5-3話 ここでも噂なラスボスR

「ああ。お前が“あの”リュミエルの弟か。」

「はい。その形容詞が付くのも五回目ですが、その通りです。」


 正確に言えば妹なのだがそれはさておき。

 今のところ言葉を交わした教員数とイコールなのは、あの愉快犯の所業故だろう。

 その全員が全員、どこか遠い目をしているのも見間違いではない。ソルディアに所属するにあたり必要書類があるということで向かった職員室の中で、そろそろ耳にタコができそうになる言葉をかけられた。


「初年度からソルディア入りしたとか言うので有名になっているようだが、そんなのは俺たちも一緒だろう。何をそんなに騒ぐことがある。」

 不機嫌そうなルイシアーノの声。どうやら、自分が目立っていないことが気に食わない様子だ、この暴君ルイス様らしいといえばらしい。


 従者である私の傍らにいることが多い彼としても、入学式の時から担任に生活指導教諭、職員室の道を尋ねた教諭に。今目の前にいる彼と同じ言葉を繰り返され続けているから、いい加減苛立ちを覚えても仕方ないが。


 それに気持ちは理解できる。いかに奴が破天荒といえ、そこまで一々言われるようなことをしているのだろうか。

 ……訂正、結構していそうだった。あの兄だし。


「初年度ソルディア入りは、確かに優秀さの証ではあるがそこまで異常事態という訳ではない。事実、君たちの一つ上の先輩にもいるからね。」


 奥に腰かけていた穏やかな風貌の男性教諭が諭すように話しかける。

 教員としてかなりの年季を費やしているのか、ルイスの傲岸不遜ぶりにも全く動じていない。

 まさか、ソルディアに入学する奴ら全員ルイシアーノみたいな奴だとかそんな事ないですよね。内心祈りを捧げながらも、口では当たり前のように会話を続けるのだから、私の猫かぶりも堂に入ったものだ。


「それならば、なぜ兄であるリュミエルに対してのみ、そのような形容をつけるのでしょうか?」

 まあ、あの人間が規格外の存在であることはとうの昔に理解していますが。と付け足して尋ねると先生の穏やかな相貌そうぼうがわずかに歪んだ。


「……すでに君たちも契約しているのだからわかるだろうが、精霊との契約というのは精霊側から一方的に与えられる恩寵だ。どの精霊と、どのように契約するかを人が選ぶことなど出来はしない。」


 その言葉に自分もルイスも頷く。

 精霊と呼ばれているあの存在は、およそ自分達よりも高次の存在だと言うことが肌で感じられたのだから。

 見た目は小さくて、おとぎ話に出てきてもおかしくないような小さな光。それがあれほどの力を持っているとは。


「その精霊たちが『頼みますから私と契約してください!』と列をなしてお願いするくらいの力がリュミエルにはあった」

「えっ何それこわ」


 思わず地が漏れた。

 漏れたけどそれすら気にする人はここにはいない。

 何せ隣に居るルイスまで、口には出さずとも同じような顔をしているくらいだ。ちょっとうちの愉快犯存在からしてチートすぎません???


「いや、もちろんね。物理的に列になったわけじゃないんだがな?あの精霊の光が一瞬でひとところに集まって光を放ったのは今でも夢に出てくる。

 物理的に眩しくもあったがこう、魔力が尋常じゃなかった。あの瞬間に計測した魔力を思い出すと国がよく滅ばなかったなと思う位で」

「非常に不本意な問いかけを貴様にすることになるが、シグルト。貴様の兄とやらは本当に人類なのか?こう、人の皮を被った悪魔とか魔王ではなくて」

「その疑問は私としても物心ついた時からの命題ではあるのですが、今のところ代替となる存在の提示が出来てないので是とも非ともいいようがないんですよね」


 しいて言えばチートだろうが、それを話したところで単語の意味を理解してくれる相手もいない。


「更には精霊からの寵愛ちょうあいを受けているのもあってか、或いは元々の性格か在学中もやりたい放題でな……。

 自身に因縁をつけて物理や魔法で喧嘩を売ってくる上級生たちを返り討ちにするくらいなら可愛いもので、学校の裏手にある魔の森を制覇しようとした結果違法薬の密売組織を一つ潰したり、究極魔法を作ろうとか言いだして本当に大陸一つ消し飛ばせるくらいの魔法を生み出したり……もちろん発動までのリスクは高い代物だけれどな?」


 どれをとっても正気の沙汰ではない。というかそんなことまでしてたとか知らなかったのだが。

 思わず私たちの目が死んだ魚のようになるのは許してほしいものだ。

 ルイスに至ってはこれまで美談めいた逸話しか聞いたことがなかったのだろう。信じられないようにこちらと教師を見比べてる。こっちみんな。


「ええっと……。よくこの学校も滅びませんでしたね」

「正直教師陣ほとんどがそう思っている」


 場の雰囲気を変えようと冗談を言ったつもりだったが、大真面目に受け取られた。机の向こう側にいる別の教諭が神妙な顔をして頷いているのが目に入る。

 いや本当、弟妹ていまいとしては頭が下がるばかりだ。本当に、心底申し訳ない。


「とはいえまぁ、シグルトはそこまで破天荒な雰囲気でもないようだしな。こう言っちゃなんだが安心したよ。ソルディアに選ばれたといっても、私達が胃を痛める心配はなさそうだ」

「あはは…………」


 目の前の先生からしたら心底安堵した結果の言葉だろうけれど、私としては複雑だ。いや、兄レベルで問題児と思われるのもシャク以外の何物でもないけれど。


 でも、同時にゲームのシグルトも同じような言葉を投げかけられ続けたのだろう。

 お前の兄はこうだった、そうでなくて良かったと、或いは失望したと。その心中を想うと心が痛む。だからといってヒロインにした事は絶対許さないからなシグルト=クアンタール。いや、シグルトは私なんだが。


「おい、ひどい七面相をしているが一体なんだ。幼少期の兄上絡みのトラウマでも掘り起こされたか?」

「いえちが……違う、はずですねはい。少なくとも直接的にトラウマに関わる事じゃありません。そもそもあの兄に植え付けられたトラウマとかも特段ありませんし。」


「えっ」

「はっ!?」

「えっ」


 なんか物凄い驚いた声を上げられた。解せぬ。

 しかも気が付けば職員室中の視線がこちらへと気が付けば向けられている。


「えっ、ないのか?本当に?あのお兄さんにいきなり秘境の地に行こうぜと引きずり回されたりしたことはない?」

「何ですかその具体例は。」


 実際誰か似たような目にいでもしたのだろうか。だとしたら心底申し訳ない。自分に責任がある訳でないと分かっていても罪悪感が刺激される。

 ちくちくとした胃の痛みを覚えながら返答を待てば、目の前の壮年の教諭が遠い目をした。


「あぁ。ソルディアの担当顧問であるカーマイン先生が、以前──」

「……本っっ当にうちの愚兄ぐけいが申し訳ない…………」


 これからお世話になるはずの立場の人に既に兄が迷惑を掛けていたと知って胃の痛みが一層増す。

 というかカーマイン先生って攻略対象のヤンデレですよね???一体何してるんですかリュミエル兄!?

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