13-7話 VSルイシアーノ②

 彼の持つスタッフは鋭い茨で編まれた代物。それも一つ一つが魔力を内包しているのだろう。余裕を持って避けたはずが、烈風でじりじりと傷を作る。


「ったく、“緑のリーフィ加護メルツ”だかなんだか知りませんが、厄介ですね……!」


 味方ならありがたいが、こうして対峙する分には邪魔で仕方がない。なるべく怪我はさせたくないが、背に腹は変えられないとこちらも風の魔力を儀礼刀に通す。


「大体ルイシアーノ様!普段あれだけ偉そうにふんぞり返っておきながらその体たらくとは如何いかがなものでは!?」


 武器をぶつけ合いながらも檄を飛ばすのは性分八割、別種の怒りを引き出すことで隙を生むか我にかえるかされないかという思惑二割だ。

 事実、それを聞くと分かりやすくその顔が更に歪む。どうやらこちらの声自体は届いているようで何よりだ。


「っ、煩い煩い煩い!フェルディーン家の嫡男たる俺に向かって何を言うか!」

「はぁ!?嫡男だからなんだって言うんですかっ、親の七光りに未だに頼るつもりですかこのコンチキチ!」


 駄々を捏ねるような言い様は出会って直ぐのことのようだ。

 元々プライドは高い男だし、ソルディアの一員であることを何かにつけて引き合いにも出していた。だが、同時に近年の言葉はかくあるべし者だと位置付けるために自らを奮い立たせるものだったはずだ。

 まさか精神的に錯乱してその辺りすらも子ども同然に戻っているのだろうか。だとしたら腹立たしい。これまでの私の苦労を水の泡にしやがってと、ここにいない吸精鬼ヴァンプメアへの苛立ちが募る。


「はっ、頼るも何も、貴様にとってはただの純然たる事実であり変わらぬラベルだろう。」

「……?」


 その物言いが気にかかった。鼻で笑うような物言いとは打って変わって、ルイシアーノらしくもない。まるで自らを卑下するような…。

 何よりもその顔は、今にも泣き出しそうで。だからこそ、油断してしまった。

 魔力で上乗せをしている腕力は、逆に言えば身を纏う魔力を失えばただの常人並へと下がる。杖にまとわりつく茨が、その身ではなく魔力を裂き、力の弱まった腕から儀礼刀を奪う。


「くっ……!!」


 鳴り響く鋭い金属音が、硬質な何かとぶつかったことを示すが、そちらへと視線を向ける余裕はない。

 床に引き倒された体躯に、碧の男が乗り上げて首へと手を伸ばす。万力というには強くなく、けれども苦しみを確かに感じさせる強さで、その手は私の首を締めあげる。


「けはっ、……っ!はな、せ……!」


 足をばたつかせて自らの身体に乗り上げた男へと攻撃を食らわせるが、向こうは向こうで半狂乱の状態だ。その程度の攻撃で怯むことはない。


 こうなったら手段を選んではいられない。治癒術で治らなかったとしても私を恨むなよ……!

 手のひらに構成しようとした風魔法は、けれどもその発動を察知した彼のもう片方の手が強く手首を握りしめることで制された。

 お陰で少しだけ、呼吸ができるようになったが、依然として苦しいことに変わりはない。


「……っるさい、死ね、しね……死んでしまえ……っ!」

「そうっ、かんたんに……私が、しぬわ、けっ。ないでしょう……っ!」


 私の執念深さを他の誰よりも知っているのは目の前の彼だというのに。或いはそんなことすら思い出せない程度に、錯乱しているというのか。

 遠慮なく首を掴む手に爪を立ててやっても、その勢いが収まることはない。ただ、




「煩い……っ、るさい……。うるさいうるさいうるさい!貴様のせいだ!貴様さえいなければ俺はこんな風に狂う事などなかった!誇り高きフェルディーン家の一員として、次期当主としてっ。あるべき形でいられたんだ!」


 そう正しく慟哭する男の言葉に、物理的なそれとは別に息が止まる。


「なのに貴様の存在が俺を狂わせるっ。お前は俺のものだろう、シグルト!なのに貴様がシグリアとしても存在している以上どうあったって完全に俺のものにはならないんだ……!」


 ──貴様が、貴様だけが俺のものにならない。絶対にっ!


「だったら……だからっ、死んでくれ。もう二度と、俺の前に現れるな……。」


 ──だから死んでくれ。俺のものにならないまま誰かのものになるような。そんな形で俺を惨めにするな。



 ぽたりと私の頬に、生温かな水滴がしたたり落ちた。

 憎悪を、怒りを、拒絶を、憎しみを。

 あらゆるものを内包した酷い顔で涙をこぼす彼の顔は、まるで天啓のようだった。



 私は勘違いをしていたのだ。

 ルイシアーノが病んでしまった原因は、幼少期のあの誘拐こそが端を発していたと思っていた。

 自分のものが傍にあって当然だと、そう思う横暴さこそがヤンデレの根幹だと。


 だが、そうではなかったとしたら?

 所有欲も、執着も。

 それらに名前を付けることのできない彼の精神こそが、他者への愛を認められないその高すぎる誇りこそが、全ての元凶だとしたら?



 ゲームの中の彼のルートの終盤。

 自らの感情を理解する寸前に出たルイシアーノの慟哭と、今の構図がいたく重なった。



 歯を食いしばり、声にならない呻きを漏らす。

 視線が、首を絞める手の力が、痛いほどに突き刺さってくる。


 だというのにこの胸のうちに湧き上がるのは、どうしようもない歓喜だ。


 震える彼の腕は次第に力がぶれていく。

 それと比例するように、胸から湧き上がる心地が私に力を与える。衝動に、どこかから聞こえてくる言葉に突き動かされるように腕を引きはがし、力任せに上体を起こす。


 そのまま、金の瞳に水を溜めた彼の腕を引き寄せ、その唇に喰らいついた。

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