4-3話 疑惑と解釈

 冬の到来が見えはじめた秋口の庭の散歩。近くに落ちていた赤や黄に染まった落ち葉を並べて絵を描いていく。

 最初はドングリを拾い上げて順番に並べていた私のしぐさを、ミラルドが楽しそうなあそびですね!と落ち葉を手にドングリの周りに並べだしたのがきっかけではじまったもの。

 十一歳の子どもにしては幼稚すぎるかと心配したが、目の前の少年はいたく気に入ったようだった。クマちゃんのお部屋をつくりましょうと満面の笑顔を浮かべている。


 そうして遊びながらも、先ほどの疑問解消に向けた私の探りは止めない。

「お兄様と仲が悪いだなんて驚きました。私は今回のお見合い、兄が行くようにとおっしゃっていましたから。てっきりミラルドくんもお兄様にお願いされたのかと思いまして」

「うふふ~。前からお母様がお兄様にお願いされていたみたいなんです。ソルディアに所属されている方で、好い方はいないの?って」


 誰が紹介するか!って怒られてましたよぉと、間延びした声で話す調子に悲壮感や悪感情は見当たらない。

 兄と母親同士は仲が悪くとも、兄とミラルド、母親とミラルド同士の関係性は悪くない、とか……?

 でもほとんど話はしてないんだよな?


「でも、この間とうとうお兄様とお母様が大喧嘩をされたんです。その時に『そんなにソルディアの血が欲しいというのなら見合いでもなんでもセッティングしてやろうじゃないか!』ってお兄様が」

「え、つまり私親子喧嘩の余波でこの場に駆り出されたわけです??」


 地をとっさに出してしまった。

 幸いなことにミラルドはさして気にしておらず、あんぐりと口を開けている私を見て、「わぁ、おっきなあくびしているみたいです」とのんきに頬っぺたをつついてくるだけなのがせめてもの救いか。


 ゲームのヒロインにリスさんみたいですと頬をつつくシーンもゲーム中ではあったな。攻略対象の先輩役の人があまりに無口で置物さんだと思いましたとかすごい失礼なことも言われていたし、この子のセンスは一体……。

 いやいや、どうでもいい思考で現実逃避をするんじゃありませんシグリア。


「えぇ……リュミエル兄よくそんなノリのお見合いにゴーサインを出してきましたね……」

 よほどその友人との仲がいいのだろうか。元々学院に入る前からの付き合いだという話だし良好ではあるのだろう。

 だからと言って私を巻き込まないでほしい。


 いや、家の為には確かに見合いとか結婚とかはさておき繋がりを作って損はないし、ヤンデレ攻略対象の幼少期に今から接触できたのは私としても利があるのだが。


「えへへ。ボクもはじめて聞いちゃったときはおどろきましたけど、でもお母さまとっても嬉しそうにされてたんです。きっとかわいい女の子に違いないわよって言ってて」

「………ご期待に添えていればいいのですが」


 恋愛ゲームの攻略対象と同じなだけあって、私の顔も整っている方だという自負はある。

 とはいえシグルトとして、男として振舞えるくらいの端正さであり、そこはやわらかな印象を受けるヒロインとは似ても似つかないだろう。


 いや、下手にヒロインと同じくらいかわいいとかヒロインよりかわいいとか言い出されたら解釈違いですと叫ぶ自信はあるが。

 ゲーム内においてヒロイン総モテは至高であり絶対だ。ただしヤンデレてめーは許さん。


「もちろんですよぉ。金色の髪がきらきらお日さまに照らされてとってもきれいですし、緑色の目も宝石みたいですもん!」

「…………ありがとうございます」


 う、照れる。

 元が神秘的な顔立ちをしている美少年からてらいのない賞賛を受けるとこうまでダメージがあるものなのか。

 脳内のフレディが「お前それしょっちゅう自分がエイリアにやってることだからな?わかってるのか?」とこちらに言ってくるが気のせい気のせい。


 どんぐりをクマの子に見立てて、周囲を落ち葉で覆うことで家を模して。そんな稚拙ちせつな遊び。

 けれどはじめると意外と熱中してしまうのは不思議なことだ。私の前世の年齢すら憶えていないにしても、ノアクルのCEROを考えれば十五歳は超えていたはずだというのに。

 今度は千切った葉っぱをお部屋の家具に見立てて、ベッドや台所を作りはじめるミラルド。


 手を動かしながらも、質問もまた止めることはない。

「そうしたら今日のお見合い、ミラルドくんのお母様はすごい意気込んでいらしたのではないですか?」

「はぁい。『ちゃんとお利口にするのよ、笑顔を忘れずにね』って沢山言われましたぁ。ボクちゃんと出来てるかなぁ?」


 そう言ってこちらににこっと天使のような笑みを見せてくる。うっ。かわいい。

 横暴俺様野郎はこちらが負けじと文句を言えば張り合えたけれど、天然ゆるふわってどうやったら張り合えるんだ?こっちもゆるふわになればいいのか?


「ええ。とても愛くるしくてステキですよ。みている私こそ笑顔をいただけるほど。」

「本当ですか!?」


 無邪気に微笑む姿にほっこり。

 顔がいいってお得だな。他人事のように考えていれば、アメジストに滲む暗い輝きと共に落とされた爆弾に笑顔がこわばる。


「じゃあ、ボクと結婚してもらえますかぁ?」


「………………いやいやいや。待って。まって?」


 ステイ!と手のひらを突き出して制止を請う。

 それをどう受け取ったのかもわからないまま、キョトンとした顔からすぐに微笑んで手を握り締められてしまった。

 くっ、天然の空気の読まなさをみくびってた!


「あのね。お母さまが仰ってたんだ。ボクとシグリアちゃんが結婚したら、きっととってもステキな赤ちゃんが出来るでしょうねって」

 あっ、コイツ話聞いてないな!?というか何となく今のセリフに既視感があるんだが。


 ヒロインにヤンデレスイッチをオンにした時に言っていた台詞だったはず。それを思い出した瞬間、反射的に悲鳴が口から漏れた。


「だから私がヒロインは解釈違いだって言ってるでしょう!!!!」

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