12-9話 ゲームオーバー未満

 圧倒的な魔力の圧はこれまでに一度たりとも味わったことがなく。ともすれば気圧されそうになるのを踏みとどまる。

 今は一瞬たりとも気の抜けない状況だと理性は痛いほどに理解しているつもりだ。

 だと言うのに本能は未だ混乱の渦の最中。防護魔法で軽減しきれなかった昏い刃が、庇うように突き出した腕を切り裂いた。


「シグちゃん!」

「っ……、この程度なら問題ありません。それより目を離さない!」


 駆け寄って来ようとするミラルドを手で制す。隣にいたルイシアーノが私にだけ聞こえる低い声で呟いた。


「……おい。あれもまさか、その“やんでれおとめげーむ”とやらに登場するやつか?」

「いえ、あんな見るからにヤバそうな魔獣に見覚えはないのですが……。というか魔獣なんですかね?あれ。」


 少なくとも人型の魔獣というものに私は出くわしたことがない。こちらの世界の物語で描かれる魔王とやらも、本に描かれる姿はいずれも人とはおよそかけ離れた姿だった。

 だが、目の前にいる存在はその頭から生えている二本の角こそ異形のものだと示しているが、それ以外は私たち人間と区別がつかない。

 あえて言うなれば、壮絶な色気と、底知れぬ魔力だろうか。それだけが凡そ目の前の存在が、人ではないのだと告げていた。


 ──いや、加えて言うならマントの下のあの露出度の高い服装か。

 前世のゲームでよく人外がぴっちりタイツとか大事なところしか隠れていない服装とかを男女問わずにしていたが、あの光景を彷彿させる姿。

 今はそれどころではないので意図的に思考から追いやるが、タイミングがタイミングだったら大声で悲鳴をあげる所だった。


『魔獣のような下等なものと同一視されるのは不本意極まりないね。

 ──仕方がない、無知な虫に教えてあげよう。僕の名はドロディス。吸精鬼ヴァンプメア、ドロディスだ。』

吸精鬼ヴァンプメア……?」


 それは一体何なのかと尋ねようとした瞬間、森の四方から遠吠えが聞こえてくる。

 獰猛な魔獣たちの声は鋭く、すぐに囲まれていることを悟る。振り向けば、ルイシアーノ目掛けて獣の一体が飛び掛かった。


「ルイス!」

「くそっ……。ミラルド!水で足止めをしろ!蔦で壁を作る!」

「は、はぁい!」


 襲い来る獣たちにルイシアーノが手を掲げて術を構成しながら駆け出し、ミラルドがそれに続く。

 けれども私たち……私とユーリカは、荒々しいその光景を見ながらも猶、足が動かない。吸精鬼ヴァンプメアの視線は、私たち二人を見据えていた。


『……そうか。君たちが僕を目覚めさせたのか。その強い情欲、感情、そして魔力の質。忌まわしき祝福と、呪いの残る子らよ。』

「──何を仰っているので?」


 咄嗟にユーリカを庇うように、震える足を叱咤して一歩前へと進み出た。祝福とはユーリカの精霊、《祝福を届けようアレルヤ愛しき人イデア》のことだろう。

 だが、そうすると呪いとは。


 疑問を口にする前に、其れはいとも容易く微笑んで答えを紡ぐ。


『クアンタールの家に掛けた代々の呪いさ。まさか未だに血が絶えていなかったとはね。』

「はっ!?何でうちにそんな呪いを……!?」


 しかも代々?血が絶えていない?

 どうしてまだ生きてるのと言わんばかりの調子に思い切り顔を歪めるが、当たり前のように目の前の化け物は頓着とんちゃくしない。


「おい、シグルト!貴様のうのうとそんな化け物と会話をしてるんじゃない!!」


 ルイシアーノの叱責に、ようやく現状を顧みる。視線をそちらへと向ければ、大地を割って出てくる蔦が獣の爪を防いだ瞬間だった。


「っ、失礼しました!今加勢します!ルイスさ……」

『……ああ、成る程。君たちの情動の矛先は彼か。』

「ッ!ルイシアーノさん、危ない……!」

 慌てて駆け出そうとする私とユーリカの間を擦り抜けて。


 吸精鬼ヴァンプメアの指先から迸る光がルイシアーノを貫いた。


「がっ……!」

「ルイシアーノさん!!」

「ルイス!!」

『……うん。中々に美味しそうな獲物だ。呪いの子は味も歪んでいるだろうから、あとはメインディッシュに唾だけつけておこうかな。』

「きゃ……っ!」

「ユーリカ!!」


 含んだ笑みと共に、同じ光が今度はユーリカを貫いた。とたん、彼女もルイスと同じようにその場に倒れ込む。


「ユーちゃん!……シグちゃん!こっちに!」

「っ、は、はい……!」


 ひと足先に倒れ込んだルイスの傍らへと辿り着いていたミラルドが牽制の水壁を生み出す。

 如何にソルディアとして精霊と同調シンクロしていたとしても、精霊の根元と異なる魔法が永遠に保つことはない。


「ユーリカ、起きれますか?ユーリカ!……、チッ!」


 揺さぶっても軽く頬を張っても反応のない少女。まるで抜け殻になってしまったような彼女を持ち上げる。

 獣たちの猛攻はこちらの状態など気にせずに続けられる。防護呪文を潜り抜けて細かな切り傷や擦り傷を作りながらも、ミラルドの元へと辿り着いた。


「……ッ、色々と言いたいことしかないですが、今はこの場面を潜り抜けるのが先ですね。ミラルド!数秒だけでいいです、彼らの攻撃を防いでいただいても?」

「うん、がんばります……!」


 普段は穏やかで気の抜けた表情を浮かべているミラルドも、今は鋭い目線で呪文を唱える。先ほども出していた水の壁、次第にそれは氷と変化して獣たちの攻撃を受け止めていく。

 それを見てこちらも深呼吸を一つ。同調ではまだ足りない。精霊の力そのものを発動するだけの魔力が必要だ。


「風属性と相性の良い精霊なことが救いですね。」


 独り言ちながら苦笑を浮かべる。

 ……今の魔力消費量で想定する威力を出すとなればリスクも高いが、しのごのいう余裕はない。胸のうちの精霊へと呼びかけて魔力を高めながら、倒れ伏すルイシアーノへと視線を落とした。


「今回の件は貸しにさせてもらいますからね。ルイス様。……嵐よストムス 荒れ狂い裂き乱れスタンプス シェイブス!!」

『……おや。忌々しい精霊の力を使ったのか。虫にしてはそこそこの威力だ。』


 先ほどの風の壁よりも鋭きかまいたちが荒れ狂い周囲を引き裂いていく。魔物たちは悲鳴を上げながら、四方へと散っていく。


『とは言え、魔力の代償は大きそうだけれど。……まあいいか。ご馳走を味わう時間も大切にしたいことだし、今日はこれでおさらばしよう。』


 今日どころかもう金輪際おさらばしてほしい。

 苦言を呈する前に魔力を使い切った私の意識は、闇へと落ちていった。

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