6-11話 テンプレなイベント

 この寒い空気とも今日でお別れ。そう思いながら私は顔をあげる。


 そこは底冷えする体育館倉庫の中。

 絶賛閉じ込められている最中だった。


「…………うーん、いびりのテンプレ!」

 これ悪役令嬢ものじゃありませんよね?いやヤンデレが出てくるゲームなのだからまあ治安は推して知るべしなのですが!

 扉を叩きながら、どうしてこうなったのかを思い返す。


 /////


 セレモニカの儀をはじめとした精霊行事は基本的にソルディアが運営することになる。

 無論、舞台の設営全てを少人数の手で行えるわけもないので、一部は業者や他生徒の手を借りながらだが。それでも魔法がある分、前世の時よりも遥かに重いものや高い場所の設営も任されるのは面倒だ。


「ええっと、後必要なのは……あ、壇が足りませんね。」

 有志の合唱団が並ぶための段差に、ぽっかりと不自然な穴が空いている。備品リストを確かめてみれば、木製の壇が体育倉庫にあるようだ。この大きさなら身体強化さえ使えば私一人でも持ってこれるでしょう。分担して設営をしている他の面々に声をかけずにホールを抜け出した。


 /////


 それで倉庫に入った瞬間外から鍵をかける音が聞こえて、そのまま閉じ込められたという。テンプレにも程があるのでは?

「せめて誰かに伝えて来ればよかったですね……。」

 行き先と用件を伝えておくだけでも、戻ってこなかった時に向こうも探しやすいはずだ。いや、真っ先に浮かんだ傲岸不遜お坊ちゃんが来てくれるかというと可能性は薄いが。


「それでもアザレア先輩やカーマイン先生は来てくれるでしょうし……」

 数年来の付き合いの主人よりも出会って一、二カ月の先生や先輩の方が信頼度が高いのは如何なものかとも思う。まあどちらにしても伝えていない以上、この場所に来る可能性は低いだろう。

「誰かー!いませんか!!」

 せめてもの抵抗にと大声をあげて扉を叩く。耳を澄ましてもただ反響音しか返ってこない。……立地もホールの出入り口とは反対だし、助けを誰かに求めるという選択肢は難しそうだ。


 こうなったら自力で出るしかない。深呼吸をして自らの体内へと神経を集中させる。魔力を練って拳の強化へと回す。砕け散るであろう哀れな扉には内心で一足早い追悼を捧げた。

 同調シンクロによって増幅された魔力が薄緑の光となって手を覆う。

 腰を落として深呼吸をしてから、思い切りその拳をふりかぶる──!


 ガァン!!


 金属に硬質なものがぶつかった衝撃音こそしたものの、扉は未だ閉ざされたまま。

「は、うそぉ……」

 魔力をこめた攻撃で傷ひとつつかないなど、普通の扉ではあり得るはずもない。何者かがあらかじめ扉に防護魔法をかけておいていたのは明白だった。


「……いや、これ詰んでいません?」

 扉がダメならいっそ壁を破壊するか。そう思って反対側を思いきり殴るが、そちらも凹みひとつすらつかない。

 物理での破壊は不可能そうだ。ここまでやられるとは、よほど強い悪意すら感じる。一度状況を確認した方がよさそうだ。


 手のひらを再び壁へ、今度は殴るのではなく、手のひらを密着させる。ぼそぼそと呟いたのは先日授業で習った初級の解析呪文だ。魔力の主まで把握することはできないが、今扉にかけられている魔法の状況を把握することはできる。


「(……かけられているのは防護魔法だけ。内側からの攻撃に対してのみで、外側からならほとんど効果はなさそうですね。)」

 とはいえ内側に対してかけられている時点で私の方にできることはほぼないのだけれど。一体誰がこんなことをしたのか。まったく心当たりがない。


「私はヒロインじゃないんですけどねー……」

 こういうところに閉じ込められるのって少女漫画の主人公とかゲームのヒロインとかそういう立ち回りじゃありません?思わずぼやいたところで唐突にそれは聞こえてきた。


「なんだヒロインというのは……というかシグルト、貴様どこでサボっているんだ。」

「ル、ルイスッ!?いえルイシアーノ様!?」

 扉の向こう側から聞こえてきた声は数年にも渡り聞き馴染みのある彼、ルイシアーノ=フェルディーンのもの。


 探しにきてくれたのだろうか。その感謝の言葉の前に素直ではないこの口は皮肉への応酬を返す。

「別にサボりたくてこんな場所にいるわけじゃありませんが!?鍵とご丁寧に防護魔法までかけてきたどこぞの誰かさんに閉じ込められている真っ最中ですよ!!」

「なんだ、閉じ込められるだけの恨みでもかいでもしたのか?俺の従者ともあろうものがどこぞの馬の骨と修羅場を巻き起こすような真似をしているんじゃなかろうな。」

「し、て、ま、せ、ん、が!?」

 扉越しで姿が見えないというのに普段と何ひとつ変わらないやり取りにいっそホッとすらしてしまう。


「でもルイシアーノ様が来てくださってよかったです。この防護魔法は見たところ内側にしかかけられてないので、外から扉を破壊していただけませんかね。」

「……はぁ。厄介ごとに巻き込まれる愚かな従者のカバーをするのも主人の役目か。」

 渋々といった調子の声に喉まで出かかった「なら助けてくれなくていいです」という言葉を飲み込む。

 代わりに扉の破壊の余波を避けるように一歩足を後ろへと引けば、強化魔法をかけた手がドアノブのあった場所を勢いよく貫く手。


 扉が開かれた先にいるルイシアーノは、逆光を背負っていることもあってかとても眩しくみえた。


「……まったく、手間をかけさせる。戻るぞ、シグルト。」

 そういって彼は私へと手を差し伸べてくる。その姿が不本意にも、非常に不本意にもカッコよくみえてしまったもので。


「くそっ……俺様何様ルイス様のくせにっ!!」

「よし、貴様このまま閉じ込められたいとみたぞ。今から修理して閉じ込め直してやろう。俺は寛大な主人だからな。」

「ああっ、そんなご無体な!偉大なるルイシアーノ=フェルディーン様〜!」

「わかったから心にもない言葉はやめろ!寒いぼが出るかと思ったぞ!」

 そんな言い合いへと気がつけば移り変わりながら、無事二人ホールへと戻っていった。


 ……それにしても、一体誰が閉じ込めたんでしょうね?

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