8-3話 別動あれば再会あり
「ふふ、まさか私が寝台から起き上がれなくなる前にグリンウッドの宝物たちを実際に見れる日が来るなんて思わなかったわ。」
「サウズブラック卿がどうしてもと言ってきかないものでね。本当はこのような衆目の目に私の宝物を目の当たりにさせるなど、辛抱ならないのですが。」
「そうだったのですね。ならばブラック卿に感謝しなくてはなりません。とても聡明な顔立ち、美しい子たちだこと。」
パーティー会場の最奥、椅子に腰かけたつやのある白い髪の老女が目元のしわを更に深めて微笑む。
彼女が今回の行事を取り仕切っているラジティヴ公爵夫人だ。焦茶の瞳の奥には未だ衰えぬ聡明さが光る。
「お褒めいただき光栄です。二人ともお恥ずかしながらあまり夜会に出た経験がなく、今宵は色々な面を見せてやりたいのですがよろしいでしょうか。」
「ええ、もちろん。お嬢様がた、今宵は楽しんでいらっしゃい。」
「──はい、ありがとうございます。」
生理的変質魔法の応用で声が普段よりも高くなったルイシアーノが、完ぺきな礼儀作法で一礼をする。
さすがは侯爵家子息。性別を隠した振舞いもお手の物か。私もそれを真似しつつカーテシーをひとつ。
色々な面を見せてやりたいとは挨拶周りをほどほどに済ませてもらう、貴族流の言い回しだ。会場の外、バルコニーで羽を伸ばしやすくするための表現だとか。
「領土の外へと遊びに来ることはめったにありませんので、もし無作法をしてしまいましたら申し訳ありません。」
「お気になさらずともいいのよ。こちらこそ、私の家の若い者たちが変な火の粉を振りまくかもしれません。そうなったら遠慮なく申し付けてください。」
火の粉とは何のことだろうか。疑問に思っていれば隣にいるルイスが私にだけ聞こえるくらいの微かな声で説明をする。
「……ラジティヴ夫人の孫たちは放蕩息子が多いと聞く。社交場荒らしともな。」
「うわ。」
「ご高齢のラジティヴ公爵夫妻が未だ後を譲らないのはそれが要因だともいうな。」
どこの家も身内に悩まされるのは通説なのかもしれない。脳裏に自由の権化な身内がよぎり、目の前の夫人に対しての好感度が相対的に上がった。
無事にラジティヴ夫人への挨拶も済み会場内へと入り込めたが、ここで一つ問題が生じる。
「それにしても、思っていた以上に盛況な会場ですね……。」
公爵夫人の催しとなれば参加者も限られると思っていたが、想像以上に人数が多い。
フェルディーン家でもパーティーを開くことはあったが、明らかに規模が異なった。
「湖に魔力を捧げることが目的でもありますからね。王家に連なる者や高官などの魔力が高い者がいくらいても困ることはないと思いますわ。」
「げほっ、うぇほっ、」
気管が奇妙に
以前
「あら、どうかなさいました?
シリアお姉様。そのような咳を人前でされるなど、はしたないわよ。」
「……え、ええ。初めての場所で少々戸惑ってしまったのかもしれませんわ。心配をおかけしてしまい申し訳ありません、ルシア。」
以前彼に訳知り顔で説明をした身の上として負けるわけにはいかない。
妙なところで対抗意識が出た私がたおやかな笑みを浮かべれば、探るような眼でこちらを見る金色とかち合った。
「……どうかいたしましたか? ルシア。あなたとしてもこういった場に来ることはそう慣れていないでしょう? 何か気になることがあれば教えてくださいな。」
「いえ、何でもありませんわ、お姉様。お気遣いくださりありがとうございます。」
しばしの沈黙の後、ため息を吐きだしたのは同時だった。
「──……二手に別れましょうか。」
「ええ、それがよろしそうですね。」
単独行動は不意の問題が起きた時に対応が難しくはあるが、私もルイスも護身に足りるいくらかの魔法を身につけている。
この広く人も多い中で効率的に不審なものを探すのならば別れて動いた方が効率的だ。
何より、このまま二人でお嬢様としてふるまいながら共に行動をする方がよほど、とても、非常に。お互い精神衛生上悪そうだった。
◇ ◆ ◇
もしこれがゲームの中だとしたら、先ほどのルイシアーノの説明はフラグの構築だったか。現実逃避を交えて考える。
「これは麗しいお嬢さん。あまりこういった場所で見かけない顔だけれど、もしかしてこうした社交の場に来るのははじめてだろうか?」
「よろしければ僕らにエスコートの栄誉を与えてくれるのならば、君に素敵な一夜を約束するよ。」
「いえ、結構です。お父様もおりますし、あなた方のお手を煩わせるわけにもいきませんもの。」
目の前には爽やかさをアピールする男性が二人。夜会に来るにしては随分とラフに着崩した格好だ。
顔だちも決して悪いものではないが、攻略対象であるルイシアーノやシドウ先輩に比べると見劣りがする。典型的なナンパ役といったところだ。
こういうイベントはヒロインに対して起こしてくれません? そこを
さっさとこの場を離れて会場内の調査を再開したいが、手首をつかまれている。
フェルディーン家に仕える衛士長仕込みの体術で捻ってもいいが、もし彼らがラジティヴ家に連なる家の者なら問題になるかもしれないし、扱いが難しい。
なので今はこの嵐が過ぎ去るのを祈りながら口ではお断りを告げつつ、今の私の立ち位置がヒロインだったらな~、と妄想をはじめる。
助に来るイベント、ルイシアーノだったら目上の相手だし貴族としての体裁は保ちつつなんだかんだスマートに助けそうだよな。カーマイン先生も言いくるめとかうまそうだし流れるように声をかけて連れ去りそう。
シグルトは家の絡みもあるし他の人に呼ばれたとか言い訳を咄嗟に言うかな?ハイネ先輩だったら無言でためらいなく男の腕を捻っていそうだ。ミラルドだったら。
「あ、シグリアちゃんだ~♪シグリアちゃんも遊びに来てたんですねぇ。」
そうそう、こんな感じで空気を読まないで割り入ってきてハグしてきそうな……。実体をともなった場面が想像ができる。
……。
「いえ、どうしてここに!?」
手紙のやり取りはしていたが、実際に会うのは数年ぶりの彼。
背はいつの間にか随分と伸びていたが、それでも相変わらずのおっとりとした笑顔を浮かべた彼に思わず声を荒げた。
そして
私がされるのは解釈違いです!!
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