13-8話 正気と狂気
「………っ!?!?な、何をするんだ貴様!!?」
顔を赤くしたと思えば白くして。困惑と驚愕がないまぜになった金の淵から水滴が転がり落ちた。
そのことすらどこかおかしくて、思わず声を上げて笑ってしまう。
「っくく。だってルイス様が、七面倒なことでぐるぐるぐるぐると……いいですか。ルイシアーノ様。」
「っ、」
噛みつくも同義の口付けに、彼の唇は常にはない赤みがあり、それがまたこちらの気分を高揚させる。
「それは、愛です。或いは衝動性だけをみれば恋という方が近いかもしれませんが。」
「…………貴様。言うに事欠いて何を寝ぼけたことを。」
「大義名分が欲しいのでしょう?」
私の言葉と微笑みに、彼は大きく目を見開いた。衝撃で目はもう醒めているのではないのだろうか。そう感じながらも、私の口は止まらない。
今の時点では不要な言葉。冷静な私はドン引かれるぞやめておけと言ってくるが、浮かされたこの熱をどうして止める必要があるのか。
「怖いんですよね。主従という形がなくなった時、私と貴方にある繋がりがなくなるのが。なら、別の名前を感情にラベリングして、別の大義名分を生み出してしまえばいい。」
「…………正気か。貴様。」
「さて、どうでしょう?もしかしたらもう狂っているかもしれません。」
何せ狂った経緯でこちらに転生する羽目になった、ヤンデレ乙女ゲームの経験者だ。尤も、今私がこうなっている根幹の原因は兄ではないのだけれど。
「ルイシアーノ様は私のせいだと仰りましたが。」
「あ?」
「私からすれば貴方のせいです。貴方さえ居なければと思いましたよ。或いは、貴方を好意的に見る瞳全てが潰れてしまえばと。」
「…………。」
先ほどとは構図が逆になった体勢。ルイスの肩を掴む腕の力が自然と強まった。
「自覚した時にはあまりの醜さに吐き気がしました。首を括りたいとすら思いましたよ。
愚かだと唾棄して嫌悪していたゲームの登場人物、シグルトと全く同じことをしでかそうとしていたのですから。」
「…………シグ、」
「でもね。それが私で、私の感情だったんです。もう吹っ切れました。だから、ルイシアーノ様も諦めてください。」
「……。それは、先人としての余計なお節介か、ゲームの経験者ゆえの余裕か? 或いは……俺の無様な姿を見て笑いたいのか?
「何でそうなるんですか。まあ、どれも皆無とは言いませんけれど。」
心底嫌そうな顔をする彼は、私の言葉が意味することにまた気づいていなさそうだ。
指を彼の唇に伸ばし、薄く切れた赤をなぞる。
「どちらかというと打算です。貴方がその感情を恋だと名付けてくれたなら、私の想いも報われるでしょう?」
「…………は?」
困惑した顔の彼へと向かって、にっこりと美しく微笑んでみせた。顔に傷はあるし、衣服のあちこちが破れているが、そんなことすら帳消しにするように。
「愛してますよ。ルイシアーノ様。」
「………………、…………はぁ!?!?」
噴火したように顔が火に染まる彼を見て、心底気分が良くなった。
と、そこで勢いよく突き飛ばされて体勢が崩れる。倒れ込むまではしなかったものの、下に敷いていたルイシアーノが距離をとった。
「どうやら貴様本気で頭が沸いているようだな。一度頭を治癒してもらったらどうだ。」
「沸いているのは否定しませんがさっきのルイス様もどっこいどっこいでしたよ。それで返事は。」
「断る!!!!」
「即答です!? ここでうんと頷いたら分かりやすい大義名分が生まれてルイス様もハッピー私もハッピーでしょうに。」
「何がハッピーだそもそも貴様のよく分からん性別認識変換魔法とやらを治してから出直してこいあと俺のこれは恋だとかいうくだらん感情ではない。」
刷り込みが足りなかったかと胸中で反省する。もう一、二回くらい噛み付いておけば良かったな。
それと性別認識変換魔法については正しくは呪いらしいが、口にしたら更にややこしくなりそうなので後で訂正しようと心に決めた。
「……チッ。いいでしょう。こういうのは惚れたら負けだと言いますからね。これからじっくりルイス様を負かして地べたに這いつくばらせればいいんでしょう。」
「貴様本当に相変わらずだな!?」
なら私はすでに負けているんじゃないかという話だが、そこはそれ。これから取り戻せば問題ないはなしだ。
「何を今更。そう私が変わるわけがないでしょう。分かったら覚悟しててくださいね!?」
「あーー!! 知らん知らん! 勝手にしろ!」
「ええ勿論。これまで通り勝手にします。」
「〜〜〜!!」
飛び起きてさっさと寮を出て行こうとするルイシアーノにどこへ行くのかと訊ねれば、治癒と正気回帰の報告だと怒鳴るような声が返ってくる。あの錯乱のあとだが、どうやらこれまでの経緯は覚えているようだ。
着いてくるなという言葉をまるで無視して、同じく治癒と状況説明のため、彼の背中に向かって駆け出した。
猫とネズミのような追いかけっこ。
とはいえ、以前までのような怒りはなく、焦りもなく。むしろ楽しみすら覚えている。
ようやく彼がこちらを意識してくれたのだ。ここからがスタートラインだろう。
◆ ◇ ◆
『……かくして二人は幸せになりましたとさ。とまで言うのは言い過ぎかな?でも、この光景には似つかわしい言葉だよね。』
「………」
『ねえ、君はどう思う? 彼らは君に、君だけに隠し事をしていたんだ。知識も想いも。挙句の果てに、自分達だけ幸せを掴みとろうとしている。』
『妬ましいと思わないかい? 憎たらしいと思わないかい? だって、君の気持ちにひょっとしたら気づいていて、それでも目を背けていたんだよ? 彼等は。』
「………っ、そん、な……こと……!」
『ないって? どうしてそんなことが言えるんだい。だって君は、そもそもあの呪い子が女の子だってことすら知らなかったんだろう?』
「……っ!」
夢か現か。或いは幻惑か。ユーリカの目の前に映し出されたその光景は、けれども彼女自身認めたくないほどに事実だということを示していた。
『可哀相なユーリカ。君一人が塀の外。茶番の外にいただなんて。』
「──そんな、こと。」
『でもね、だったら塀を破ってしまえば良い。何もかも台無しにしてしまえば。』
『──彼らの言葉も、命すらも台無しにすれば。そうすれば君だけ仲間はずれなんて心配はなくなるね。ユーリカ。』
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