閑話1-1
「そういえばシグルトって家族仲はどうなんだ?」
とある日のフェルディーン家の夕食後、共に片付けをしていたフレディがふと尋ねてくる。
「どうと言われましても。……普通なんじゃないかと。父も兄も悪ふざけしがちな性分だけど、悪い人ではないし」
愛されているという自覚はあるのだ、これでも。いや、本当に愛されてるならそもそも性別を偽って従者として送り出されるような真似はないだろうと言われましたらぐうの音も出ないけれど。
でも二人とも私がこうしてフェルディーン家に仕えるようになってからは折々で手紙をくれるようになった。
先の誘拐騒動で怪我をした際には父など魔法騎士としての仕事を放り出して駆けつけてくれたほどだ。目覚めてすぐに顔を合わせた父は随分と焦っており、背の高さを加味し忘れたようで部屋に入る時に思い切り額を打ち据えていた。
「あれだけ焦る父を見るのは久しぶりだったとは思うよ。ボクが小さい頃はあんな反応もよく見ていたはずなんですが……」
台車に食器を重ねた後は、テーブルを布巾で磨きあげていく。
これだけ駄々広いテーブルも、普段使うのは三人だけなのだから贅沢の極みというべきか。同じ貴族といえどクアンタール家とは全く違うものだと思う。男爵と侯爵だから差はあって当たり前なのだけれど。
「ふぅん……?ま、仲が悪くないってんなら良いんだけどな。ほら、男爵家がこんな所に子どもを奉公に出すってよっぽどじゃないかと思ってさ」
成る程、どうやら彼は私のことを心配してくれていたらしい。それと同時にこういった風習は一般の人にはあまり広まっていないのかと納得が行った。
「意外とある話ですよ、男爵くらいの家では。特にクアンタール家の魔法騎士のような、魔法を伴う職種を志すとなると、魔法を扱える教師の教えを早いうちに受けたい家は多いですから」
「ん?自分の家で家庭教師を雇ったりはしないのか?」
会話しながらも手は止めない。テーブルを拭き終えた足でそのまま二人、台車を押して厨房へと続く廊下に向かう。
以前の事件の後遺症はなく、日常生活も鍛錬も問題なくできる。非常に癪ではあるが、あの兄からの贈り物が功を奏したとも言えよう。
「他の学問や剣ならともかく、魔法を教授できる人なんて限られていますよ。そんな大層な給金を一男爵家が出せる訳がありません」
「え!?そんなに掛かるのか!?」
フェルディーン家に仕える身の上として、幾度かフレディもそうした魔法についての教授を受けてはいたが、そんな実情は知らなかったのだろう。跳ねた声が廊下に響く。
曲がり角向こうから老齢の女中が顔を出して静粛にと窘められた。
「ええ。だからこうして家に仕えることは下位の貴族としても利益が大きいんです。特にうちは学院に行くことも目指していますから、なら尚のこと高位の貴族の方と繋がりを作って、その従者として入れるように便宜を図っていただくのは理に叶っています」
ゲームのヒロインのように直接精霊から指名されるなんてシンデレラストーリーでもなければ、下位の貴族が学院に入る手法としては一番無難な手法だ。
そこまで説明をすれば納得したのだろう。幾度も頷いていたフレッドが、ん?と何かに気がつくように首を傾げた。
「でもシグルトの兄さんはソルディアに入ったんだろ?なら逆にその繋がりで家庭教師の一人や二人雇えるんじゃないか?」
そう。そうなのだ。
ソルディアに入るというのは非常に誉あるもので、学院内でも教師を含めて五人いれば多い方。
それに選ばれた兄がいる家と繋がりを作っておくのは、家庭教師側にもメリットがある。私自身の魔力もそう低いものではない。この家に入る二年前、兄がソルディアに入学した時点での打診も恐らくはあったのだろう。
──とはいえ、“シグルト”としてこの家に入るまではあくまで一息女だった私。
将来的に兄の繋がりでどこかの貴族と婚姻を結ぶ可能性は予期していても、まさか自らが魔法騎士としての道を半ば強制的に志すとは思っても見なかったもので。
教養だけならばともかく魔法を学ぶために家庭教師を雇うなどという選択肢すらなかったのだ。前世の記憶さえ思い出さなければ、学院など遠い話のことで片付けていたに違いない。
