閑話6

 盛大に管を巻いてからようやく一念発起した結果、私は非常に思い悩んでいた。


「そもそも、恋愛ごとのアプローチって何をすればいいのでしょうか。ゲームじゃないんですから、会話やプレゼントで好感度は上がりませんよね……。」


 前世の記憶についてはゲームに関することと一般教養程度しかなく。また仮にそれ以外の知識があったとしても浮いた話とかなさそうだと謎の確証を持つ私。

 改めてこの恋心とやらを自覚して、出来る限りはあがいてみようかと思ったところで、具体的にどんな行動をすべきかと考えたところで躓いてしまった。


「女として意識されるとか考えても、今の私としてはそれ以前の問題ですし。」


 目の前に置いているのはリングケース。そしてそこに収められた指輪。

 兄、リュミエルが以前作った精霊石をはめた代物。返すタイミングを逃し続けていたが、現状これがないと私が女性として振舞うことすらできない状態だ。

 いや、正確には指輪なしで女性として振舞った結果お前何やってんの?と言いたげな目線に晒されることは想像に容易い。

 かと言って、学院の中で指輪をはめて女性として過ごすのも後の学院生活に支障が出そうだ。


「……うん、まずは振舞いに慣れるところから入るべきですね。」


 何か起きた時の合言葉は自己責任。学院の生徒にあったら全力で誤魔化せ、最悪魔法で有耶無耶にしろ。若干不穏な思考をしている自覚はあるが、思考実験までならセーフということで。

 胸中で言い訳をしながらも指輪を嵌めて立ち上がる。今日は学院も休みの日。少し足を延ばして街の方へ、シグリアとして出かけてみよう。


 /////


 さて、そんな私の言い訳と決意は出かけてだいぶ早いタイミングに躓きかけることになる。


「あ、シグちゃんだぁ!お出掛けですか?」

「……ミラルド。こんにちは。そちらこそ街にいらっしゃるとは珍しいですね。」


 学院の生徒にあったら全力で誤魔化すつもりはあったが、事情をおおよそ把握している彼ならセーフ…ということにしたい。

 にこにこの笑顔は普段にもまして歓びに満ち溢れていたので。この顔を曇らせるのは罪悪感が深い。


「えへへ。この間ぬいぐるみ屋さんがこの辺りに出来たって聞いて、新しい子をお迎えしようかなって見に来たんです。シグちゃんも今日は女の子の格好なんですね。」

「ええ、まあ。……こういった女性の姿には慣れていませんから、馴らしがてらに。指輪も返せとは言われていませんしね。」


 そもそも兄からしたら指輪を回収しようという考えすらないのかもしれない。一度彼に返しはしたが、あれも置いてきたとか突き返したと形容した方が近しかった。

 今日の私は上は着慣れたブラウスに、下は先ほどの服屋で購入したスカートを合わせ。髪型も一結びをほどいて編み込んで、普段と異なる服装を意識した。


「とっても可愛いと思いますよ!シグちゃんは、この後どこに行くつもりなんですか?」

「いえ、ひとまず今日は久しぶりにこの格好で人前に出るのに慣れようと思っただけなので、どこに行こうとかは考えていませんでした。」


 しいて言うならば普段の男装姿では少し入りにくいお店を見たいと思ったくらいで。

 正直に答えれば、ミラルドがきらきらと瞳を輝かせた。……あ、この目の輝かせ方はおそらく爆弾発言をするタイミングだな。内心で判断して少し構える。


「えへへ、じゃあ折角ですしシグちゃん、ボクとデートしましょ!」


 教えてもらったぬいぐるみ屋さんとか、ケーキ屋さんとか行きましょうよと無邪気にはしゃぐミラルド。デートという単語に一度臆しそうになったが、先ほどの心構えもあって後ずさるのは食いとどめた。

