10-6L話 一方その頃

「と、言うことで。情報を一通り取ってきたが、これを整理してまとめる必要がある。フレディ、貴様も手を貸せ。」

「え~……いや、それが命令ってんなら従いますけどね?オレはフェルディーン家の雇われの身ですし。」


 ルイシアーノがシグルトをはじめとしたソルディアの面々と何やらはかりごとをしていることは既にフレディの耳にも入っていた。

 奥様が商会に買い物に行く時に、わざわざシグルトともう一人編入生を連れて行くようにとねじ込んだ話。それを事細かに教えてくれるエイリア口気安い同僚がいたもので。

 だから多少のことは驚かないつもりだったし、なんなら自分も何かにつけて駆り出される予感はしていた。机の上にばらまかれた書類の数々には咄嗟に目を見張ったが。


「…………は? って、いや!? ルイシアーノ様これ完全に生徒の個人情報じゃないっすか!?一体どこから抜き取って来たんです!?」


 学院に入学した時の情報だろうか。生徒の氏名や学年、所属は勿論のこと、家族を含めた職歴や騎士隊特筆事項──平たくいえば犯罪履歴まで。

 生半可な手段で得られるとは思えない情報の数々がその紙に載っている。紙の分厚さからして、全校生徒分はあるのではないだろうか。一体どこから手にいれてきたのやら。


「はん。持つべきものは偉大な経歴を持つ卒業された先輩だな。尤も、国に関わる要職の情報は流石に秘匿されたが。」

「いやそりゃされるっしょ……もしかしてルイス様、情報屋みたいな裏稼業でもはじめなさるおつもりで?」

「誰がするか。」

「あっ。良かったー……いやルイス様が犯罪とかにまで手を染めたらいよいよ取り返しがつかないっていうか……」

「そんな立ち回り次第で如何様にも危うくなるものをするくらいなら、表向きは清廉潔白であるように努めるさ。俺の子飼いがどうしようと、それはあくまでそいつらの行いであり俺には関係がないからな。」

「そっちっすかー。」


 いやこれ、もしかしてオレに手伝えっていうのはいざという時に責任おっかぶせるつもりじゃないですよね? ねぇ!? と声を荒げるフレディを完全に無視したまま、金の瞳は書類を順に見ていく。


「学院内で昨年ハイネに対して執拗な嫌がらせをした面々についてを探ろうとしているが、不思議なことに実行犯の目撃情報がない。ハイネ自身が大ごとにしなかったとしても、噂の一つくらいは上がっていてもおかしくはないのに、だ。」

「えっ、それは妙な話っつーか、そういうのってめちゃくちゃウワサとかされません?」


 ソルディアの威光は学院に正式には通っていないフレディも十分と言っていいほど理解している。一年生の時からルイシアーノとシグルトに与えられた個室に、寮で主人の世話をしている間にも多く聞こえてくるソルディアへの憧れと相反するやっかみ。

 その面々に手を出したとなれば、良かれ悪かれ噂に上がるのは自然だと感じるが。


「まさかその犯人を今から探すつもりなんすか。そこまでルイス様がわざわざやるとか、一体どれだけハイネさんって人のこと気にかけてるんす?」


 ……正直なところ、これで迷惑をかけられたのがシグルトだといわれればフレディにも納得もいった。


 相変らず顔を合わせれば軽快に喧嘩を売り合う関係ではあるが。幼い頃のただ難癖をつけようとしていた時とは違い、ルイシアーノ様自身もそれを楽しんでいるようだったから。

 シグルト自身が嫌がらせにあっていたとなれば、恐らくどんな手を使ってでも、彼はそれを行った者たちを後悔させる。そんな確信がある。


 だが、今回のきっかけは彼ではないようだ。

 ならば何故わざわざここまで手をかけるのかと問いかけながら顔を上げれば……そこには質問を後悔するような凶悪な笑みが浮かんでいた。


「げ。」

「なんだその声は。俺がわざわざ彼奴を気に掛ける?いいや、俺はただ憤っているだけだ。あの愚か者に対して、理由はどうあれな。だから骨の髄まで後悔させてやらねば気が済まん。

 その為には、彼奴のくだらん心の傷の元凶とやらを存分に把握しておかねばどうしようもないだろう。」


 ──昔とは大分変わったところもあるが、こういうところは変わんないよな。ルイス様。


 少しだけフレディの視線が生ぬるくなっても許されるだろう。改めて向かいに腰かけてテーブルの書類を一枚手に取った。

 仔細に記された内容は、読み書きをフェルディーン家で教わっていなければ凡そただの紙切れとしか判別できなかっただろう。だが、文字が読める今では恐ろしさが嫌というほど伝わってくる。


「……何かこれ、普通に一歩間違えたら色々ヤバいことに使われそうな情報っすよね……。」

「そうだな。取り扱いには重々気を付けろ。尤も、この部屋から持ち出した瞬間燃え尽きるように既に条件を付けて魔法をかけているが。」

「怖……。で、その取り扱い注意な内容で、オレは一体何を手伝えばいいんすか?」


 犯罪の片棒を担ぐような真似は嫌だなぁと軽口をたたくフレディに、ルイシアーノは簡潔に返す。


「書類の生徒の身分を貴族階級とそれ以外に分けろ。」

「え?それだけっすか?」


 もっと無茶ぶりをされるかと思っていたという顔を隠しもしないフレディに主人は深々と溜め息をはく。この程度の反応を気にするような男でないことは既に厭というほど理解している。


「それ以外にも仔細にカテゴライズして行く必要はある。物足りんというのなら、ここにそれぞれの家族構成と、親が職務についているのならその職歴を記していけ。あとは身内の犯罪歴か。」


 そういって薄褐色の紙と羽ペン、インクを差し出される。

 ルイシアーノ自身が同じものを傍らに置いているのを目敏く見つけたフレディは片眉を上げながらも差し出されたものを受け取った。


「了解ですっと。ルイス様も元からやるつもりだったら、何で最初っからオレに頼まないんです?」

「どうせ貴様が分類した後も一通りに目を通すことはするからな。二度手間になることは変わらん。」

「んなことしなくとも、ルイス様が薄っすらこういうヤバい条件の奴がいたら抜粋していけとか言ってもらえりゃ、その辺探しはしますよ。」


 自慢じゃねえけど俺、そういう勘は利く方なんでと鼻を鳴らす従者に向けられた金の瞳は、次第に細められ、不敵な笑みを口元に湛える。


「は、良く言った。貴様自ら口にしたんだ。音を上げるなよ?」

「いやぁ、それは保証できませんっすけど。ルイシアーノ様もオレの性格はよっくご存知でしょう?」

「知っているがな。先に言質を取っておくのが貴様のような奴には有効だろう。」

「性格わっる……。」


 やっぱこのご主人様性格変わってないわー、悪いままだわーと。ここにはいないシグルトにフレディは呼びかけた。

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