10-6M話 分かること、隠すこと

「あ、ハイちゃん先輩~。」

「……ミラルドか。何用だ。」


 ミラルドがルイシアーノから頼まれたのはハイネ張本人の意見聞き取り。

 通常ならばあの乱闘の後に声をかけるなど、気後れをしてもおかしくはない。が、そこは天然ミラルド。いつものように間延びした調子で振った手に、当のハイネが毒気を抜かれる始末。


「この間のルイルイとのケンカ、凄かったですねぇ。何かぷんすこしたくなる理由でもあったんですかぁ?」

「至極世間話のように聞くな、なんじは。」

「え?聞いちゃダメなお話でしたか?」

「……。」


 分かりやすい渋面に気づいているのかいないのか。ミラルドは人懐こい笑みを浮かべた。ルイシアーノからの頼みだと隠すつもりもない。


「教えちゃダメなら、ないしょにしますけど。教えないでいたらまたケンカしちゃうんじゃないですか? 学院であと三年間はみんないっしょなんですし。」

「──なんじに伝えるのは構わない。が、」

「が?」


 こてこて~ん、と。ミラルドが左右に首を傾げれば謎の擬音が浮かんだ錯覚すらする。

 ハイネ自身にだって、申し訳なさはあるのだ。それはルイシアーノに対してではなく、乱闘を間近で見せることになった後輩二人に対して。

 だから、ミラルドにだけは聞かれればある程度は答えようと思っていた。尤も。


なんじがそれを他の者たちに伝えるとは、到底思えんがな。」

「どうしてです?」

「汝はシグルトに、特に感情を傾けているだろう。だからだ。」


 ますます分からない。確かにミラルドはシグルト──正確にはシグルトとしてふるまっている少女、シグリアに好意を寄せていた。

 ミラルド自身も隠すつもりはない。生来の性格と社会通念上同性愛が一般的でないことから、他者に連想されることはなかっただけで。

 けれど、それとこの話がどう繋がるのだろうか。

 疑問符を浮かべながらも、けれども教えてくれるのならとしばしハイネの言葉に彼は耳を傾けることになった。


 ────端的なその説明を聞き終えた時、ミラルドの顔には珍しく苦笑が浮かんでいた。


「あー……なるほどぉ。」

「そういうことだ。貴殿はこれを伝えるか?」

 聞いてみればなんてことのない話だ。少なくとも今聞いた範囲は、ルイシアーノやシグリアが別軸で調べている話とも何の関係もないことだろうと確信すら持てた。

 けれども、これを積極的に彼らに伝えるかと問われれば、ミラルドは一度口を閉ざす。再び口を開いたときに出てきたのは、回答ではなく感想だった。


「ルイルイは鈍感ですけど~、ハイちゃん先輩は頭カッカしやすいんですねぇ。」

「……自覚はしている。」

 実際、衝動的な行動だったと小さく首を縦に振った。

 その後の乱闘騒ぎへの発展は向こうにも非があるとハイネは固く思っているし、事実その通りだが。


「う~ん、でもやっぱりルイルイからしたら何が何だかって感じだと思いますし、ごめんなさいした方がいいと思いますよぉ。」

「…………。」


 長い沈黙。褐色の肌の上に載っているのは葛藤。

 正論ではあると理解できている。

 が、その後の彼からの挑発や、そもそも貴族階級に対する不信感もあって。素直に受け止めることは今のハイネには難しかった。


「まあいっか。もうあんな急にキックとかしちゃダメですよ?」

「善処する。……少なくとも、汝らの前ではな。」

「お願いしますね。今聞いた話も、なるべくナイショにしてあげますから。……ボクも、あんまり自覚を進めたいわけじゃないですからねぇ。」


 そう笑うミラルドの表情はほんわかと花の咲いたような。けれどもどこか食えない笑みだった。



 ◆◇◆



「さて、情報は集まったか?」

「ごめんなさ~い。ボクの方は全然でしたぁ。でも、次からは気を付けるって言ってましたよぉ。」

 ソルディアの執務室だといつハイネが訪れるか分からないという理由で集まったのは二学年の教室。

 周囲を見渡すルイシアーノに、ミラルドがマイペースに手を挙げて伝えた。


「はっ、どうせ貴様らのいる場所ではとでも注釈がついたのだろう、宛にならん。」

「わぁ!ルイルイってばすご~い!何で分かったんですかぁ?」


 分からいでかと鼻を鳴らしてから、視線を今度は自らの従者へと向けた。

「シグルト、ユーリカ。貴様らはどうだ?」


「私たちの方はちょうど兄が商会に来ていたところで、その手伝いもあってそれなりに情報を集められたかと。」

「いや、何でその場に貴様の兄がいるんだ。知らないうちに情報を抜かれて出くわした形を装われてはいないだろうな?」

「明言はされてませんでしたが実際ありえそうなんですよね。で、話も噂というよりは昔商会で起きた事件について、兄に調査をお願いしたいという形になって……。」


 順序だてて説明をしていくが、その表情は硬い。時折補足を入れるユーリカに至っては、瞳に涙を浮かべてすらいる。

 ヤンデレ乙女ゲーム、闇深すぎか?というシグルトの声なき声がルイシアーノには聞こえた気がした。現代の人はそれを副音声と呼ぶ。



 話をすべて聞き終えたころには、さすがのルイシアーノも渋い表情になっていた。


「薄々察しはついていたがな……。」

「貴族ってロクなものじゃありませんね?いえ、もちろん全員が全員そうだとは思っていませんが。」


 ハイネ先輩にかつて起きた事件。

 バッドエンドでだけその全容が窺い知れるものだったのだろうそれはひどいものだった。


 ハイネには妹がいる。

 否、いたという方が正しい。


 オリエンタル商会の会長の娘として蝶よ花よと育てられていた彼女は、けれども10年前に一つの事件に巻き込まれた。

 商会に訪れていた高位の貴族数名に、襲われたのだ。

 まだ性徴すら来ていなかったあどけない少女は暴行を加えられ、数日後つけられた傷から感染した病で亡くなったという。


 それだけの痛ましい事件だが公にはなっていない。

 何故か?事件を起こした当の加害者の親族が、もみ消しを図ったからだ。

 無論オリエンタル商会では日夜多くの訴えや活動が行われたが、最終的に魔法も含めたあらゆる手段でもみ消されたという。


 それでも被害者である商会の人々の記憶にはふつう残るだろう? 御尤ごもっともだ。ここが普通の世界なら。

 だが、ここはゲームノアクルの世界。

 多額の賠償金と共に、忘却魔法を押し付けられた商会の人々の頭からは、本来憎むべきだった犯人の記憶すら失われてしまったらしい。


 大切な家族を奪われ、恨む相手すらもはやどこの誰とも分からなくなったハイネ先輩。貴族に対して不信感を持たずにいろという方が不可能だろう。


「これ、どうやって解決するんです?」

「その悪いことをした人たちが、ごめんなさいすればいいんですけどねぇ。」

「ですが、どうやって? どこの誰かも分駆らない状態で、動くのも難しいですし……。」

「いや、そちらについては全員ではないだろうが、およそ目星がついている。」


 低い声が紡いだ言葉に、他三人の視線が一斉に向く。視線の主であるルイシアーノは、椅子に深く腰掛けて足を組んだ。

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