6-12話 解明、けれど未解決

 無事セレモニカの儀は終幕し、冬の精霊は眠りにつき、春の精霊が謳歌をはじめた。

 喧騒すら残るその空気に紛れて。凛とした、冷たさすら感じる双眸が黒へと向けられる。


「シグルトを閉じ込めたのは貴方ですね?ハイネ。」

「……。」

 問いかけの相手が返したのは無言、けれども否定はしない。


「シグルトとルイシアーノから閉じ込められた時の状況について伺いました。扉には防護魔法がかかっており、同調して増幅させた強化魔法ですら食い止めたと。」

 ただの強化魔法ならさておき、精霊の同調すらをも食い止められる防護魔法をかけられるのは、同じく精霊の加護がある者による魔法くらいだ。


「わたくしと先生はホールの準備指示のために外には一歩も出ませんでした。だとすれば残るはあなたとルイシアーノ。

 ……否定するのでしたら先生にお願いして高位の解析魔法をかけていただくことも考えましたが、その必要はなさそうですね。」

 アザレアの言葉を否定することはない。けれども口を開くこともない。明確な拒絶を見たのははじめてではなかった。


 無言を気にすることなく、アザレアは言葉を続ける。

「わたくしやルイスを閉じこめるのでしたら理解もできます。あなたの貴族嫌いは根が深いですからね。ですが、何故シグルトを?

 下手に閉じ込めて儀式に参加できなければ、怒りはあの子に向かうというのに。」

 銀縁のタイ。中級クラスに所属するシグルトのことは、むしろソルディアの中では比較的気にかけているように見えていたというのに。


「……本番前には、解放するつもりだった。」

 短い返事。けれども聡明な皇女殿下はその言葉でおおよそを察知した。

「なるほど、試し行動ですか。ルイシアーノがシグルトを探しにいけばよし、行かねば……さて、何をするつもりだったのでしょうね。愚かな主人に仕える哀れな従者に対して。」

 瞳に映るのは紛れもない侮蔑ぶべつだ。顧問を除けば二人だけのソルディアだった過去一年間。この男には随分と手を焼かされたもので。


「とはいえ、貴方としては最低ラインであろうと及第点は獲得したのでしょう? ならば、これ以上余計なちょっかいをかけるのはおやめなさい。

 ソルディア内での揉め事を続けるとあらば、王家われらも静観できませんよ。」

「……承知した。」

 鋭いアザレアの瞳に臆することなく、無味乾燥とした首肯だけを返し、ハイネはその場を立ち去る。


「……これでしばらくは落ち着いてくれるといいのですが。」

 新たな火種が投げ入れられない限りは大丈夫でしょうか。下げた眉を戻さぬまま、アザレアは緩やかに肩をすくめた。



 ◇ ◆ ◇



 その二人のやり取りを私は直接見てはいない。が、推測はついた。

 何分今回の閉じ込め騒動について、ルイシアーノがご丁寧に事細かに説明してくれたもので。部屋に足を踏み入れて裏の話をしてくれた彼に、私は頭を抱えていた。


「あっ、あー、あー……そういう?」

 抽象的な呻き声が大半だった私の言葉にルイスが頷きを返す。


「そうだ。どうやら昨年にもアザレア先輩とその従者の間で“ささやかなトラブル”を引き起こしていたようでな。その折りに王女殿下の従者として入学していた生徒は退学している。」


 あくまでソルディア以外の生徒の退学ということで、学内のトラブルとして処理されたらしい。

 ……つくづく思うが、ソルディアに選ばれた生徒とそれ以外の生徒の差別が激しくないかこの学校。どこの世紀末だ。


「何故そこまであの男が貴族と名の付くものを毛嫌いするかは知らんがな。」

「私にもさっぱりですが……もしかしてですけれど、ご家庭の事情も関わっているかもしれませんし。」


 改めて記憶の中からハイネ先輩に関する記憶を引っ張り出す。

 大商家の父と東国出身である母を持つ男。母親を正妻として迎え入れる際に周囲からの反発も大きかったと聞く。


「ご家庭、ねぇ……。シドウ家はオリエンタル商会を経営している一角だったな。」

「ご存知なのですか?」


 まさかルイスが彼の生家について知っているとは思わなかった。いや、大商家でもあるのだから貴族との付き合いもあるのだろう。

 その考えを裏打ちするように首肯が返る。


「ああ。母上が幾度か世話になっているといっていた。……とはいえ、今代の当主に代わってからの評判は、賛否両論だがな。」


 成程。そういった経緯もあって貴族嫌いが悪化したのかもしれない。本当はゲームでそれらの内容についても載っていたのかもしれないが、こうなるとつくづく、全ルートをプレイしていなかったことが悔やまれるな。


「うぅん……ハイネ先輩をしょう……おほん。どうにかして説得する方法があればいいのですが。」

 危ない、今性根を叩き直すと口にするところだったぞ。今更ルイス相手に被る猫はないとはいえ、先輩相手を指してそれはまずい。


「は、何故そんなことに手を出す必要がある。」

 胡乱な瞳を向けてから、けれども瞬きの後、金の瞳は明後日の方角へと向けられた。

「──いや、そういうやつだったな。お前は。だが、出来るかどうかと言われたら無理だと思うぞ?」


 なにがそういう奴なのかは分からないが、無理だといわれてむっとする。

「別に今日明日で丸ごと改善しようだなんて言いませんよ。長い時間をかけて少しずつ話していけば或いは……」

「お前が仮にそれを話したとて。」

 私の言葉を遮るように声が重なる。


「ハイネの奴は良くて俺に何か言い含められたかと思うだろうし、最悪お前も貴族側の考えなのか、と敵対意識を向けられることになるだろうよ。」

「うっ……。」

 それはあり得る。想像がたやすい。


「貴族と関係のない立ち位置で、彼奴が心を開けるような相手でもいればどうにかなるかもしれんが。」

「心を開けるような相手、ですか……」

 そんな相手に心当たりは──ある。物凄いある。

 思い浮かぶのはノアクル例のゲーム。作中のイベントの数々。


「……いや、でもさせたくないなぁ~~!!」

「!?なんだいきなり!見苦しいぞ。」

 座っている足をじたばたとさせれば、ぎょっとしたルイスが顔をしかめた。

 仕方がないだろ。ヒロインに哀しい目をさせたくないで頑張っているのに当のヒロインに負担をかける道しかなさそうだなんて。


 呆れた顔のルイスを横目に考える。これはいっその事ルートに突入すること自体を防ぎつつ、何とかヒロインの目を他のキャラに向けるしかない。

 私の中で今は安全だろうと思えるのは入学前に出会った二人だが。目線をさりげなく目の前にいる男へと向ける。


 傲慢さは未だにあるが、単身私を探しにきてくれたりと、確実に良い方向に変わってきているルイシアーノ。今の彼となら、ヒロインがくっついてもゲームのようなヤンデレ具合にはならないに違いない。

 なら、ルイスとヒロインをくっ付ければ……。



 ずきん。


「…………?」

 不整脈のように歪に心臓の辺りが跳ねたのを感じ、首を傾げて胸元に手を当てる。


「なんだ、さっきから妙な挙動ばかり……。夕食に妙なモノでも食ったのか?」

「失敬な。今日はセレモニカの慰労ということで寮の調理人さんが腕を振るってくださったので、ご馳走しか食べていませんよ。」

「ならシンプルに食い過ぎたか。」

「さらに失礼ですねそれ!?」


 いつもの言い合いをしていればその痛みも気がつけば消えていて。

 一体何があったのだろうかと疑問は抱きながらも、気がつけばその疑問すらも押し流されていた。

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