5-4話 ヤンデレとか関係なく同情する

 ティルキス=カーマインはソルディアの顧問役としてゲーム内にも登場する。アイスブルーの瞳にスクエア型の眼鏡をかけ、深緑の細い髪を一括りにしている男。

 当然、彼も攻略対象であり、ヤンデレの一人だ。種類としてはストーカー型というべきか。


 元々市井しせいの出であるヒロインは後ろ盾のないまま学院に入学することになるが、その生活の管理を任されることになるのがソルディアの顧問でもある彼だ。

 性格は理知的、合理的。初見の印象としては冷たさをおぼえるが、生徒に対しては分け隔てなく平等な男。


 教師、指導役としてヒロインを影に日向に支えていく役割だが、恋愛ルートになるとスイッチが入る。

 とある事件をきっかけに、愛しい教え子に悪い虫がつかないよう、そのあらゆる生活を管理すると称して監視・束縛してくるのだ。


「今日は帰りが遅かったようだな。友人と親しくするのは悪いことではないが、回し食いなどはしたないことは止めなさい」

「眠れていないようだが大丈夫か?昨夜は入眠までに普段より五十分ほど時間が掛かったようだが」

 などと言ってくるのはまだ序の口。いや本当に序の口か?序の口なのである。


「今日は朝食のサンドイッチの嚥下に普段より二回ほど少ない十二回で済ませていたようだが、よく噛むように意識しなさい」

「枝毛が三本ほど以前に比べて増えているようだが、髪の手入れはしているのか?恐らく今使っているシャンプーはキミの頭皮にあわないのだろう。こちらの品を使いなさい。ワタシが手づから配合したものだ」

 などと言い出したシーンを見た時には素直にドン引きした。


 こうなった場合、ヒロインがその後どういった反応をするのかでハッピーエンドの道筋が変わってくる。


 少々面倒くさいのが、ありのままの面倒くささををそのまま受け入れてもハッピーエンドにはつながらない。

 恐怖して拒絶をした場合は当然のことながらバッドエンド。どうして自分を受け入れてくれないのかと言い出したカーマイン先生は、学院内に根回しをして彼女の寮室と自らの住まいを繋げてくる。実質の同居監視エンドであり、そのまま監禁されるフラグすら描写の中では立っていた。

 ひょっとしてミラルドの上位兌換型なのでは?このヤバ教師。


 だが先生の監視や束縛を受け入れても、変な場所で線引きをするこの教師は結局のところ彼女と結ばれることはない。

 つまりはストーカーと被ストーカーの関係の継続、決して結ばれることはないノーマルエンドだ。


 全てのエンドを回収した訳ではない私だが、初回はこのノーマルエンド行きだった。

 最初は全てを受け入れていたヒロインも、エンディングの描写で少しずつ精神を摩耗まもうしていたのを見た時にはこの野郎許すまじと握り拳を作ったものだったか。


 ハッピーエンドを目指すには決して拒絶はせず、けれども先生のやっていることはよくない事だと諭す必要がある。

 年上の包容力をなお上回る包容力をヒロインが示してみせるルートだ。さすがはヒロイン、マジ天使。


 実は個人的にはヒロインの聖母っぷりがお気に入りのルートではあるが、そこに至るまでの先生の挙動があまりに生理的に受け入れられなかったので、このルートも一度しか見ていない。


 しかも私は彼より年下の生徒の側。いわば目下の存在だ。そんな立場から先生を矯正する手段など果たしてあるものか。

 内心懸念を覚えながら入学した身の上だったけれども、正直うちの兄が迷惑を掛けていたとなると申しわけなさの方が先だってくる。



 陰鬱な目で「ああ、お前が“あの”……リュミエルの弟か」といわれてしまえば、視線を合わせる事すらできなかった。


「ハイ、コノ度ハ兄ガ迷惑ヲオカケシマシタ」

「なんだその機械的な声音は」


 面白そうだからとついてきた我らが暴君が、的確なツッコミを入れてくる。

 くそ、普通に突っ込まれると文句が返しにくいだろう。昔よりまともになってきて嬉しいけど。


「別に、かしこまる必要はない。確かにお前のあの兄は、リュミエルは厄介と言わざるを得なかったが、全く持って厄介と言わざるを得なかったが。」

「ははは…………」

「二回言ってますよ、カーマイン先生。」


 だいじな事だから二回言ったんだと思うぞルイシアーノよ。どこかで聞いたようなミームを思い出しながらも口には出さず、代わりに軽い探りを入れる。


「何やら他の先生にもお伺いしましたが、いきなり秘境の地に連れていかれた経験がおありとか……?」

 荒唐無稽な質問だとは分かっている。だがあの兄ならやる。これは確信があった。あの兄なら“““やる”””。


 書類を差し出しながら問いかければ、重々しい頷きと共にその手が書類を受け取った。


「ああ。お前たちは隣国のコスタルカは知っているか?」

「ええ、それは勿論。山岳に囲まれた過酷な地だと。」

「酪農に秀でた国ですよね。畜産物の多くをあの国から輸出していると習ったことがあります。」


 口々に答えた言葉に、その通りだと先生が頷きを返す。


「あそこは牧畜が盛んな地だが、同時に山岳も多く存在し、人がそう易々と入れない秘境も多く存在する。その内の一つにデル・スウォウトと呼ばれる場所がある。」

「待ってくださいなんかその名称聞いたことがあります。」


 たんま、と思わず掌を突き出した。

 絶対この名称の出どころの元凶は先生へのやらかし当事者とほぼニアリーイコールのはずだ。


「そこってあれですかね……知恵リヴィアの泉があるとかそういう伝承がある……」

「嗚呼。兄から聞いていたか?」

「なんかこう……三連休を利用してちょっとキャンプしてきたとか言うバカな話が前に手紙で書いてあったような……」

「正気か??コスタルカの秘境など、天馬に乗って空を駆けたとしても片道一週間は掛かるだろう。」


 今頃ルイスの脳裏には正確な距離を描いた地図が広げられているのだろう。

 正直なところ私の脳内に広がっている地図は傍らのそれよりもかなり曖昧な自信はあるが、キャンプでちょっと行こうという場所ではないのはその発言だけで否が応でも理解できる。


「………いや本当にうちの兄が申し訳ない……それはそれとして何でそんな場所に?」


 理由を聞くのはこわい。だが人は恐怖と好奇心が天秤に掛けられた時に無謀にも後者を選択してしまうことがある。今が正にその時だった。

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