ヤンデレ乙女ゲームの攻略対象(♀)になってしまいましたがヒロインのためにヤンデレどもの更生を目指します

仏座ななくさ

Prologue.あるいは未来の慟哭

 ヤンデレ。

 その単語に貴方は何を想像しますか?



 間違えてしまった恋慕の暴走。拗れてしまった感情の発露。

「貴方を殺して私も死ぬ」「自分だけを見てほしい、他なんて見ないで」「愛があるなら許される」「愛して」「愛してる」「貴方がいればそれでいい」

 監禁、自傷、依存、暴力、凌辱。

 エトセトラ、エトセトラ。


 形態は様々。

 決してそれは相手を幸福にするものではない。けれどもその根底には相手への恋慕があるものだと。ただその表出のあり方を間違えてしまっただけだという人もいるでしょう。

 あるいは、その歪さにこそ惹かれる人もいるでしょう。今にも砕け散りそうな儚いものに愛を、美しさを見出すように。


 けれども、私はそうは思わない。

「恋ですって?これが?そんなこと、あるはずがありません。」


 月の光だけが照らす執務室の中、一組の男女が重なり合っている。逆光に照らしだされたシルエットは一枚の絵画のようで。

 けれどもその二人の間に甘い空気など微塵もない。


 男に凭れかかっている女性はまだ年若く、少女と呼ぶにふさわしい影形。その娘が、悲痛な声を絞りだす。それはなげきにも、慟哭どうこくにも、告解こっかいにも聞こえる。

 窓の向こう側で輝く金の光。それと同じ色を持つ髪を撫でながら、男は泣き吠える少女を見守るだけ。


 恋とはもっと甘いものだと思っていた。かくあるべしだと彼女は強く思っていた。

 恋とはどんなものかしらVoi che sapeteと戯曲で謳われる旋律の軽やかな響きのように。

 かつて遊んでいたような、女性向けのゲームたち。その中で頑張っている主人公ヒロインに与えられる砂糖菓子。報われるものであり、与えるものであり、慈しみそのままだと。


「こんな醜いものが、悍ましいものが、痛ましいものが。恋なんてものであるはずが、愛なんてものであるはずがありません。」


 だからこんなもの、許されるわけがないのだ。

 次から次へと頬を伝う涙は、嘆きか、怒りか。何を基点にしているのかわからない。

 窓の向こうの大樹は、夜だというのにその葉が淡く光を滲ませる。蒼く、昏く。彼女の悲嘆に呼応するように。


 そう、恋は人を狂わせる。

 前世のことを思い出した時から、そんなことはわかっていたというのに。一体どこから間違えてしまったというのか。やはり初めからなのか。


 耳に入る慟哭がどこか遠い世界のものな気がしながらも、彼女は、シグリア=クアンタールはかつてを想起する。

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