4-5話 天然って怖い

 えぇ……。話が違う。

 せめてノーマルエンドに進むのが筋でしょう。拒絶したあと走って逃げてないからだろうかと真面目に考え出す。


「あのですね……そもそも私はお見合い以上の義理を果たすつもりも理由もないので。

 結婚する気は、ない、です!」

「理由?ボクとシグリアちゃんの赤ちゃんが可愛いからじゃだめなんですか?」

「くっそこの天然話が通じねえ……」


 思わず地を出す。

 クアンタール家の息女として来ている以上外部からの評判は下げまいと猫をかぶっていたが、ここに来て被る猫はどこかに逃げ出した。追いかける気力もない。


 さらに厄介なことに、ソルディアに選ばれた男の妹である私と、神官の家出身でソルディア入りも羨望される少年。家同士の婚約相手としては理想的ともいえるのだ。

 政略婚前提ならありよりのあり。


 だ、が。今の私はシグルト=クアンタールとしてフェルディーン家に仕えている。

 その生活とアーノルド家の婚約者としての生活を二重で行うことなど出来るはずもないし、万一それであれこれと問題がバレた時に両家の怒りを買う羽目になるのは非常にまずい。


 何より、目の前のミラルド=アーノルドがベクトルをこちらに向けてるのが解釈違い!

 ヒロインの方にその矢印を向けろ!ただしヤンデレのフラグは折れ!


「くっ……こんなことならゲームの裏設定をもう少し深掘りしておくべきだった。」

「ゲーム?ボクねぇ、ゲームならオセロが好きですよぉ。」

「あっそういうことじゃなくてですね。」


 普通に口に出していた迂闊さがミラルドの天然度合いに救われた。いや、天然だからこそ今の面倒さにもなってるんですが。


 そう、ミラルドのゲームに出ていない裏設定については実のところほとんど知らない。


 ルイシアーノの従者&ヒロイン殺害ルートの顛末は友人からも聞いていたが、ミラルドはハッピーエンドに無事に行けてそれきり。

 お花畑に寝っ転がるミラルドとヒロインの尊さに満足して、そのまま次のルートに進んでいた。


 おかげで今説得の道筋が掴めなくて心底頭を抱えてるのだから笑えない。おまけに目の前の天然は何やら勝手に何事かを納得したようで、再びこちらの手を握ってきた。


「……なんです?」

「えっとねぇ、そしたら一緒にオセロしましょう!」


 どうして???


 思わず背中に宇宙を背負いかける。

 この世界に宇宙という概念があるかは知らないけれど。或いは精霊の宿る大樹だったかもしれない。

 何はともあれ結婚のお断りの話からどうしてそうなるのか分からない。


「いやなん、あ、ちょっ、」

 断りの返事をする前にぐいぐいと腕を引いていく。

 容赦がない。というか意外と腕力が強いな。最近成長期に入り出したのか背が伸びてきたルイシアーノが何故か脳裏によぎる。互角だったはずの剣の鍛錬も最近は黒星が増えてきて、その度にあおられるのがシャクだった。


 よぎる考えと共に振り払おうと腕に力をこめるが、ミラルドは意にも介さない。

 挙句の果てには「ふふ、なかよしですね」と嬉しそうに腕をぶんぶんとふる始末だ。


 天然ってどうして人の話聞かないの?

 自分の世界大好きマンか?


 心底疑問に思いながらも、最終的に諦めて着いていく。ここまで来たら後で父か兄を介して、家としてお断りの言葉を入れよう。

 それと連れていかれそうなのが明らかに本邸とは別に建てられた離れなら逃げよう。監禁系ヤンデレだこいつは。


 警戒しながらついていけば、案内されたのはお茶会をしていた部屋から少し歩いた先の部屋。開かれた扉の中はおもちゃやぬいぐるみで溢れた部屋。

 恐らく、いや、間違いなくミラルドの私室だろう。


 室内を警戒するように見渡すが、監禁に必要そうな鎖やおりはなさそうで一先ず安心だ。十一歳の少年の私室にする心配ではない。


「えへへぇ。座って待っててくださいな。あそこのわんちゃんとか、おうまさんを撫でててもいいですよぉ」

 満面の笑みを浮かべたミラルドは私の手を離して部屋の中を探り出す。オセロを探しているのだろう。向けていた警戒を若干緩める。

 仮に拉致監禁ルートになったところで、奥まった部屋でもないここならば、最悪大声を上げればお父様だって気がつくでしょう。


 手持ち無沙汰に言われた通り近くのぬいぐるみを撫でていれば、「あったぁ!」とボーイソプラノの嬉しそうな声が聞こえてくる。


「お待たせしました、シグリアちゃん」

 視線を外していた私の腕をミラルドが引く。そんなにはしゃがずとも一ゲームくらいの時間はまだ優にあるだろうに。



「はいはい、見つかりまし──……」

 がちゃん。


 手に、正確には手首に硬質な感触を感じる。翠の瞳を瞬かせて手首を見下ろせば、そこには硬質の金属の輝きと、ずしりとした重さ。

 魔力を流すことでその形状に戻るような仕組みだったのだろう。先ほどまでは確かにこの部屋には存在しなかった手錠が、確かに私の腕に嵌められている。


 …………いや、そうならないようにと警戒はしていましたよ?

 してはいましたが、本当にやる輩がいます!?!?

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