 過去のいきなり結婚してくれますか?と言い出したのに比べたら随分と発言がやわらかくなったと思おう。


「男女二人で行くだけでデート表現はいかがなものかと……。ええ、構いませんよ。学院の他の方にはこの格好では会えませんので、そこだけ気にかけていただければ。」

「やったぁ〜! デートだと思ったらデートになりますよ、きっと。ちゃーんとエスコートできるようにボクもがんばりますねぇ。」

「あ、ちょっ……!」


 はにかむミラルドは相変わらず愛らしい顔立ちではあったけれども、こちらの手を掴んで引く腕は間違いなく男性のもので。

 ちょっと、いや大分悔しい気持ちになる。


「……もう少しトレーニングを積むべきですかね。」

「えぇ?どうしてですかぁ?」


 女子力とは真逆の選択だとはわかっていても、生来の負けず嫌いがそんな結論を脳に弾き出した。


 ◆ ◇ ◆


 ミラルドの自称エスコートは思った以上に楽しめた。と、いうか。もしかしたら私と彼は好みが大分似通っているのかもしれない。


 彼が目的だったというぬいぐるみ屋さんでは、大小さまざまなぬいぐるみたちが目を楽しませ、触れれば柔らかな感触が私たちをもてなした。

 手のひらサイズのウサギのぬいぐるみは特に部屋にお迎えするかも悩んだが、私を男だと思っている人に見られたらどんな顔をされるか分かったものではない。卒業間近までお店が残っていたら、学院生活を頑張ったご褒美として購入しよう。

 ミラルドはそんな私の葛藤もものともせずに大きな猫のぬいぐるみを買っていたけれど。あれは彼だから成せる技だろう。


 その後のケーキ屋もアクセサリーショップも、シグルトとして街に降りていた時には気になりつつ見送っていた店ばかり。

 当初は女性の姿に慣れるためという名目でのお出掛けだったが、いつの間にやらそんなこともすっかり忘れて全力で楽しんでしまっていた。


「ミラルド、今日はありがとうございます。おかげで私も楽しめました。」

「本当ですか? シグちゃんが楽しめたのなら良かったです。ボクもとっても楽しかったですよぉ!」

「でしょうね。」


 ミラルドはミラルドでどのお店も、下手をしたら私以上に満喫していた。

 大きな猫のぬいぐるみをはじめ、くるくるぜんまいキャラメルデコレーションメサヤという謎のお菓子を試したり、アクセサリーショップではしゃいで店員に宝石についてずれた質問を連発したり。

 道中ではしゃぐミラルドに注がれた学院の生徒らしき人の視線を全力で避けていたので、実感のこもった相槌になったのは許されたい。


「えへへ。シグちゃんとデートできる折角の機会だったんですもの。はしゃいでもいいじゃないですかぁ。」

「だからデートではないと……。まあ、いいですけれど。」


 あまり意固地になりすぎるのも意識しすぎているようで気恥ずかしい。

 誤魔化すように咳払いをすれば、「シグちゃん、お手々出してくださいな」という声。反射的に伸ばした手に乗ったのは柔らかな感触。


「……あ、これ。」


 そこにいたのは先ほど購入を迷ったウサギの小さなぬいぐるみ。困惑混じりにぬいぐるみとミラルドを交互に見遣れば、アメジストの瞳がまっすぐとこちらを見つめてくる。


「さっきシグちゃん、すっごい買おうか悩んでたじゃないですか? だからボクからのプレゼントです~。ボクからって言えば、きっと他の人も変に思わないでくれると思いますよぉ。」

「!」


 翠が大きく見開いた。悩んでいたことだけではなく、その理由についても察したうえで気遣ってくれたのか。

 ぬいぐるみそのものもだけれど、その心配りこそが嬉しくて。手のひらの小さなウサギをつぶさないように握り締める。


「……ありがとうございます。大切にします。」

「どういたしまして。ボクこそデート、付き合ってくれてありがとうございますねぇ。」


 またそんな物言いをしてとため息を吐きだせば、ミラルドの二つの眼がじっとこちらを見つめてくる。

「……どうされましたか?ミラルド。」


「うぅん。ルイルイもにぶにぶだったけど、シグちゃんも負けてないんだなぁ~って思って。」

「はぁ???」


 一体何がどうしてそんな結論に至ったのか、教えていただきたいものですね???

 そう食って掛かりはしたものの、最終的にミラルドは何も答えぬまま。


「あ、ボクもう帰らないと。シグちゃんはお洋服着替えてから帰るんですか?また明日学院でねぇ~。」


 とぬけぬけと先に帰ったことで何も聞けなくなってしまった。

 くそっ、どこかの機会で聞かせてもらいますから、覚悟しておいてくださいね!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る