10-9話 演武を刻め

「はっ。何故この段階で感謝を述べている?まさかこれで終いだとでも思ったか?」

「うわ……本気でやるつもりですかあれ。」


 騎士の格好をした者たちが粛々と咎人を連行する傍ら、傲慢さ満点の声が響いた。不満めいた声は漏らしたが、今更考えを改めるつもりもないだろう。

 肩をすくめて腰に刺していた私の分の儀礼刀を放り投げれば、宙で手にしたルイシアーノが歌壇から舞手の舞台へと降りてくる。


「……なれ、何をするつもりだ。」

「セレモニカの儀はこれからだと忘れたのか?春と冬の演舞に分かれて舞い、踊る。……が、昨年と同じなど精霊たちにもつまらんだろうしな。ならば趣向を変え、此度のみそぎをしようではないか。」

「春と冬、二つに分かれて演舞をしていましたが、舞と武を混ぜても良いのではないかということで。

 まあそれは建前で、要は儀式に託けてぶん殴らせろって意味ですね。」

「……。」


 ルイシアーノの言葉を補足すれば明らかにいやそうな顔をされる。ハイネ先輩の貴重なドン引き顔だ。

 普段は表情の薄い先輩だけれど、今日は色々な顔を見ることができる。その顔のまま周囲を見渡す先輩だが、生憎私も他のメンバー二人も苦笑しか浮かべてないだろう。


「まあ今回のルイシアーノ様が頑張ったボーナスタイムってことで、大人しく受け入れてください。後でネチネチ私が怒られるのも嫌なので。あ、演武ではありますから別に一方的に殴らせないで殴り返しても許されると思いますよ。」

「シグルト。貴様どちらの味方だ。」

「平等で公正な風通しのいい組織運営を希望しているだけです。」


 相変わらずの調子で主従語らっていれば、本日一番の溜息が聞こえてくる。


「……自ら上げた株を落とすとは。なんじらしいな。フェルディーン。」

「はっ、貴様が俺の立ち位置を決めるな。それを決められるのはただ一人、俺自身だ。」


 困惑は失せておらずとも、避けられぬ選択だと理解したようだ。普段よりもゆっくりとした足取りで、ハイネ先輩は冬の舞台へと上がっていく。


 それと共に鳴り響く、幾層かの弦と笛の重なり。

 はじまりの冬を形容する旋律は激しく吹き荒れる。

 舞台の下で演奏をする有志たちはけれども好奇心旺盛に視線は舞台から外さない。当たり前だろう。噂にあった我らがソルディアの男子生徒二名の乱闘。その続きらしきものが繰り広げられそうになっているのだ。誰一人止めないあたり、やはりうちの学校は治安が悪いな??


 徒然と考えながらも、私は舞台の中央で一人舞う。冬ではなく春でもなく。世界全体を表す役回り。もの悲しい曲調を歌うのは、ミラルドの役割だ。


 たん、とんと足踏みの音が聞こえる。

 対角線上に立ったルイシアーノとハイネ先輩が向かい合い、互いに地を蹴る。

 演舞とは異なり、初撃から儀礼刀のぶつかり合う音が聞こえる。二人とも優秀だから歌に合わせたテンポを保ってはいるが、次第にそれは激しさを増していく。

 中央に上がった二人の戦いを最も側で見るのは同じ舞台にいる私一人で、それ故に剣を交わす間に聞こえる悪態も耳に入る。


「ちっ……性根の悪いっ!」

「はっ、貴様に言われる筋合いはないな。固定観念に凝り固まって周りを見る気すらなかった愚か者め!」

「────ッ!!」


 激しい演武。互いに儀礼刀が掠め、ぶつかっても眉ひとつ顰めずに舞台は回る。ユーリカの春の旋律が柔らかく響くのに合わせて、ルイスが魔力を足へと込めた。


「……自分の行いが気に食わないだけなら、こうして叩きのめせばいいだけだったはずだ。何故前段の誅罰を入れた。」

「何が言いたい。」

「何故!われを救うような真似をした!?」


 飛び上がり頭上から一撃を叩きつけるハイネは、心底理解できないと呟いた。

 気持ちはわからなくもない。ルイシアーノ様が怒っていたのはハイネ先輩の行動であって、ならここで叩きのめせばあっけなく終わる話だった。彼らをわざわざ労苦をかけて探す必要も、こんな舞台を用意する必要も。

 対するルイス様はその一撃をかわしながら、金の瞳を一瞬だけこちらへと向ける。何事かと問う前に、続け様に繰り出された一撃を、今度は刀で受け止めた。


「何かと思えば。……しゃくだが経験論だよ。ハイネ=シドウ。」

「経験論だと……?」


 訝しむ先輩の剣撃を跳ね返し、今度はルイスが一歩を踏み込む。発動リモータルの魔力は舞台を走り、その奥に飾られていた花々が一斉に咲き誇った。

 歓声が上がる。春の訪れを何よりも如実に示す光景。湧き立つ人々をよそに、舞台は躍る。


「……俺はかつて俺自身の愚かさを説かれた。だが、それが真に心へと響いたのは俺が其奴に救われたその時だった。

 ならば貴様を打ちのめすだけでは意味があるまい。俺が望むのは心からの屈服だ!」

「っ!!」


 曲目の最後の盛り上がり、円を描いた刀のきっさきが、今度はハイネ先輩へと繰り出された。二つの刀がぶつかり合う。

 けれども最終的に、弾き飛ばされたのは黒髪の彼の刀。

 穏やかな春の旋律が遠くへと響いていく中、息を切らした先輩がしゃがみ込んだ。


「……屈服と言われたところで、吾が汝に膝をつくと思ったら大間違いだ。」

「理解しているさ。人はそう簡単に変わらんし、変われん。」


 不敵に笑う男の顔は幼い頃から変わらず、けれども決定的にどこか違う。

 その顔を見てようやく、ハイネはその体から力を抜いた。


「全く……腹立たしい男だな。なんじは。」

 羨望にも呆れにも似た笑い。

 けれどもこの瞬間、漸くありのままの自分を見たと理解したのだろう。


「勝手に言ってろ。」

 そう言ってルイシアーノは満足げに笑いながら、肩をすくめた。

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