4-2話 予期せぬ裏設定

 なるほど、見せたいというだけあって美しく整えられている庭内だ。

 庭に力を入れてはいない男爵家である我が家は勿論のこと。“リーフィ加護メルツ”があるとされるフェルディーン家の庭園にも負けず劣らずの見栄え。

 清貧を心掛けている神官の一族故か、或いは家主の趣味か、石畳が広がる道は理路整然とした印象を与えてくる。


 その両脇には赤く染まった木々が植えられており、秋の趨勢を何よりも色濃く描いていた。


「えへへぇ、こっちですよ。シグリアちゃん」

 一つ下ということは今年で十一だというのに、随分と柔らかい手だ。握りしめてくる暖かさに微笑ましいような心地を覚える。


 この二年間従者として仕えていたからか、以前よりもタコが出来て硬い私の手。この一週間は見合いがあるからとなるべく手入れはしてきたが、それでも年頃の少女と比べてしまえば然もありなんだ。

 だというのに何ひとつ気にした様子も無くぎゅうと手を握りしめてくる。

「シグリアちゃんのお手手は石みたいですねぇ。ふだんはいったい何をして遊んでるんですか?」

 訂正。悪く思わずとも気にしてはいたらしい。


 おまけに少々答えにくい質問が飛んできたので言葉に詰まる。まさかこの二年間従者として、男として侯爵家に仕えてたとか言えるはずもない。


 なんと答えるべきだろうか。

 剣の修行をしていました?何のために?

 水仕事をしていました。男爵とは言え貴族の令嬢が?

 駄目だ、そのままあったことを口にしたら詰む!


 今の私の様子を見たら兄が大爆笑してきそうだ。思わず目に浮かぶ。想像の中でまでこちらへ指を向けて床を叩いて笑う兄は一体なんなんだ。


 と、そこで閃いた。天から降りてきたそれを顔に出すことはせずに、寧ろよよよと泣き崩れる真似をしてみせたけど。

「実は……兄によく学校から帰る度に突飛な場所へと連れ回されたり、無理やり特訓に付き合わされたりして……」

 私はやめた方がいいと毎回告げているのですが聞いてくれなくて、としおらしくしながら至極自然に嘘を紡ぐ。


 ちょっとは身に覚えのないことが巡り巡って回ってきて困ればいいんだ。いや、あの兄なら多分一度瞬きをしたら完全に理解して上手く話を合わせてくるのだろうけれど。


 それにまるきり嘘というわけでもない。兄が学院に入る前には似たようなことはあった。

 私と兄は六つの差があり、兄は私が物心ついた頃には従者として仕えていた身だけれど。それでも偶に家へ戻ってきた時には色々なことに付き合わされた。

 冒険と称して二つほど離れた街を連れ回されたり、魔法騎士の鍛錬に付き合えといって棒の切れ端を持ってぶつけ合ったり……。


 とはいえそれは普段私に構えない分、遊んでくれていた結果でもある。実際何かあったら家にいる兄を追い回すような真似をしていたのは私の方だったのも記憶の彼方に存在していた。


 前世のことを思い出したこともあって、気がつけばかつてのやりとりは随分昔のような感覚になってしまっていた。懐かしさに瞳を細める。


 泣き崩れるそぶりをしていてもその目は誤魔化せなかったのだろう、ミラルドはあいも変わらずほんわかと微笑んだ。

「ふふ、シグリアちゃんはお兄さんが大好きなんですね。そういう顔してます。」

「……そうです?まぁ……、飄々とした顔で何もかも見透かしましたって振る舞いは心底シャクですけどね」

 でも嫌いだとは言わない。好きと言われて否定もしない。私にとっての兄はそういうものだ。


「そういうミラルドくんはお兄さんとは仲がよろしいのですか?なんでも一番上のお兄さんが、うちの兄と親しいというお話でしたけれど」

 アーノルド家の長兄は論理的な人だと作中のNPCの言葉で言われていた。弟からしても似た印象なのだろうか。


 そんな軽い気持ちで尋ねた質問は、けれども続く言葉に大きく揺れる。



「お兄様ですか?あんまりお会いしたことはありません。お母様とお兄様たちは仲が悪いんです。お話しちゃだめよって怒られちゃいます」

「は?」


 話すらほとんどしていない?

 そんな話ゲームに存在したか?

 脳みそが目まぐるしく回転して過去の記憶を引っ張り出す。


 確かにゲーム内でミラルドが自発的に家族について話すことは少ない。

 というかゲーム内で彼が話す雑談はもっぱら自分がお気に入りにしているくまちゃんやワンちゃんといったぬいぐるみの話が大半を占めていたはずだ。


 だからと言って話題を振られて拒絶するようなこともなく、ほんわかと間延びした口調で家族のエピソードを話していたから。さして家族間でのトラブルもなく平穏に過ごせていたのだろうと思っていた。


 それに兄弟仲が話すらできない程に致命的に悪い状態で。兄が私に見合いを頼みなどするか?


 根が愉快犯ゆかいはん故に煮え湯を飲まされることは数知れないとはいえ、兄なりに私のことを大切に思ってくれていることは理解しているつもりだ。

 いくら友人の親族とはいえ兄側からの担保が取れないような、信頼のおけない相手と見合いを勧めるようなことはしない。

 ──見合いという形式で相手の横っ面を引っぱたいてこいだなんて無茶だったなら、まあ、有り得るかもしれないが。


 現状の違和を少しでも解消すべく、重心を傾けた。ぬいぐるみを抱きかかえる少年とほんの少し距離を詰める。

 足取りにしてわずか半歩程度。距離にすれば10センチもない短いもの。けれども人と人が近づいたと錯覚するには十分なもの。


「そうなのですか?……ねえ、よろしければもう少しミラルドくんについてお聞きしてみたいわ」


 声量を絞りながらもなお、淑女らしいたおやかな声を意識する。ヤンデレとお近づきになるのは気が進む気が全くしないが、今は少しでも話を聞き出したい。

 この瞬間だけでも彼の言葉に耳を傾け、彼の思いに寄り添い、彼の心を開く必要がある。

 すなわちヒロインムーブ!今この瞬間だけは私こそがヒロイン!



 …………いや私がヒロインとか解釈違いだが!?!?

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