ドロディス編

13-1話 再起にむけて

 ソルディアの執務室はその年ごとに賑わいが異なる。特にここ一年半弱の賑わいは濃いものだった。ソルディアがあれだけの人数集うことは学院の歴史でもそうない。

 だからこそ、今の静かな執務室は影が落ちたようで。唯一この場にいる二人は、静かに書類へと視線を落とす。


「四大魔族が一柱、吸精鬼ヴァンプメアドロディス、か。」

「是。現れた存在はそう名乗っていたと聞きました。カーマイン教諭はその名に聞き覚えは。」

「四大魔族と種族名だけならば。……民衆に伝わる寓話ぐうわとは別に、国に四大魔族と名乗った者たちによる被害記録が残っている。二百年前に現れたとされるのが一騎にて城下町の大半を崩壊させたという鎧鷲獅子アウラグリフォン、国の広域で多くの者を不和と不信の悪夢に落とし同士討ちを図った吸精鬼ヴァンプメア。まさかその内の一柱が現れるとは……。」


 リュミエルのいった通りになったか。

 カーマインの言葉に片眉を上げる。その名の主についてハイネはほとんど知らないようなものだ。シグルトの兄でカーマインの執着先。理解の及ばぬトリックスター。


「彼が既にこの状況を予期していたと?」

「ああ。森にそう呼ばれる存在が封じられているという話は、小耳にはさんでいた。」


 とはいえ、このような騒ぎになるとは思ってもみなかったがなと深緑の男が首を振る。

 未だ森でかの魔族と相対した四人のうち、ルイシアーノとユーリカは目を覚ましていない。

 それを悔いるように、ハイネは上唇を噛みしめた。


「やはり、自分もあの時森に……。」

「お前ひとりが残ったとしても、そう差異はなかっただろう。過信するな。それよりも、お前が先んじてこちらを呼んでいたからこそ、早い段階で彼らを保護して治療が出来たんだ。その判断は正しい。」


 沈黙の帳が執務室を覆う。

 葛藤は有れど理解はしているのだろう。本当にわずか、見えないほどささやかに首が縦に振られる。

 再び顔を上げたハイネの目は、真っすぐと正面を見据えていた。


「カーマイン教諭。記録が国にあったといったが、その閲覧は可能か?

 ……アザレア先輩への改めての謝罪もまだ自分は出来ていないが、いずれはいかなければと思っていた所だ。可能ならばそれと共に城で記録を確かめられるよう、申請を先にして頂きたい。」

「……。そうだな。在学中のソルディア生が確認に行った方が、申請も速やかに済むだろう。

 ならばキミに任せよう。ワタシは無理のない範囲で彼等に話を聞きに行く。」


 あのような存在が出現し、ソルディアの生徒が傷を負った時点で、すでに学院としても楽観視はしていない。休校中の院内の予鈴がその役割を果たさず遠く鳴る中、執務室から出ていく足音が重なった。



 ◆ ◇ ◆



 シグルトの寮室を訪ねるのはこれが初めてではない。彼に告げる機会もつもりもないが、あの月夜以来二度目の訪問だ。

 未だ目覚めぬ生徒たちの様子を確かめた後、本日最後の扉を叩けば、小さく返事が返ってきた。


「クアンタ―ル、調子はどうだ。……ああ、上体を起こすのも不要だ。今はまだ休みなさい。」

「お疲れ様です。調子は色々な意味で最悪ですが、それくらいさせてください。」


 ただでさえいっそ動き回りたいくらいなのですからと苦笑を浮かべられれば、カーマインとしても否やは口に出来ない。

 少し離れたテーブルから椅子を一脚拝借し、ベッドの側に腰かける。


「そうか。なら起きた状態で構わない。今日は事件についての話を聞き取りに来た。シドウも既に来ていたと聞くから、二度手間になるがすまないね。」

「ええ。勿論私でわかる範囲でしたら喜んで。……他の方々にも同じように聞き取りを?」

「アーノルドには既に聞き取りを済ませたが、他二人は未だ目を覚ましていない。呼吸や脈拍に異常はないがな。」

「……そうですか。」

「あれから三日経った。水分は接種できているし、治癒術師の定期的な治癒は行っているから、すぐに容態が悪化することはないだろう。……無論、あの魔族による術式だとすれば、予断は許さないが。それを判断するためにも、情報が必要だ。」

「分かっています。それで、私に何を聞きたいのでしょうか?」


 そこから始まったのは予めハイネへも伝えていた内容のやり取りについて。幻惑魔法で疑似的な森を作り出し、当時の再現を行う先生に仔細の立ち位置や使用した呪文を伝えていく作業だ。

 少々骨は折れるし、曖昧なところもあるがそれでも状況の確認にこれ以上の方法はないだろう。


「……という感じですね。」

「成程。もうひとつ、あの吸精鬼ヴァンプメアは立ち去る寸前にキミへ声をかけていたとアーノルドから聞いている。忌まわしき呪いをかけたというのに、未だ血は絶えていなかったのか、とな。その呪いとやらに心当たりは?」

「いえ、てんで見当もついていません。そもそも四大魔族という存在も私ははじめて聞きましたし。」

「そうだったのか?」

「え?」


 カーマインが目を見張るのを見て、沸々とシグルト……シグリアの胸中に嫌な予感が湧き上がってくる。

 或いは既視感とでも呼ぶべきだろうか。一年前、入学して間もない職員室で先生方から向けられた視線のような。


「待ってくださいちょっと深呼吸してから聞きますから。

 ……すー、はー……よし、もう絶対元凶あれでしょうという気持ちしかないので本音を言うと滅茶苦茶聞きたくありませんが聞かなきゃはじまらないので。どこのリュミエルが何と仰ったのでしょうか。」

「リュミエルならおよそ三刻前に騎士団の寄宿舎に入ったのを精霊が認知しているから、また意図的に行方を途切れさせていない限りはそこにいるな。

 ──前回彼と話した時だ。魔の森には四大魔族の一柱が封じられており、キミたち在学生に対処は託す、大丈夫だ。

 ……その為に自分は黒の心臓を作ったのだからと。そう言っていた。」


「────は?」


 カーマイン先生普通にストーカーですよそれとか、知ってたのかよこっちに丸投げするなこの野郎とか。

 浮かんでいた呆れや怒りが一瞬で、最後の一言で吹っ飛んだ。


「…………はぁぁぁぁああぁぁ!?!?」

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