13-3話 前段だけでお腹はいっぱい

「さて、何も分からない二人もいるわけだし最初から説明をしようか。」

 へたり込んでいる私をメッドさんが傍らに備え付けてあるソファに誘導しているのを見ながら、憎たらしいまでに朗らかに兄が口を開く。


「そもそも俺が初めに気がついたのは、精霊との契約を交わして間もない時のことだ。

 魔の森に封じられている一柱が、やがて目覚めることが分かった。封印の基盤そのものが緩んでいて、上からの封印はせいぜいが延命措置にしかならないとね。

 二百年前の悲劇を繰り返すわけにはいかない。俺は黎明をドゥーン告げし謳プロフォスの託宣から、幾らかの未来を予測して、それに向かって準備をはじめた。」

「準備だと?一体どのような?」


 その言葉に兄が満面の笑みを浮かべる。普段以上に愉悦の混じった視線は私へと向けられており、否が応でも身の毛がよだつ。


「精霊の力を借りて異世界に意識を飛ばして、一人の青年の体を借りてね。幾つかその傍の友人に物語を吹き込むことで、NoirCoeur……黒の心臓を意味する名のゲームを生み出すように仕向けたんだ。

 実際にその時に所属しうるであろうソルディアのメンバーを登場人物と仮定して、彼らに起こりうる最大の悲劇のもしもを形作るようにね。四大魔族の復活は、その話のうちの一つだよ。」

「ちょっと待て」


 思わず起き上がって制止する。いや本当ちょっと待て???

 今の話が正しいとなると。


「兄さんがノアクル作成の立役者ってことです!?!?ふざけないでください何でヒロインがあんな酷いルートを山ほど作ってるんですかこのコンキチキ!!!」

「ク、クアンタール!?いきなりどうした!」

「あっははは。ほら、やっぱり物語性って大事じゃないか。それにどの子のルートも、場合によっては本当にありえた未来だし。」

「ぞっとするんですが?シグルトはさすがにありませんよね、あのルート??」


 頼むからないと言ってくれ。そう懇願するように再び立ち上がり詰めよれば、菩薩のような笑みを浮かべる。笑ってないでなんとか言え!


「……弟妹ていまいの動揺の理由はさておくとしてだ、リュミエル。実際にいる者たちの可能性を抽出して、物語にするように第三者に働きかけたと?」

「メッドさん私が言うのもなんですが、理解力が早いですね。」

「こいつの突拍子のなさは今更だ。……ミラルドもその物語とやらの対象に入っているのか?」

「うん。とはいってもあの子が母親の洗脳を無意識化に刷り込ませられつづけた場合の未来だから、現時点で全く同じ未来になる道筋はないと思うけど。」

「度し難い……。」


 永遠に詰問を続けたい心地になるのをぐっとこらえて視線で続きを促す。どうせ兄貴のことだからまだ爆弾を残してるんでしょうが!!


「それで、ゲームに実際に触れた人の中からプレイ後ひと月以内に命を落とした者の魂を掬いあげて、死産が決まっていた妹の体に入れることで蘇生したんだよ。それがシグ。」

「もうやだこのチート爆弾発言しかしやしないぞ」

「いやぁ、ちょうど向こうの俺と関係がある相手になるとは思わなかったけど、お陰でスムーズに事が運んだよね!」


 泣き言の一つも言わせてほしい。私が転生したの大体こいつのせいじゃないか!?

 というか魂を掬いあげたとかどうやってだ。というか私は本来死産になる予定だったってどういうことだ?


 胸倉を掴んだ私を止めるようにカーマイン先生の手が伸ばされるが、彼自身も動揺と混乱に満ち溢れているのだろう。

 上がりかけた腕は再び元の位置に戻り、口だけが開かれる。


「──順番に確認しよう。リュミエルはかつて吸精鬼ヴァンプメアの封印がほどけることを予期し、策を講じた。その関係で異世界に干渉し……異世界など本当にあるのか?」

「ええ、ありますよ。それこそ星の数ほど。そこは文化体系も発達の仕方も、魔力の有無すら異なります。シグの前世の記憶がその証拠ですね。」

「物理的な証拠は……いや、無茶な話だな。一度議題を変えよう。」


 緩やかに首を横に振ったカーマインが、鋭い視線を今度は私へと向けてくる。大体今の話を聞くに私に責は何一つないと思うが?寧ろ被害者だが?


「それとシグルト。妹とはどういうことだ。」

「あっ、そこですか先生。いやそれは性別認識変換魔法とかいう見事によく分からない存在が関わっていまして……」

「まあ存在しないんだけどね、そんな愉快な魔法。」

「らしいんですけれど……はぁ!?」


 振り払われないことをいいことにがっくんがっくんとつかんでいる胸倉を揺らせば、「あはははは!」と爆笑が聞こえてくる。


「いやどういうことですリュミエル兄!?あのよく分からない魔法陣とか勿体ぶったお父様の話とかなんだったんですかじゃあ!?」

「方便だよ方便。いきなり我が家は代々呪われていて、女の子は皆十歳を越えると周囲に女性として認識されなくなる。子孫繁栄を妨害する呪いの一種だなんて聞いたらどう思う?」

「控えめにいって頭がおかしいんじゃないかと思いますねっ!」

「あっははは。いや、言っておきながらなんだけど、性別認識変換魔法よりはマシな気もするね?」

「否定できません!が!!そもそも何でそんな酔狂な呪いがうちに掛けられてるんですか。」


 別に王族というわけでもない、平々凡々……というにはちょっと癖はあるが、国でもそう地位が高いわけではない一族だ。

 あの四大魔族とかいうやつが直接呪ってくる理由が分からない。


「余程うちの祖先がまずいことをされたとか?」

「どうだろうな。少なくとも二百年前の二柱が蘇ったときの記録にクアンタールの名は出ていなかったと思うが。」

「あー……それはですね。」


「いずれ精霊たちの王が生まれるから、か。」


 私と先生の疑問を、涼やかな声が裂いた。銀の髪とアメジストの瞳、ミラルドによく似た涼やかな色合いがこちらを見据える。


「……精霊たちの王、ですか?」

「以前リューがそういったことを漏らしていたことがある。いずれ訪れる精霊の王を魔族の者たちは忌避していると。」

「おい、メッド……。」


 それまで浮かべていた笑みを潜めてリュミエルが傍らにいた友人を窘めるように視線を向ける。が、張本人はどこ吹く風だ。

 精霊の王とか随分とやばいものが出て来たな。……というか。


「まさかそれがリュミエル兄だ。……なんてオチはありませんよね?」


 ジトっとした視線を向ければ、何も返事がかえらないまま曖昧な笑みだけを返された。

 勘弁してほしい。これ以上属性を盛るな我が兄よ。

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