2-5話 祝福の配達人

「お花をどうぞ!」

「おや、坊やたちお父さんとお母さんは?……迷子じゃないなら良かった。それならお花をどうぞ」

「愛らしい坊ちゃんたちねぇ。アタシが同い年だったらダンスでも申し込んでたよ。代わりにほら、花をどうぞ」


 街並みを歩いていれば老若男女様々な手から渡される花、花、花。

 色鮮やかなそれはあっという間に食べ終えたバルンの代わりとばかりにそれぞれの片手を埋める。

 バルンも出来立てはさくさくと香ばしい食感で美味しくはあったのだけれど。この何様俺様ルイス様は途中で鼻につく甘さが気に食わなくなったらしく、最終的に一人で1.3倍くらいの量を食べるのは少々厄介だった。


 その点花はありがたい。食べてもお腹は膨れない。いや、手は埋まるからいざという時に少しだけ困るかもしれないが。


「……なんだこの花配りどもは……」

「いや、祝福の配達人は花精霊フロール感謝祭フェスティアの鉄板じゃないですか……ってああ。そっか!そういえばルイスはお祭りはじめてだもんね?」

 はっと気がついてすぐにワザと普段よりもワンオクターブ高い声を出す。変声期前の……否、そもそも私は女なんだから変声期は来ないけれど、成長期も前の声は前世の頃よりも更に高い。


 それなのに耳障りな声にならないのは流石は攻略キャラ補正というか、イケメン(イケジョ?)補正というべきか。

 天から与えられたその声を今は目の前のクソガキを煽る一心に使っているあたり、私も性格が悪いという自覚はあるが。


 目の前の眉間にぎゅっと深い谷間が出来るのを見て、大人げないという反省と同じくらいここ暫くの鬱憤が晴れる感覚を覚える。

 これは一昨日の勉強後にネチネチネチネチと執事長の前で嫌味の叱責を三十分くらい続けられた分!



