さだ。丁度学院で二学年に突入している兄と同じくらいの年代だろう。

 癖のある柔らかなボブヘアーをカチューシャで留めている女性はクラシカルな白と黒の衣服を身に纏っている。一定の機能性を確保しながらも見目の柔らかさを優先している服装は、この館の女中が皆着用している所謂メイド服だ。

 男性の方は私が着ているものと同じ濃紺の生地に金字模様のジャケット。その上に燕尾服のコートを羽織っている。


 エイリアとフレディ。

 どちらも歳はシグリアより離れているが、二人とも館で働いている同僚だ。正式に入った時期も数か月程度しか違わない。実質同期ともいえる彼等の隣に並んで歩きだす。

 使用人たちの宿泊棟は同じだし、二人ともここにいるということは夜勤ではないのだろう。



「二人とも仕事の方は順調だった?」

「順調順調。基本的にルイシアーノ様が妙なちょ……うぉっほん。想定外のトラブルさえなければ、やることは決まってますからね」

 口が滑りかけたのを慌てて咳払いをして誤魔化すフレディは、先日うっかり奥さまの前で口を滑らせかけて執事長に雷を落とされたのが余程尾を引いているらしい。

 あの時のお説教、執事長も気持ちは分からなくもないというオーラが沢山出ていたけれど、そこはプロの従者としての誇りが先立っているのでしょう。


 まあ、私は気にせずに執事長の目の前でもバチバチ喧嘩をしてますが。正式にこの家に雇われている二人と、家の付き合い兼将来の見聞を拡げることも兼ねて従者として仕事を任せられている私では立場も違うのでしょう。

 万にひとつも旦那さまや奥さまには聞かせないように徹底しているからなのもあるでしょうが。

「う゛う゛ぅ゛……ほんにもうしわけねぇ゛っす゛。前はわっちがお坊ちゃまを止める役だったのに、シグルトサンが来てから全部お任せずるような゛かだちになってで……」

「訛りが出てるぞ、エイリア。それにそもそも止める役とかそういうのを作ること自体がおかしいんだろ。本来なら叱って止めさせるべきなのを誰もやらないから助長してるわけだし。実際それで辞めさせられたやつだって何人もいるんだぜ?」

 フレディの言葉は全く同感だった。実際叱ったりしたら今度は親にある事ないこと告げ口をして強制的に止めさせられるらしいが、そこまでの横暴が許されていること自体、この家は異常だ。


「本当に。まあボクは家に入る時に奥方様からも何かあったら遠慮なく言ってくださいと言われてますし、いざとなったら同じ年齢の気安さでやりすぎちゃいましたとかで誤魔化しますよ」

 何かあったら遠慮なく言ってちょうだいという直々のお言葉と同年代というカードは強い。

 この二枚の切り札は周りがヤバそうだった場合も躊躇いなく切るつもりはある訳で。安心させるように未だ戦慄いているエイリアへと柔らかく笑みを浮かべる。



「そう気にしなくて構いませんって。だから目を真っ赤にして哀しそうな顔をしないでください。折角かわいい顔なのですから、貴方には笑顔が似合いますよ、エイリア」

「はわ…………」

「うわ…………」


「あれ?」


 種類の異なる二種類のため息交じりの声に思わず首を傾げた。


「いや、お前本当…………タラシだよな」

「タラ…………っ!?!?」

 思わず絶句する。


 おかしい、そんなつもりは全くなかったのだけれど。女子同士でその服かわいいとか折角かわいいんだからメイクもうちょっと薄くしなよとか、それくらいの感覚で話すことあるでしょう?咄嗟にそんな言い訳を口にしようとした。


 でもよく考えたら今の私の顔は乙女ゲームの攻略対象の一人、シグルトな訳で。おまけに本来は女だけれど性別認識変換魔法をかけているから、彼等にとっては歳はそこそこ離れているとはいえちゃんと男の子に見えているわけで。

「そんっ……な、こと……は、ない、と……思いマスヨ?」

 否定しようとした声色は次第に弱まり、視線も自然と虚空を彷徨う。え、いや。可愛い子に優しくするのは当たり前じゃないの?

 救いを求めるように視線をエイリアへと向ければ、その頬は赤く染まっている。あ、ヤバ。



「かわ゛い゛とかえがお゛とか、わっちにゃ申し訳ね誉め言葉だっず、これはも、けっ゛こんしてお礼するっきゃねだす……」

「いや何言ってるかわかんねえし、そもそも身分差考えろっての!!」「あ゛い゛たっ゛!!」

 ずびし、とフレディの鋭い一撃が訛り言葉が出ていたエイリアの柔らかな薄茶の頭に勢いよく入れられる。鋭角凡そ斜め45度くらいの見事な手刀。


「あ、そんな女性に乱暴な……」

「乱暴な、じゃないだろ!そもそもお前が女とあらば無条件で口説くような真似をするからだが?」

「いやそんなつもりは全く……いや、うん。ごめん」

 じとりと湿度のある瞳に睨まれて思わず目を逸らす。うちの男性陣がどうしようもない分、女性へ向ける目が甘くなっている自覚はあったもので。


「ったく……。ほら、さっさと戻るぞ。明日は祭りだっていうのにこれ以上疲れていられねぇって」

「あぁ……そういえばもう明日なんですよね」


 思い出して視線が更に有らぬところへと遊泳をはじめる。この地方最大のお祭りにフェルディーン侯爵は来賓として参加をしているのだ。

 それは子息のルイシアーノも例外ではなく。彼の従者である私も、必然的に参加を逃れ得なくなっていた。



 顔が思いっきり歪みそうになっているのを見て、二人の瞳に労わるような色が混じる。明日の私の役割を必然的に想起したのだろう。


「そうそう。土産は……流石に従者としての仕事中じゃ難しいよな、気にしないでいいぜ」

「そうじゃね……じゃない、そうですね!ルイシアーノ様がご機嫌な状態で帰ってくだされば、それが一番のお土産です!」

「さりげなく最上級の無茶を振らないでください??」

 あの坊ちゃんがご機嫌な時なんて、一生に何度もないんじゃないだろうか?

 特に、もしかしたら明日は彼の一生を左右するかもしれない事件が起きるかもしれない。曖昧過ぎるって?私もどうなるかよく分かっていないもので。


 せめて何事もなく無事に過ぎてくれればそれでいい。半ば無茶にも等しい願いをかけながら、二人と連れ立って宿泊棟の方へと向かっていった。

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