8-1話 数年来のあれやこれ

世界が滅びようと止められないものは、ノリノリになっている時の我が兄である。

   ────シグリア=クアンタール


 などと馬鹿げたキャッチコピーが脳裏をよぎったが許してほしい。


 なにせ私たちは学院から離れた湖のほとりの街、ランディスタでとっかえひっかえドレスを選ばれている真っ最中なもので。

 別室にいるルイシアーノは今頃死んだ目をしているだろうなと同情しながら、指にはめられているオーロラの輝きへと自然と視線は向かう。


 ここに来る寸前に兄から渡されたくだんの精霊石がはめられた指輪。これのお陰で仕立て屋へと入ってからは当たり前のようにお嬢様として採寸やドレスの着付けをしてもらえている。

 幼少期は本当にこの指輪や性別認識変換魔法とやらに効果はあるのかと疑わしい思いもあったが、ここに来てその効力を認めないわけにもいかなかった。



「お嬢様。ドレスの色はいかがしましょうか。瞳の色に合わせて若草のAラインでしたら、お嬢様の凛々りりしさを引き立てるかと思いますが……。」

「あら、それよりも今のトレンドはこの薄紅色のベルラインでしょう。このふんわりとした愛らしさ!殿方の目線をくぎ付けにしてしまいます!」

「グリンウッドのお嬢様はパーティーが初めてなのですから、ここは王道の方がよろしいと思いますよ。あまり周りと違うと浮いていないやと心配するものです。薄水色のプリンセスラインでしたら気後れせずに楽しめるのではないでしょうか。」


 喜色を浮かべてあれやこれやと言葉を交わす仕立て人たち。兄の手引きで今回グリンウッド辺境伯の娘として潜入することになった私の事情を知らぬまま、ただ私がパーティーを楽しめるようにという気遣いを全面に出してくれていた。

 私自身も、久々にこうしてドレスや装飾品、かわいらしいものに囲まれて心が弾まないといえば噓になる。


「ええ、そうですね。それではトレンドの薄紅色の……でもベルラインは着慣れておりませんの。はじめての方もいらっしゃる場で粗相そそうをしてしまっては申し訳ないわ。エンパイアラインで良いドレスはあるかしら?」


 なるべく締め付けが少なく、いざという時に動きやすいデザインをさりげなく頼めば、「ええ、ええ!もちろんございますよ!」とはずむ声。

「均整なスタイルをされているのですし、背中の開いたデザインもお似合いかもしれませんね。」

「あら、素敵!でも夜風にあたったら寒くなってしまうかもしれないわ。ショールも合わせた方がよさそうね。」

「お嬢様、あちらのドレスでよろしければ、アクセサリはこの辺りからどうでしょう?」


 さすがの辺境伯令嬢。私が幼い頃に見合いをした時とは比べ物にならないほどまばゆい宝石が並ぶ。

 ……折角だし、アクセサリくらいは可愛さ優先で選んでもいいですかね。

 髪をまとめるバレッタ、ドレスと同系色のピンクダイヤモンドで出来たものを指し示せば、髪を結う担当の女性がそれを手に取る。こんな装飾品をまさか私自身が再び公の場で身に着ける日が来るなんて。

 これが兄の計らいでない普通のパーティーだったら尚よかったのだけれど。……いや、今は目の前の着替えと任務へと集中だ。


 /////


 支度を終えて控室へと戻ってきた私は、先客の姿に目を丸くする。


「……ップ、ふふ、くっ。

 ……いえ、失礼しました。どこのお姫様がいらしたかと思いまして。」

「思ってもいない空言そらごとを口にするのは貴様の悪い癖だぞ。シグルト。」

「いえいえ、本心です。ドレス姿、とても似合っておいでですよ。ルイシアーノ様。今はルシア=グリンウッドとお呼びした方が良いでしょうか?」


 プリンセスラインの柔らかいシルエットのドレスと、首元まで覆ったフリルやレースの装飾は体格をごまかすためだろう。

 手袋をはめて肌をほとんど出さないシックなデザインが、逆に奥ゆかしさを彩っている。薄水色の色合いは私が今着ている薄紅色とちょうど対比になりそうだ。


 グリンウッド伯の息女として参加するために、普段の碧い髪は焦げ茶のウィッグでおおわれた。緩いウェーブが腰まで流れるように垂れ、地毛と同じ碧の宝石をちりばめたヘアアクセサリーは、とても彼に似合っている。


 本来の性である女性として着付けをしてもらった私とは異なり、ルイシアーノの性別はごまかせない。

 そのため彼の方は事情を知っている者が着付けるのだとは聞いていたが……。


「いやぁ、いい感じに仕上がったんじゃないか?さすが俺!」

「リュミエル兄がやったんですこれ!?」

 そんな才能もあったのか。グッジョブ。いや違う、思わず本音が出た。


「本当に、二人ともとても愛らしいね。今日一日こんな素敵なお嬢様がた……と言ったら失礼かな? 君たちのような子たちを私の子だと紹介できるだなんて、鼻が高いよ。」

「いやいや、何をおっしゃいますやら。グリンウッド卿の実娘のお二方も、今の二人に劣らず花のように愛らしい子たちじゃないですか。」

「はっはっは、それは勿論そうさ。目に入れたっていたくない、私の自慢の娘なのだから!」


 もう一人この場にいる人物。彼こそが今日の協力者でもあるグリンウッド伯。

 顎全体に生えた髭は貫禄かんろくたっぷりだが、愛嬌のある表情には親しみを覚える。


「そんな私の可愛い娘たちをあまり人前に出したくはないのだが、最近の王都の貴族たちの攻勢にはうんざりしていてね。君たちが隠れみのになってくれるのならばこれほど心強いことはない!」

「……隠れ蓑か。囮めいた扱いだな。」

 愛らしい姿にそぐわない低音でルイスがつぶやいた。辺境伯と侯爵では後者の方が位階が高い。階位が下であるグリンウッド辺境伯の言い方にいらだちを覚えたのだろう。


「ルイス様……いえ、ルシア。パーティーでそんな怖い顔をしてしまってはいけませんよ?」

 が、こちらとしては知ったことではない。むしろ下手に今の振舞いを会場でもされてはこちらにまで要らぬ火の粉が飛びかねない。

 なのでにっこりと、満面の笑みで彼へと微笑みかける。幼いころの花精霊・感謝祭を思い出すな。


「……ええ。分かっておりますわ。会場内ではご迷惑をおかけしないように気を付けます。シリアお姉様」

 かつての時には浮かべることなど決してなかったであろう気弱な微笑みを浮かべるルイシアーノ。


 ──貴様、帰ったら覚えておけよ。

 ──おや何のことでしょう。


 眼だけはお互い雄弁に、声に出さない声を交わしあっていた。

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