二年生編

ヒロイン入学・セレモニカ

9-1話 入学とフラグの感知

 学院では学年が変わろうとクラス編成は維持される。教室の扉を開けた先にある顔ぶれは二週間前と同じもの。そのどれもが音を聞くや否やこちらに一挙視線を向けてくる。


 いや待って、強い。初手から圧が強い。


「なぁ、聞いたかあの噂!?」

「……おはようやまた一年よろしくと言った挨拶ではなくて、いきなり噂の話からされましても。」


 素直な感想を口にするが、それで勢いづいた学友が止まることはない。

 そして彼らがこれだけ興奮する要因についても、およそ私には理解できていた。メタ的な意味で。


「精霊に選ばれたとかで、学院に編入生が来るんだってよ!いきなりソルディア入りだ!」

「驚きですよね。本当にそういったことがあるだなんて……」

 予想通り、今年から入る精霊に選ばれた娘。そう、ヒロインについての話題だ。


 学院に通うものは多かれ少なかれ、ソルディアに入る……精霊に選ばれることを目標としている。日々の研鑽も、精霊行事への参画も、それら全てがつながっているのだ。

 人によっては学院に入学する以前、入るための縁故をつなぐところからはじめている者だっている。


 それをぽっと出の平民であるヒロインがかっさらったわけで……そうなれば妬みがわいてくるのは、人として自然だろう。

 実際教室内で聞こえてくる会話も、どこか湿度の高い言葉ばかり。


 こういった空気は好きではないし、何よりヒロインへの悪感情にしかつながらない。

 なのでそれらの空気は丸っと無視をして、「そうなのですか、楽しみですね」と微笑みを返した。


「精霊に愛された人が増えるということでしょう? 彼らとの繋がりが増すのは私たちとして、ソルディアとして歓ぶべきことです。」


 その言葉にはっとした顔になる周囲。そう、ソルディアに選ばれるということはつまり、精霊に愛されている証拠。

 ならば彼らを貴ぶことで、自らもまた精霊の心証をよくするかもしれない。そう考える人が少なくないことは確かだった。


 出来うるフォローをするつもりはあるが、ねたそねみとへつらびりの果たしてどちらがましかは分からない。そればかりは羨望を向けられている彼女の受け止め方次第だろう。


 と、いうか。実際のところ“私”はこれから訪れるであろう“少女”のことを何も知らない。あの雪舞う日にルイスが指摘してきた事実を思い出す。


 ──偶像としてヒロイン出会ったことのない少女を飾り立てて、崇拝して、自らの空想に押し込める貴様の行動は『病んでいる』とは言わないのか?


 それは確かに自らの歪みを正しく指摘されたにも等しかった。盲目を暴かれて突きつけられた。

 だからこそ、まっさらとした心地で彼女と向き合おうと決めていた。



「でもさぁ~~……可愛いんですよねぇ~~~~……」

「率直に言って気色悪い。」


 目の前のルイスに秒で即断された。

 無理もない。私も他人事で今の自分を見ていたら全力で引く自信がある。

 朝に学友たちから噂を聞いた日の放課後、ソルディアに割り当てられた執務室の中での出来事だ。


「だってさっきの挨拶見ました?少し物怖じはしていましたけれど、その中でも気丈に前を向いてよろしくお願いしますって。

 新しい環境にいきなり入ることになりながらも自分にできることをやろうって責任感があって……はぁ……ユーリカちゃんマジヒロイン……」

「早口で語るな率直に言って気色悪い。」


 同じことを二回言わないでほしい。さすがに正気に戻って咳をひとつする。


 そう、先ほどの入学式と精霊の儀ウェスティアリアで目にした少女、ユーリカ=ウィジット。

 ノアクルではヒロインであった彼女の姿と、先ほどまみえてきたばかりだった。

 赤い夕焼けの色によく似た髪は肩まで伸ばされており、紫の瞳をもった少女はまさしくゲームのヒロインと寸分たがわぬ愛らしさだった。


 ゲームの中でボイスはついていなかったが、少女らしい高くやわらかな響きを持っていて。少なくとも外見面は完全に理想通りだったもので。


「あんまり良くないってわかっていても期待しちゃうじゃないですか。あれだけかわいい子でしたら。」

「貴様の女好きは知っているがな……。」


 呆れ果てた声を出される。心外だ。かわいいものを愛でたいという点は女性にとって基本思想では??


 まあ口にしたら確実に呆れたため息を吐かれるだろうから、貝のように口をつぐんで窓から外を見下ろす。おそらく向こうは向こうで、失言を避けている自覚はあるはずだし。


 …………ん?


 四階にある執務室では、広々とした学院の庭と、その向こう側に続く魔の森が一望できる。立ち入り禁止の個所である森に近づく生徒はそういないが、だからこそ遠目から見ると目立つものだ。

 森からさほど遠くない場所に、赤と黒の色彩があるのが目に入った。


「なんだ、何を見ている。

 ……ああ、例の編入生とシドウか。」


 私の後ろからのぞき込んできたルイシアーノも視覚強化の術を唱え、森のそばにいる二人の名を口にする。


 /////


 さて、ゲームのオープニングは精霊に選ばれた後の始業式が開始になるが、そこでヒロインはとある“出会い”がある。ゲーム開始前の質問コーナーの結果に応じて、攻略対象の一人とのイベントがあるのだ。


 イベントとはいってもこれが直接好感度に関わるかと問われたらそうでもない。翌日にソルディア関係者という名の攻略対象たち全員との顔合わせイベントがあるわけだし。

 ただプレイヤーゲームをする側からすれば、初めての出会いというのは肝心なものになる。


 そう。今赤髪の彼女が直面しているのは正しくその、出会いイベントだった。


「と、言うかシグルト。なんだ貴様のその妙な顔つきは。」

「いえちょっと今頃あの二人がいったいどんな話をしているのかな、と……。」


 好奇心を隠さずに告げれば、おおよそのこちらの事情を理解しているルイシアーノは鼻息を鳴らす。


「一体何を心配しているのかは知らんが、シドウも初見の下級生に対して無体なことを働くことはないだろうよ。」

「いやまぁそれは心配していないですけれど。」


 ハイネ先輩に危険なフラグが発生するのはむしろ好感度が一定値いってからだし、ヤンデレというのはそういうものだ。


「そこではなくて。ちゃんとこういった流れはゲーム通りなんだなと思いまして。」

「例の仮想体験とやらか。詳しい内容までは知らんが、そこまで一緒というのはもはや気持ち悪いな。」


 率直なご意見ありがとうございます。私も大体同じ気持ちです。

 さらに先のこちらの思考まで彼は読んだのかもしれない。今にも舌打ちを繰り出そうとする顔で吐き捨てた。


「──に、してもだ。シドウらしくもないデレデレ顔だな。あれは本当に同一人物か?」

 本当それな。

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