一年生

入学直後

5-1話 聳える大樹

 校舎よりも高くそびえ立ち、冬の気配がまだ色濃く強い中でも尚いきいきとした木の葉が天高くいっぱいに伸びている。

 精霊たちの宿り木と言われる大樹アーラ・カーンの加護を一身に受けた魔法学院。高位貴族の子女とその縁者たちが通う、この国で最も偉大なる教育機関。

 その一年の始まりが訪れたのだ。


「(……とうとう…とうとう…

  この時が来てしまったか……っ!!)」


 大樹アーラ・カーンが遠くに見える広大な敷地、馬車の中から見える光景を眺めながらもぐっと握り拳を作る。


 来てほしくはなかった今日この日。いや、可愛いヒロインに会うことが出来なくなるのはそれはそれで身を切られる思いだが。

 それを差し置いてでも未だ見ぬヤンデレ予備軍どもに会う可能性を鑑みたら、そう思うのくらい自由にさせてほしい。


「…………いっそのこと入学妨害とかすればいいのかな……」

「何だ、急にろくでなしの上級貴族のような事を言い出して」


 ぼそりと呟いた言葉を聞きとがめられたのだろう。隣にいたルイシアーノが眉間に皺を寄せて声を掛けてくる。

 くっ……こういう時でもいい顔をしているというのは一周まわってシャクに障るな。

 誰かそんなに恨めしい奴でもいるのか?と問われたがガン無視をする。

 入学妨害はただの優しさですから。ヒロインをヤンデレたちの魔の手から逃れさせるための!!


「一体何を企んでいるのかは知らんが、無茶は諦めた方がいいだろうよ。この学院で事件でも起こせば、貴様のような貧弱な男爵家など一瞬でお取り潰しは間違いない。

 貴様の兄の威光があろうと、大事件の揉み消しまでは出来んだろうよ」

「それはまぁ……そうでしょうね。学院ともあれば家の事情より優先されるものがあるでしょうし。」


 思わず他人事のような言い草になったが赦してほしい。

 何せ前世のインタビューで、どこぞの某侯爵家が取り潰されたルートというのをまざまざと目の当たりにしているもので。

 確かに無茶は諦めた方がいいだろうな。そう思いながらも大樹。入学式と精霊の儀ウェスティアリアはもう間もなくはじまる所だった。


 入学式が行われる大樹アーラ・カーンの周辺は仄かに。けれども遠くから見ても分かるほどの光が灯っている。あの光一つ一つが精霊の放つ光なのだと耳にしたのはいつだったか。

 同じように学院に向かっている、大半の生徒が胸中で胸を弾ませているのだろう。もしかしたら自分こそは精霊に選ばれるのではないかと。


 ゲームの展開さえ識らなければ同じように期待に胸を弾ませていたかもしれない。けれども今の私は凡そ一年後に入学するヒロインが果たしてハッピーエンドで攻略対象と結ばれるかどうかで頭がいっぱいだ。


 そもそも、彼女が結ばれるとするならば一体誰を選ぶのだろうか。

 私が現時点出会っている攻略対象は二人。ルイシアーノとミラルドは厄介な過去イベントも何とかなったわけだし、あと二人一先ずどうにか突破口を見つけつつ、例の隠しキャラについての情報も集めねばならない。思っていた以上にやることが山ほどあるな?今年一年で全部のフラグを折るのは難しいかもしれない。


「おい、何を大口開けているんだ。着いたぞ。

 ……嗚呼、もしや学院のような場所に貴様がよもや入れるとは思わなかったか?」

「まあフレディの方がいいんじゃないか説はありましたが。そうするとなると先に編入させることになるでしょう?なら順当と言えば順当かと。」

「はん、別に誰も連れてこない選択肢もありはしたぞ。俺も母上に貴様のように未だディルキスの詩の四句目で詰まるやつはすすめないと申し上げたのだがな。」


 貴様の兄の威光いこうに感謝することだなと哂われてはっと気が付く。従者としての職務に気を抜いたところでこの男が嫌味を言ってくるのは分かっていたというのに、やらかした!

 気が付けば馬車の振動は止まり、嘲笑ちょうしょうしてくるルイスの嫌味たらしい顔が目の前にある。


「あ~はいはい!フェルディーン家のご夫妻のご配慮とご厚意には感謝しておりますよっ。」

「感謝が見えんな?その投げやりな物言いを学院内に持ち込むなよ。フェルディーン家の従者はあの程度の下賤げせんなものかと風評が広まりでもしたら堪らん」


 この俺様何様ルイス様はあいっかわらずの調子のようだ。

 三年間のうちにきた成長期はしっかりと仕事をしたらしく、以前は私の方が上だった背が、今や拳一つ分は差をつけられてしまっている。

 見た目ももちろん、ゲームに出てくるルイシアーノ=フェルディーンその人。おかげで以前より数段、いやみのムカつき度合いが増している。


「はいはい、ルイス様のお望みのままに。」

「するつもりがないだろう貴様。」

「え、バレました?おかしいですね。普段通りを心がけていたというのに。」

「普段の行いが最低だと自白しているようで何よりだ。いい加減心を入れ替えてもらいたいものだがな。」

「こっちの心を入れ替えるかルイス様の心が入れ替わるかの耐久勝負では?あいにく負けるつもりはございませんので。」

「はん、言ってろ。」


 とはいえこれまでいくどとなく舌戦を繰り広げてきた間柄だ。

 もはや日常茶飯事にもなってしまったやり取りを繰り返しながら、ホールへ向かう案内を辿る。


 広々としたホールには最前列に入学してきた一年生、そして後方には二年三年と学年順に並んでいる。ここにいる者はほとんどが高位貴族かその縁故を持つ者なのだろう。そう思うと幾分いくぶんか身震いする。


「なんか凄いところに来てしまいましたね……。」

「はん、貴様の兄貴はそのすごいところとやらのトップに数年間君臨したのだろう。」

 いや、たしかにそうなんですが。結局在学中主席の座を譲らなかった男を思い出して少しだけ不安がめる。


 これから入学式、そして精霊の儀ウェスティアリアがはじまる。集まった一年生たちの中から、新たに精霊、そしてソルディアに選ばれるものが現れるのかをはかるときだ。

 正確には二、三年生も選ばれる可能性はあるのだが、彼らは皆昨年の終わりにも選定の儀を受けている。そこで選ばれていない時点でお察しということなのだろう。


「ルイシアーノ様は随分と堂々とされていらっしゃいますね。精霊に選ばれないのではないかという不安はないのですか?」

「何を寝ぼけたことを言っている。俺が精霊に選ばれないなどそんなこと、あるわけがなかろう。」


 いっそ清々しいまでの自信だ。拍手すら贈りたくなる。

 似たように自信満々にした挙句あげく従者だけがソルディア入りをした残念すぎる例を知っている身とすれば、その慢心まんしんはおすすめしないと言いたくなるが。何を隠そう兄の例だ。

 だが、同時にゲームの世界を知っている私としても、ルイシアーノがまさか精霊に選ばれないなんてことはあり得ないだろうとも思っていた。


「……万一性格が丸くなったルイス様が精霊にとって解釈違いになってなかったらではありますが。」

「貴様のその精霊に対するヘイトは早々に改めた方がいいと思うぞ。」

 普通に不敬だと真面目な顔で言われてしまった。うん、否定できない。大人しく口を閉ざした。


 ……それはそれとしていっそ精霊と契約しない選択肢はないのだろうか。精霊と契約することでヤンデレになる説、まだそこそこ残ってるんだよな。

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