8-6話 合流、三者三様

 この道を曲がったところで、地下へ続く部屋の前に辿り着く。そこまで進んだところでミラルドがドレスの裾を引いた。


「シグリアちゃん、その先誰かいますよ?」

「っ、」

 その静止に曲がり角の半歩手前で立ち止まる。先ほど追いかけてきた奴らだろうかとおそるおそる通路の先を窺えば、真っ先に見えたのは薄桃色のドレスの端。

 ドレス?ドレス。


 そのまま目線を上へとあげていけば、なんてことのない。見知った顔だ。


「ルイシアーノ様!」

「なんだ、貴様らも来たのか。」


 愛らしいドレス姿で腕を組む令嬢……の姿をした令息。我らがルイシアーノ=フェルディーンだ。

 おそらくは書斎の扉だろう。重厚な壇木の扉に寄りかかってこちらを見てくる。そうしていると悪役令嬢も顔負けですねという余計な一言はひとまず飲み込んだ。


「わぁ、可愛らしい女の子ですねぇ。」

 だが今ここは私が余計なことを言わずとも天然の爆弾がある。何を言わんやミラルドのことである。

 金の瞳をもつ淑女然としたルイスが思い切りしかめ面をした。ますます悪役令嬢らしくなってる。


「なんだ、その餓鬼ガキは。まさか貴様はその格好で現地のやつをたらしこみでもしたのか?」

「してませんし普通に失礼ですし私たちとミラルドは一歳しか違わないですしなんなら身長も彼が一番高いでしょう。……彼はミラルド=アーノルド。兄の友人の弟さんで、過去に兄がらみの案件で知り合ったんですよ。」

 そう言ってから今度はミラルドへと向き直る。


「こちらは私の主人のルイシアーノ=フェルディーン様。侯爵家の子息で、ソルディアの一員です。女性の姿をしておりますが、立派な男性ですよ。」

「えっ?こんなに可愛いのに男の人なんですか?驚きましたぁ。シグリアちゃんとおんなじくらい可愛いのに。」

「シ・リ・ア!!」

「…………」


 苦虫を噛み潰したようなルイシアーノ様の視線が痛いが、私は私で心臓が冷えた心地でそれどころではない。

 何せ私が女性だと言うことを、ルイシアーノは知らないのだ。たまたまグリンウッド卿の娘さんの名前が似ているから誤魔化せる範疇ではあるが、無用のトラブルや詰問は避けられるだけ避けたい。


「……。」

 じっとこちらを無言で見つめてくるルイスの目が痛い。兄に女装をするように言われた時からこの方不機嫌でなかったことはなかったが、今はそれに輪をかけている。

「何ですかその顔は。言っておきますが任務クエストは忠実に取り組んでいますし、ミラルドは確かに根が心底天然ですが悪い子じゃありませんよ。」

「えへへ、ありがとうございますぅ。」

「いや、褒めてはいないですね。」

「……まあ良い。言ってやりたいことはごまんとあるが、今は貴様らを詰問している時間もないからな。」


 相変わらずの仏頂面ではあるが、現状優先すべきものの取捨選択ができる程度の理性はまだ残っているようだ。機嫌を表に出すのは三流だしモラハラですよという余計な火種つっこみは飲み込んだ。


「それで。貴様らはどういった経路でここまで辿り着いた?」

「ホールにいたときに毒や湖、地下などの不穏な単語を口にしている方々を見かけました。その内の一人を追っていたら此方へ。」

「成る程な。ならば俺が見たものがその毒かもしれん。

 同じくホールで不審なものがないか探っていた折に、ここの使用人が予定していない荷物が届いていたと困惑していた。それを給仕の男が自分の荷物だと引き取った。

 だが、そもそもこうしたパーティーの最中に予定していない荷物が届く時点で異常だ。屋敷の主人の与り知らぬところで何か起きている可能性が高いとみた。」

「そういえば、屋敷でもそういった事態が起きた時に応じた訓練をしたことがありましたね……。」


 フェルディーン家でも誘拐事件以降は防犯関係に対して随分と過敏になっていた。それ以降、パーティーを此方で主催する際には事前に緊急時の対応一覧を覚え込まされたものだった。

 そういった詰め込み知識関係は同期の中ではエイリアが一番苦戦していたことを思い出して苦笑する。


「精霊行事を幾度も取り仕切っている公爵家の従者が荷物の受け渡しをあっさりと赦したことも気に掛かった。故に、その荷物とすれ違う際に追尾の呪文をかけた上で公爵夫人に確認を行い、連絡がなかったことを確かめた上で追いかける許可をいただいた。」


 受け渡しに関わっていた者は別途メッドに任せて此方へと追い、彼らが部屋に入ったのを確かめたところで私たちの存在に気がついたということだ。


「ゆ、優秀〜……。」

 ゲームの作中でも暴君だが、その悪印象を上回るレベルで優秀だった男だ。

 思わずこぼれた私の感嘆の声に当たり前のように胸を張る。今の賞賛で機嫌もわずか上向いたようだ。


「わぁ!ルイルイってすごいんですねぇ!じゃあこの奥にいったら、悪い人たちがいるんですかぁ?」

「は??ルイルイ?」

「ルッ……、」


 吹き出しそうになったのを俯くことで必死に耐える。ルイスがこちらを睨みつけたのを経験則で感じるが、声は出してないのだから許してほしい。いや、従者として主人のあだ名で笑うのがアウトな自覚はある。

 天然ミラルドの天然たる部分はやはり数年経っても変わっていないようだ。分かってはいたが。

 肩を震わせて俯いている私と、再び機嫌が急転直下しているルイシアーノと、きょとんとした顔をしているミラルド。


 これから突入だと言うのに、緊張感が死滅してしまっている。後生だ、笑いの発作よ。この後訪れるであろうシリアスでは耐えてくれ。

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