これらをどう説明したものか……しばしもどかしい表情をしていれば、何かを察したように「まさか……」と息を呑む音が聞こえる。
不味い、まさか性別を偽っていることを悟られたか!?恐る恐る隣へと目線をやれば、葛藤の滲んだフレディの顔。
そのまま暫し口を蠢かせていた彼は、やがて意を決したように言葉を絞り出した。
「もしかして、あれか?お前の兄さんと比較されるのが嫌だった……とかか!?」
「あー……、うん。はい、まぁ。そんな所です。」
察せなくて悪かったなと謝罪をしてくるフレディに、心なしか罪悪感を抱きながらも内心で安堵する。よし、うまい言い訳ができた。
実際兄の威光で来た家庭教師がいたとしたら、ゲーム内のシグルトのコンプレックスは更に増し増しだっただろうし、まるきり嘘というわけでもない。
シグルトの能力も決して劣ってはいないが、何せ比較対象が末恐ろしい噂ばかり聞こえてくる歳の離れた兄だ。劣等感をさらに増幅させることになっていただろうことは、想像に難くない。
「でも、兄さんとも仲が悪いってわけじゃないんだな。そんな比べられたくないくらいだってのに」
「あまりの奔放さに癪だとかムカつくなとか、そういった感情はありますけどね。
……でも、そういうのもひっくるめて兄なので。性根が馬鹿みたいに破天荒なだけで悪い人ではないんだよ」
「それ、褒めてないだろ」
「褒めてないよ」
当たり前です、と笑いながら頷いて厨房の扉を開ける。褒めたらますます調子にのってくるに決まっている。
調理を担当としている面々に台車を預け、あとはよろしくお願いしますと頭を下げて扉を閉めた。
これで今日の自分が受け持っている仕事は完了した。後は部屋に戻ってから、明日の勉学に向けた準備をせねばならない。予習復習をしておかないと、ルイシアーノにまた何の嫌味を言われるか分からないもので。
「複雑な関係だなぁ……。ま、そこまで気安く出来てるっていうのが仲がいい証拠とも言えるけどさ」
「そうです?まぁ良いとも悪いとも言いませんが」
「いやぁ、良いだろ。お前さんとルイシアーノ様みたいにさ」
「はぁ!?!?」
思わずばっと振り返る。いきなり何を言い出しているんだフレディは。信じられないような目を向けるが、逆にあちらからも不思議そうな顔をされる。
「いや、仲良いだろ。前はこう、いつ殺しあってもおかしくないみたいな気配を醸し出してたけど、最近はこう、
「どっちがリスでどっちがサルのつもりで言ってるんですかそれ。いやそうじゃなくてですね……」
脊髄反射で投げた問いかけを自ら打ち消すように首を横に振る。出来れば私はサルよりもリスの方がいい。いやそういう話でもない。
「そうじゃなくて小競り合いってなんです!?そんな可愛らしい喧嘩をした覚えはありませんが!?」
「そこ、静かに歩きなさい」
「はいっ、」
再び今度はこちらに飛んできた注意に反射的に背筋を伸ばす。
歳や立場もありルイシアーノとの舌戦は見逃され気味だが、それ以外の場での礼儀作法はしかと見られている。
深く息を吐き出して、吸う。気持ちを一度整えてから、廊下に響かない密やかな声で訊ね直した。
「……で、小競り合いってなんですか?いや、確かに火花をあちこちで散らしているのは認めますが、そんな動物に喩えられるような不躾な真似をした覚えはありませんよ?」
「いやいや、火花散らしてるのはその通りだけど、最近は前みたいに一歩間違えたら流血沙汰みたいな気配ほとんどないだろ。お前もルイス様も丸くなったっていうか」
なおも納得がいかない私の顔を見て察したのか、「なら俺以外のやつの話も聞きに行こうぜ」と提案をされる。ここでフレディ以外の意見となると自ずと聞く相手は決まっている。
ルイシアーノに怯えがちな彼女がその言葉に同意するとも思えなかったもので、仰々しく肩を竦めながら「別に構いませんよ」と軽く返した。
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