4-6話 文句は言ったもん勝ち

「はぁ!?!?いきなり何やってるんですかこのすっとこどっこい!!」

 ずっしりとした重量、揺らせばじゃらりと音が鳴る。その先は部屋の壁の方へと伸びているが、つなぎ目らしきものはない。


 手首に科せられた手錠の存在を理解するや否や、全力の大声を出した。半分は怒りを表明するため。もう半分はこの部屋の外へと異常をしらしめるため。


 だがその半分。少なくとも前者の方はうまく機能しなかったようだ。まんまるのアメジストが何も理解できない顔をして、ふわふわの髪の毛を横へと揺らす。


「ねぇ、シグリアちゃん。何でそんなにおっきな声だすの?怒ってるの?」

「……っ!お、こるに決まってるでしょうが!!逆にいきなり枷を嵌められて怒らない存在がい、ると……っ、」


 反射的に再度怒鳴りつけるために顔を上げて、しかしその声は次第に萎んでいく。目の前の少年は心底不思議そうな顔をしていた。

 監禁めいたことをしておきながら、これが私の怒りを呼び起こすなどとこれっぽっちも理解していないのだ。


 ルイシアーノの時はまだトラウマイベント前だったからか、或いは文句を言い返すこちらと相性が良かったのか。今のように背筋を走る怖気おぞけを覚えることなどなかった。けれども今は。


「あのね、ボクと結婚してくれるって約束してくれたらいいだけだよ。そしたらこの鎖も外してあげる。」

「……知ってます?それって脅迫とか監禁とか、そう呼ぶんです。」

 犯罪ですよ?と声をあげて主張したい。


 ……が、恐ろしいことが一つあってだな?実はこの世界の法整備は一部前世とは異なっている。

 たとえ現場の状況がどれだけそれらの犯罪を主張していても、当人同士がそれを罪として認識しないと宣言をすれば罪にならないのだ。


 当たり前と思う人もいるのだろうか?ところがどっこい。

 この条件があると例えば金や権力、あるいは薬などで被害者が口を封じさせられれば誘拐・監禁・強姦すらも合法として通ってしまうわけだ。さすが貴族。そういうところ汚い。

 さすがに殺人や傷害のような、物理的に被害が出た証拠が出てきてしまった場合は話も変わってくるが。


 つまりもしも私がここで捕まって、うっかり危ないお薬や魔法で向こうの言うことにはいはい言ってしまって、更にそれが罪として見つからない限りはセーフになる。

 ヒロインのバッドエンドもこの世界の法律的にはぎりぎりグレーってそんなことある?


 とにかくだ。今は一刻も早く、大声をあげたり暴れることでこの部屋の異常を知らしめる必要がある。

 私の悲鳴で父が来れば理想だが、まずは騒ぎを知らしめることが先決か。


 よし、ひとまず何でもいいから声をあげよう。深く息を吸い込む。


「きゃー!!火事だー!!助けてー!!!

 私に乱暴するつもりでしょ!

 同人誌みたいに!

 どこぞの同人誌みたいに!!!」


 思いつく限りの大声で、人が来そうな内容を羅列する。こういう時は火が出ていると聞くと逆にこちらに来る者も現れると聞いたことがある。

 最後の一つは何か違う気もするし、下手したら正気を疑われる可能性もあるがまあ良しとしよう。今は私の命が第一だ。風評など知ったことか!


「火は出てませんよぉ?それにどうじ……、どうじんしってなんですかぁ?」


 純粋な目で聞かないでほしい。

 何かすけべなこととかグロいことが書かれているとしか実は私も知らないのだ。記憶のラインナップは友人の趣味のせいもあるかもしれないけれど。


「それに、おっきな声を出したらうるさいよって怒られちゃいます」

「それが狙いに決まってるでしょう!」

 このど天然め!

 恥も外聞もなく怒鳴りつければ、怒られるという経験自体が薄いのだろう。アメジストに薄い涙の膜がはる。


「ふぇ……、どうしてですか?そんなにやなんですか?ボクとけっこんするの……」

「当たり前でしょうが!!」

 思わず感情のままに怒鳴ると、涙がこらえきれないようにあふれだした。私が被害者のはずなのに泣かれるとか理不尽すぎませんか?


 とはいえ天使のような美少年、それも成長期すらきていない相手を泣かせてしまうというのはこちらの良心も多少なりとも痛むものだ。


 眉根をひそめ、溜息をはきだしてから口を開く。


 幸い繋がっている枷は一つだけ。室外まで出られるかは難しいといえどそれなりに長い。添えられていたミラルドの手を、やんわりと解いて立ち上がる。


 身長はこちらの方がわずかながら上だ。

 片腕が鎖で繋がれていようと、立ちさえすればタックルでも食らわない限り押し倒されるような真似はされまい。


 丁寧に結われていた髪を一つ括りに結び直せば、金色の糸がたなびいた。時間稼ぎついでにもう一度説得ができないか試してみましょうか。

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