「はん、貴様が先に知っているからと言って優れている証明になどならないからな。寧ろ世俗に染まりきっているなどと貴族社会の末席にいる身として恥ずかし……モゴ」

 貴族社会だの世俗だの言い出した辺りで咄嗟に目の前の碧髪ショタの口を抑え込む。そのまま慌てて耳元で苦言を囁いた。


「あー、ほらほら。今の私達は只の市井のお祭りを楽しむ無邪気な少年たちなんですよ、そんな変な口調で話すなんておっかしーの!」

 最後の最後、けたけたと笑い飛ばして指をさせば顔が林檎のように赤くなる。

 とはいえ天丼を繰り返すほど愚かではなく、大きく深呼吸してから負けじと笑顔を浮かべてきた。ややぎこちないけれどもまあ及第点と言えるでしょう。


「……悪かったでゴザイマスネ。で?その祝福の配達人っていうのはなんだ?何度かこの街や祭りについて聞いたことはあるが、そんな単語を聞いたのははじめてだぞ。」

 普段の尊大な口調から、随分と砕けた物言いになったルイシアーノ。そうしているのを見ると年相応の愛らしさが見えてくる。少しばかり表情を緩めて笑みを返した。

「民間伝承のようなものですよ。数年前から吟遊詩人が流行らせているお話です。」


 前置きを入れて紡ぎだす。祝福を与えられたお話を。



***



 それは一人の配達人のはなし。


 幼き少女に起きた奇跡のものがたり。


 とある平民の母と幼き少女。まずしいながらも平和にくらしておりました。


 けれどもある日、少女の母親は病でたおれてしまったのです。その病をなおすためには、とてもたくさんのお金が必要でした。

 そんなお金、まずしい母娘が持っているはずがありません。


 なやみになやんだ少女は、すこしでもお金をあつめないとと、花精霊フロール感謝祭フェスティアで花を売ることにしました。


 ですが、幼き少女が用意できるのは、野に咲いたありふれた花々。街ゆく人がそんな花に目をとめるはずもありません。


 日がのぼってからしずむまで、街角に立ち続けた少女。けれどもカゴの中の花は、ほとんど残っています。


 困りはてて泣きじゃくる少女。そんな彼女のもとに現れた人がいました。



***


「──なるほど、それが祝福の配達人か。魔法使いというのはありきたりなパターンだな。

 で?どうやって少女を救ったんだ。治療の金を肩代わりしてやったとかか?」


「まだ話の最中だというのに腰を折らないでいただけません?まだ続きがあるから黙ってください」



***



 自らを祝福の配達人だとなのった人は、少女からわけを聞いて言いました。


『なるほど、それは大変だったね。自分がその花をかってもいいのだけれど、それがほんとうに君が望むことではないだろう』


 だから、真実君が望むものを送りとどけよう。

 そうわらって配達人は、花に一つのおまじないをかけます。


『《どうかこの花を受け取った人は幸せになりますように》』


 その言葉とともに、花々はやわらかな光を身にまといます。かがやく花を返しながら、配達人は言いました。


『その花を、君のお母さんに渡しておいで』

『君のお母さんが君といることを幸せだと思っているのなら、きっとこれで元気になるよ』


 少女は花のカゴを受け取って、いそいで家にかえります。そして、ベッドに寝ていた母親に花いっぱいのカゴを差し出しました。



***


「……そうして、花を受け取った母親はみるみるうちに元気になりました。

 親子はその花をドライフラワーにしてまた多くの人に贈りました。それを受け取った人達もまた幸せになって……。そのお話にあやかって、自分と相手の幸せを願い花を贈るようになったとか」

「ふん、ありきたりの子ども騙しの話だな」


 真っ先に出るのがその感想か。鼻で笑うルイシアーノを横目で見る。

 まあ私も何も知らなければかわいらしい寓話だなというくらいの感想で終わっていただろうけれど。

 生憎そうではなかったので、皮肉まじりに「ところがどっこい」と言葉をつづける。


「これ、実話です。というかこの配達人とやらがうちの兄貴です」

「はぁ……、………。………はぁ!?!?!?」

 お、良い反応。普段の傲慢さが剥がれたその顔に溜飲も下がるが、この話への複雑な心情の方が優って浮かべようとした笑みも苦々しいものになる。


「いや本当そんな反応になりますよね。でも事実なんですよこれ。ちょうど祭りに来ていた花精霊に呼びかけて祝福をかけたことで治癒の力を花に与えたとかなんとか言ってました」

 他の相手ならなんという与太話を言い出すのかと思うが、あの兄ならやりかねない。実際その時の状況を微に細に語っていたから尚のこと信憑性は高かった。


 因みに物質に本来存在していない概念的な力を付与するなどというのはこのルーンティナで広まっている魔法の中でも最上級だ。

 薬草の効能を増すような、元来有している力を伸ばすならともかく。或いはもう少し具体的な、例えば特有の匂いや音を出すと言った現象を付与するならば魔法具を活用すればいけるだろう。

 実際私たちだって馬車から逃げ出す際に幻惑魔法を魔法具の一種である布にかけることで周囲に気が付かせることはなかった。


 だが、『与える』という行動を契機に『幸せにする』などという抽象的な術をかけることなど奇跡にも等しい行いだ。

 精霊の力を借り、治癒に特化すればまだ何とか出来なくはないだろうが、それにしたって病や怪我などの症状の特定なしに付与するなど離れ業。

 更には当時の兄はまだソルディア入りどころか学院に入学すらしていなかった八年ほど前の話。私なんてまだまともに記憶もない幼児のころだ。


「いや……正気か?貴様の兄が、それを??」

 ソルディア入りした兄のことは知っていても、その逸話まで詳しくは知らなかったのだろう。


 まあ、この話については後日談というか、兄が忘却魔法をその少女にかけたはずなのに気が付いたら広まってたんだよなあっはっはとか笑い飛ばしていたので、実質あのめちゃくちゃ兄貴のやらかし案件なのだが。


「まあそんなの魔法でもあり得ないだろうからと、あくまで庶民の間に広まっている奇跡のようなお話ということに落ち着いてますが……あ、これフェルディーン家の侯爵夫妻には内緒にしておいてくださいね!!」

「言えるかこんな滅茶苦茶な話を!!!」



 そこまで言葉を交わしあったところで気がつく。道を歩きながらひそひそ話をしていた私たちを、興味深げに見てくる人々の視線に。


 あっ、やらかした……っ!

 顔から火が出そうなほどに熱くなる。反射的に隣にいたルイスの腕を掴み、走り出した。

「お、おい!急にどうしたんだ!」

「煩いですよ!舌噛みたくなかったら……というかこれ以上下手に注目集めたくなかったら黙ってください!」


 そういえば横暴ながらも聡明な少年は、射殺しそうな視線はそのままひとまず口を閉ざす。そうして私たちはひとまず人の目を交わすため、駆け足でその場を離れていくのだった。

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