2-4話 祭りを楽しみたいです(切実に)

 結論から云うと、天馬車からの逃走はあっさりと叶った。


 と言うか、こんなに簡単に抜け出せていいのかと聞きたくなるくらい拍子抜けだった。

 まあ抜け出す寸前に魔法具を活用した幻惑魔法で私達の姿を隠したし、天馬車の中にはルイシアーノが蔦で作った身代わり人形も置いてある。

 遠目で御簾ごしの人影しか見えない所までなら気付かれないはずだ。見目は蔦そのままだから、後十分もしない内にバレるだろうが。


 どちらも私達が独学で学んだ魔法だから、まさか親御さんたちや祭りのお偉いさんもこの年齢でここまで魔法が使えるとは思っていなかったのだろう。

 魔法感知用に設置されていた魔法石は、外部にしか取り付けられていなかった。


 これで後は誘拐事件を待つのみ……だが、それまでこの暴君が大人しくしていると思うか?いや思わない。

 事実、私の横に居たはずの奴はすでに何処かへと消えている。この場からならずこの世から抹消してやろうか。


 慌てて辺りを見渡すと、道に連なる屋台を遠慮なしにジロジロと眺めるルイス。

 何をやっているんだあのバカは。只でさえ質のいい革生地で出来た上着の時点で目立ち易いというのに、周りの目を気にすることすら出来ないのか。

 というか、あの世間知らずのことだからこのままではエラい事をやらかしそうな気がする。


 ルイシアーノには気づかれない様に近づいていき、商品を手に取った奴の脇腹めがけてチョップを入れる。

「グフッ!!!」

 少し勢いがついたか、大げさに呻くルイス。ざまぁポイント+1点!


 胸中どころか目で見て分かる様に舌を出してやると、ぐわっと目を見開いてこちらを睨んでくる。

「貴様……この様な真似をしてただで済むと思うなよ……!?」

「市井の子供はそんな上から目線で話をしません。分かったらもうちょっと子供らしいあどけなさを前面に出して。有り体に言うならバカっぽい真似をしてください」


 後でそれを笑いの種にしますから、という続きはかろうじて飲み込んだ。

 バッ……!と口をパクパクさせる様は陸に上がった魚のようで、その様子に溜飲が下がったとも言える。

 そして、確かにこの場は箱入り息子であるルイス自身よりも、多少ではあるものの市井を知っている自分の言うことを聞いた方がいいのだろうと鼻息を大きく吐いた。


 ……こういう所があるから憎みきれないんだよな。内心で息を吐き出す。日頃の何様俺様ルイス様と言わんばかりの横暴さは鼻につくが、重要な局面での判断は間違えないのだ。

 暴君ではあるが昏君ではない。


 上流貴族となるのに相応しい知識と判断力は、ゲームの中のルイシアーノそっくりだった。


「おや、坊ちゃんたち。何かお買い求めかい?」

 店の前で小声で交わしていたやり取りを見てか、少し眉を下げながら店番のお兄さんが声を掛けてくる。

 いかにファンタジーな世界とはいえ、エプロンは店員の鉄板なのかな、なんて思いながらもほほ笑みを浮かべた。


「ううん、お父さんとお母さんが用事を済ませて帰るまで、二人でこの辺りを見て回っておいでって言われたんだ。」

 年相応の少年らしい口調と表情を意識して笑い返すと、横のルイスが妙なものを見る目でこっちを見てくる。残念ながら、お前もこれから同じようにふるまう必要があるんだぞ。

「そっちの坊ちゃんはキミの友人かい?」

「え、ええ…まあ、はい。」

 案の定、話を振られたルイスもここで面倒を起こすわけにはいかないと思ったのか、苦笑気味に猫を被る。

 友人呼びに一瞬顔を顰める辺り、まだまだひよっこだがな、と胸中で高笑いは忘れない。


 だが、人の好さそうな店番のお兄さんはその違和感には気が付かなかったようで、「そうかい、それならこれはサービスだ」と砂糖と麦の粉を合わせて焼いた、地方の伝統菓子の一種を差し出してくれた。

「良けりゃこのバルンでも食べてくと良い。焼きたてだから火傷するなよ?」

「誰がそんっ……ぐぇっ!」

「わぁい、ありがとうお兄ちゃん!」

 文句を口にしそうになったルイスの足を遠慮なくきつく踏み、代わりに礼を言う。


 涙目でこっちを睨みつけて来たが、これ見よがしに「ほら、やったねルイス!」と満面の笑みでバルンと言う焼き菓子を差し出すと、表面上は笑顔で「ありがとう」と言う位に理性はあったらしい。


 口パクで『後で覚えてろよ貴様』なんていうのは見えたけれど存じませんね?そもそも隠す必要があるのは私ではなくて貴方でしょう?と言いたげににこっと笑みを返すだけにとどめた。



 まあ、それだけやったところでこの男から非難が飛んでこない訳がないわけで。

 案の定、その青年から離れた祭りの露店の端。人気の少ない通りまでズカズカと歩いていったかと思ったら、振り向いて盛大に顔を顰めてくる。子どもらしい可愛らしさの欠片もない。


「全く……確かに隠す必要はあるかも知れんが、だからと言って主人を足蹴にするような愚かな従者だったとは。ほとほと貴様の愚かしさには呆れの言葉すら出んな。シグルト」

「言葉が出ないのはルイス様の語彙力不足なだけでは?

 このような人気のない場所に来てまでまともな皮肉一つ言えないだなんて、如何に高尚な知識を詰め込まれてもそれを活用するだけの頭脳がなければなんの意味もありませんよ。」

 あくまで表面上はにっこり笑顔のまま。周りに聞こえないように顰めた声だけを苛烈に返す。


 傍から見たら不機嫌な子供と無邪気な子供がふたり、内緒話をしているようにしか見えないだろう。

 人気が少ないからと言って、無垢な子どもの擬態をなくすわけにもいかないだろうと満面の笑みを浮かべ、ほら、あっちあっち!とワザとらしい大声を出して駆けだした。

 こんな場所でまでお説教なんて聞いてたまるか!


 パタパタと二人の子どもが駆けていく足音は、祭りならどこでもよく見られる光景。

 無邪気な姿は、傍から見ればただの幼子二人。

 そう見えるようにふるまっていたし……だからこそ、油断していた。気が付かなかった。


 路地裏のさらに奥、こちらを見ている瞳たちに。

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