4-7話 VSミラルド、正しくは

「勘違いなさらないでください。これでも私、クアンタールの一員として家のために望まぬ結婚をする覚悟くらいはありますわ。

 ですが、曖昧模糊あいまいもこ腑抜ふぬけた理由しか口にしない相手と、末長くよろしくお願いしますと言って差し上げるほど、やさしくはありませんの。」

「あいまいも……もこもこ?ふぬふぬ?」


 ボク、羊さんじゃありませんよとのんきなことを口にする少年。目に涙を浮かべているのはそのままなのに、けろっとした表情になっている。


 天然を相手にしていると頭が痛くなりそうになる。額のシワを指でほぐしてから、軽くなった頭皮を親指でなぞった。なにせ結った時にこれでもかとまとめ上げるものだから、髪の毛に頭皮が引っ張られて痛くなるのだ。


「あいまい、もこ。理由わけがよくわからないということです。そもそも貴方、“何故”“私に”結婚して欲しいとか言い出したので?」

「へんでしたか?だって、シグリアちゃん、可愛いですもん。ボク、かわいいお嫁さんがほしいなぁって」


 何処かおかしいのかと首を傾げる少年に対して鼻で笑う。淑女然しゅくじょぜんとしてないって?

 犯罪者手前の奴に見せる淑女しゅくじょらしさはあいにく先ほど逃げ出した猫がくわえて持ち去りました。


「はっ、可愛いイコール結婚だなんて発想の時点でちゃんちゃらおかしいんですよ。

 愛らしい女性などこの世界には星の数ほどいるでしょう。貴方、いったい何人の方と重婚するおつもりで?」


 特に爵位を重視しない神官一族なら気立ての良さや優しさや愛らしさを考慮しても許されるだろう。三男坊ともなれば尚更だ。


 可愛い子だって世の中にはたくさんいる。

 ヒロインとかヒロインとか。あとヒロインとか。

 基本的に乙女ゲームの主人公絶対主義者なので真っ先に出るのがそこなのは許してほしい。エイリアも可愛いが。


 もっとも、彼女たちにはヤンデレ予備軍たちに捕まるよりも成人してから街でいい人と巡り合って幸せな結婚をしてほしいから、その真価に気がつかなくてもまあいいが。

 話がそれてるぞタラシ!と脳内のフレディが叫んだ気がしたのを首を振って打ち消した。


「……そんなに可愛い子って、たくさんいるんですか?」

「ええ、貴方もしかして、まともに女の子と出会ったことがないのでしょうか」

「はぁい。お見合いで会ったの、シグリアちゃんがはじめてですぅ」


 間伸びした調子で笑う少年。

 先ほど私に手錠をつけておいてマイペースを保ったままなのは素直に恐ろしさを感じる。無論、表情に出す愚行はしでかさないように唇を噛み締めるに留めたが。


「はぁぁ……なら、なおさら今結婚を決めるのは気が早すぎるにもほどがあるでしょう。私も貴方も、まだ出会いの機会はやまほどあるわけですし。」

「出会い、ですか?」

「ええ、出会いです。あと数年もすれば学院へ、貴方も入学できるでしょう?」


 ソルディア入りした男の妹にお見合いを依頼するような家だ。息子がソルディアに入ることを期待して学院に入れることは想像に容易い。メタとしてはゲームの展開を考えれば、入らないわけがない。


「うん、お母さまは絶対学院に入れるようにするからって仰ってました」

「なら、そうしてからゆっくりお嫁さん探しでもすればいいじゃないですか。

 ──た、だ、し!!こんなやり方やった瞬間心象最悪犯罪一発アウトなのでやめておくように!」


 ヒロインにそんな真似、否、ヒロインでなかろうと女性相手にそんなことをしたら誠心誠意を持ってぶん殴る。なんなら決闘を挑んでやる。多分剣なら勝てるはずだ。


「このやり方はだめなんですねぇ……。はぁい、気をつけます。」

「むしろなぜ良いと思えたんです??はい、分かったらとっとと手錠の鍵を出してください。」


 じゃらじゃらと鳴る鎖をこれ見よがしに揺らす。


 この手錠はそもそもどこから持ってきたのかとか。あれだけ叫んで使用人の一人も来ないなんてどういうことだとか。そもそも父上何してるんですかとか。文句を言ってやりたい相手も内容も山ほどあるのだけれど、今はもうひたすら疲れていた。


「鍵……ですか?」

「ええ。……まさか持ってないとか言い出しませんよね。そもそも貴方がこの手錠を用意したんでしょう?」

「ええ……と。あのね、えっと。

 これ、なんでここにあるんでしょう。」


 は??

 お前は一体何を言っているんだと言いたくなるが、目の前にいるミラルド自身も困惑しているのが明らかにわかる下がり眉で。


 しばし沈黙が過ぎる。いや。さすがにおかしい。いくらミラルドが天然ボケのほわほわくんだとして、自室にある手錠がどこから来たものかすら忘れるとか、そんなことありうるか?

 というか、何であるかもわからないようなものを人の手首につけるな。


 ぐるぐると思考がとりとめもなく回っているさなか、扉の向こう側から靴音が聞こえてくる。かつり、こつり、こつ。そんな軽い足音。


「あら、大きな声。一体何事かしら?」

 きぃ、と扉が小さく音を立てて開く音と聞こえてきた声。この家に来てから幾度か聞き覚えがある、おっとりと間伸びした調子の女性のもの。

 開かれた扉の先、この部屋よりは幾許か暗くなっていた廊下の陰を背負いながら。息子には似ていないベージュの髪をした女が、わらう。


 ──ひたり、背中に嫌な震えが走る。


 そもそも、だ。

 ソルディア信者の母親。

 まともそうな兄と話をしてはいけないと言い含められている末弟。

 そして、ヒロインや私といいソルディアの関係者に告げている言葉対してのヤンデレムーブ


 いや待て、このピース全部嵌めたらだいぶロクなことにならないのでは?



「うふふ、随分と賑やかで元気なお嬢さんなのね。ミラルドがなにか粗相そそうはしていないかしら?」

 今この瞬間を見てなにもやらかしてないとでも!?

 当然ながら私の片手首に輝く鎖は隠してなどいない。彼女の視界にもはっきりと写っている。

 それでも尚、恍惚と彼女は微笑んだのだ。


「何もないなら良かったわ。……あぁ、そうだ。シグリアちゃん、貴方のお父様は先程ご帰宅なさったから。」

「………………は?」

 一瞬脳が理解を受け付けなくなる。


 確かに巫山戯ふざけた発言も多い人だが、少なくとも見合いに来た娘を置いて先に帰るような人ではない。仮に魔法騎士としての早急の任務が入ったとしても、一言くらい私に言って帰るはずだ。


「だから、心配しなくていいのよ?あぁ、娯しみだわ。貴方とミラルドの子どもだなんて……きっと精霊様に愛される、素敵な子になるに違いないわ」

「────ッ!!」


 予感は確信に変わり、背筋を這いずる感覚もぞわぞわと一層増す。

 ソルディアの関係者って信者含めてロクな奴がいませんね!?

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