2-3話 花精霊・感謝祭

 小鳥が青空を漂いながらさえずり、あちこちで花を模した吹雪が咲き誇っている。

 普段は屋敷に篭り切りの私でも、何時も以上に気合を入れて飾られていると推察できる色とりどりな店の連なり。軒先に並べられている商品も花や植物をモチーフとした小物や、野菜をふんだんに使った料理が数多い。

 道ゆく人々も鮮やかなドレスやアクセサリーでめいめいオシャレを楽しんでいて、その顔には言うまでもなく笑顔が浮かんでいる。


 年に一度のこの地方でのお祭り。

 “花精霊フロール感謝祭フェスティア”は今年も大盛況の様だ。

 大地より生まれ出てる植物たち、それを支える精霊への感謝を示すこの祭りにはこれ迄にも幾度か参加した事があったが、一般客と共に市内を練り歩いていた頃よりも一段高い視点にいる為かかなり新鮮な心地だ。


 これで隣に座っているのがこの傍若無人でなければ楽しめたのだが。

 視線を横にやると、全く同じ形の瞳にかちあたる。貴様も同じ考えか。反射的に顔を背けると、視界の端で仏頂面をして同じ行動をとるルイスの姿が映る。


 コイツが気に食わない理由に同族嫌悪もあるかもしれない。知りたくも無かった事実から必死に目をそらしていると、外の侍従に聞かれない様にやや潜めたボーイソプラノの声が耳に入った。

「…何をボケっとしているんだ。とっとと作戦に移るぞ。」


 おい、本気だったんですかあれ。


 ルイスの云う『計画』とは、今私たちが乗っている天馬車が飛び立つ瞬間を見計らって、扉から、ひいてはこの後に待ち受けているスポンサー達の会合からこっそり抜け出そうと云う物である。


 そもそもこの馬鹿がそんな結論に至った経緯から話そうか。

 事の始まりはフェルディーン家がフロール・フェスティアへ毎年資金を出しているのに絡んでいる。元々フェルディーン家は爵位こそ高い物の、そこまで魔力量も質も優れた一族ではなかった。魔力が重視されるこの国では名ばかり役職に就くことも少なくは無かったらしい。


 侯爵も夫人も、学院には在籍していたそうだが、ソルディアなどまったくもって雲の上の存在だったとの事。

 だが婚姻後間も無く、とある占い師に『貴方達には“リーフィ加護メルツ”がある。フロール・フェスティアに寄付をすれば恩恵がもたらされるであろう』と預言を受けたらしい。……何処の胡散臭い宗教だよ、とツッコミたくもある。


 だが事実、フロール・フェスティアに寄付をした年に産まれた嫡男は、幼くして父母をも超える魔力を身につけていた。

 何を隠そうそれがルイシアーノである。

 憧れのソルディアすら夢ではないその魔力に、夫妻は歓喜した。

 それゆえにフェルディーン御夫妻は花の精霊に感謝の念を抱き、この感謝祭では毎年多額の資金を提供しているとの事である。


 以上の様な経緯から、ルイシアーノは幼い頃からこの祭りにスポンサーの嫡男という立場で参加している。

 参加とは言っても天馬車の上から楽しそうな様子を眺め、お偉いさんの小難しい話を聞くだけ。おいしい料理は出るだろうが、子供心には何の楽しみもないだろう。

 こんなしち面倒臭い扱いを受けて満足するような暴君ではない。彼は考えたのだ。だったらその前に抜け出してしまえばいいのでは?と。


 うん。まあ皆がお祭りを楽しんでいる時に一人校長先生の話モードは辛いもんな、どこの罰ゲームだよ。

 私も学校行事前後の何かの教訓話は全力でBボタンを押してスキップしたくなったし、気持ちはよく分かる。


 だが、一つ問いたい。何故私を巻き込んでるんだ貴様。

「そんなの、いざという時は貴様を囮にして逃げる為に決まっているだろう。」

「もし実際にそうなったら次から紅茶を淹れる時は布巾で拭き取った水でお湯を沸かしますね。」

 やはりロクな事を考えていないな、コイツは。それで後悔するのは自分だと云うのに。



 何故かって?話は簡単だ。このイベントはゲームにも名前と回想場面で現れているのだ。

 ………ルイシアーノ=フェルディーンのトラウマの原因として。


 こっそり父母から離れ、フロール・フェスティアに参加した少年はそこで誘拐事件に巻き込まれる。

 安穏たる箱庭の中で過ごしてきた少年は、悪意に満ちあふれた世界に触れるのだ。拳や脚を奮われ、身体の自由を奪われ、精神的に傷つけられる。

 その凄惨さたるや、これを具体的に描写したらR制限が一つ跳ね上がるという公式の発言からも想像できよう。


 其処で彼はどうしたと思う?


 隅で縮こまり救援を求めるか、何とかして脱出を目論むのが一般的な反応だろう。


 だがルイスは違った。

 『自分に牙を向く奴らなどこの世に存在する価値などない。』と誘拐犯達の抹殺を図ったのだ。流石はDV系ヤンデレ。お前その発想どこから出てきたんだよ。


 その前に抵抗して右腕と左脚を折られた状態で四人の誘拐犯の内二人がナイフで切りつけられ重症。一人は気絶。そして一人が胸に深々とナイフが刺さり重体だったらしい。どんな乱闘が有ったんだ十歳児と。


 更に悪い事に、家の者や祭りの関係者達はルイシアーノが遭った被害と凶行を隠すため、誘拐犯達の存在を闇に葬った。文字通り命ごと。

 それによりルイスは『自分に逆らうものが有ってはいけない』と俺様を歪ませて行くのだから、本当何やってんですかあんたら。


 つまり、こいつのヤンデレ化を阻止するには、何とかして誘拐犯との接触を避けるか、ルイスが馬鹿な真似をする前、ひいては誘拐犯共が無駄な危害を加えてくる前に奴らから逃げないといけない。


 え?祭りで抜け出さなければいいんじゃないかって?

 そう思った時期が私にもありました。


 でも、前の回想を思い出すに、具体的に何年前の出来事だったかはほとんど説明されていなかった筈だ。

 スチルは有ったものの、薄暗いシーンということもあってか場面の凄惨さをぼかして描かれた絵にはルイス自身の姿は描かれていなかった。

 つまり、今年言いくるめてお祭り脱走を阻止したとしても、今後同じ事が繰り返されては意味がない。


 むしろこのワガママ坊ちゃんが私にすら計画を伝えずに脱走する可能性だって高い。監督不届きで罰されるとか本気で勘弁したい。

 だったら今、私の目が届く内に意地でも解決させる方が、精神衛生上安心でしょう?

 上手く行けばルイシアーノの奴を亡き者に出来……流石にそれは此方にも責が飛ぶから止めておこう。



 これも全てはヒロインの為ヒロインの為。

 念仏の如く頭で愛らしいゲームのヒロインを思い浮かべながら、天馬車の扉に手を伸ばした。

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