一年生最終月

7-1話 黎明は唐突にきたりて

「さて、今年のプロムナードまで後一週間を切ったけれど、ここで皆さんに残念なお知らせがあるわ。特にシグルト。」

「えっ、何ですか急に。」


 ソルディアに与えられている執務室。プロムナードが差し迫り、ソルディアのメンバー一同は連日この部屋に詰めっきりになっていた。

 机の多くには書類の山。その中には国や貴族との連絡調整に関わるものから、生徒や保護者向けのお知らせまでとりどりだ。

 尤も、どちらの書面も大半は同じ相手へと最終的に届くことになるが。


 学院のプロムは私が前世に耳にしていたプロムナードとは一味違っている。


 曰く、それは冬のもっとも寒い夜に行われる奇跡の一日。それは大樹アーラ・カーンより精霊たちが生誕する時。

 精霊の誕生を祝い、またソルディアに自らが選ばれるかもしれないという期待で心を沸き立たせ、一年の労苦をねぎらい合う。

 学院の一大イベントだ。


 そして精霊が関わる以上、ソルディアに所属している面々にとっては己の威信と責務をかけたイベントでもある。

 プロムナードの成否はこの国の未来まで左右する。精霊が一柱も生まれ落ちなかった年は、国に悲劇が巻き起こるとすら言われているほどだ。


 開催も目前といったこの時に起きた問題など、下手をしたら国を傾けてもおかしくはない。

 一体何のトラブルが起きたというのか。緊張を覚えて思わずつばを飲み込むが、隣の主人はそうは思わなかったらしい。


「ここで貴様を指名する辺り、元凶は分かっているものだろう」

「やめてください不吉な言い方は、もしかしたらと言う可能性だってあるでしょう」

 いや、私も薄々そちらかと警戒しているのはあるが。暴君にジト目で返す。

 私を名指しする残念な案件と聞くと真っ先に浮かぶ案件といえば、愉快犯である兄絡みだ。


 学院に入学して以来上級生の先輩や教諭の方々から折に触れた武勇伝はあったが、それ以外はこの一年間比較的心穏やかに過ごしていたというのに。


 訂正。

「リュミエル殿が王家主導の精霊行事で精霊を手玉に取ったと聞いたが。」

「なんで君のお兄さん、西部国境付近のグレゴータでおきた紛争を解決した翌日に東のマラソン大会に参加できるんだい!?」

「うちの故郷を荒らしていた大猪をシグルトさんのお兄様が仕留めてくださったとか。」

 と訳のわからない噂で胃はそれなりに痛かったです。はい。

 どうして私に報告を集約してくる?


 一方、元凶リュミエルについて知らない者はてんで見当もつかないようだ。唯一この場で、我が兄との面識がないシドウ先輩は、心底疑問だと言いたげに首を傾げた。


「よく分からんが……。プロムナードが中止になってシグルトが女子を口説けないから残念という話ではないのか」

 …………。


 沈黙がよぎる。

 前世風に言うならばポク、ポク、ポク、チーンとでも形容すればいいだろうか。こちらの世界ではミツドリの羽ばたきとも形容されるふいの静寂。


「ぶっ、……くっ、はははははっ!!」

「はぁ!?シドウ先輩は人をなんだと思ってるんですか??」


 吹き出した後に盛大に声を上げて笑い出したルイシアーノにも腹が立つが、それ以上にいきなりとんでもないことを言い出したかの先輩に思わず食ってかかってしまう。

 いや、そんな女子を口説いた覚えなんてありませんけども。これでもかと目を丸くするな私の言い草がおかしい気がしてくるだろう。


「違うのか……?シグルトを学院内で見かけるときは大抵……フェルディーンの隣にいるか、女性の手を取って微笑んでいる姿だが」

「あっははははは!!」


 普段の暴君加減をかなぐり捨てて全力で大爆笑する背中をはたく。

 いやそんな女性の手を取って微笑むなんて全然、全く、いやちょっとしかしたことがないはずですが。今週に入ってから大体四回くらいしか……んん?


「いやだって、麗しい女性に麗しいと伝えないなんてそっちの方が失礼じゃありませんか?人類の損失ですよ」

「汝は何をいっているんだ。」


 漆黒の瞳をこれでもかと見開かれる。

 変化をほとんど見せない先輩のレアな表情だが、されている側としては大変遺憾いかんである。



「はいはい、静粛せいしゅくに。ルイシアーノもはしたないわ。それに、プロムの中止なんてこの場の誰よりわたくしが認めません。学院最後の行事だもの。」

 茶目っ気を交えたウィンクと共に、その場の空気を引き戻す。トリックスターな我らが第三王女は、けれどもまぜっかえしもお手の物だ。


「まあ、シグルトとしては同じくらいショックかもしれないけれど。うるわしいレディたちのドレス姿をお目にかかれるかどうかという危機だもの」

「だから別に誤解ですって……。それはそれとして、一体何があったんですか?」


 ドレス姿をお目にかかれるかどうかの問題というのは、もはやシドウ先輩が言うプロムナード開催の危機と同義ではなかろうか。

 怪訝けげんな顔つきで返答をうかがっていると、王女殿下は美術品のような相貌そうぼうをほころばせて口元を手で覆った。


「緊急の精霊行事よ、それも外部からの。

 騎士団を経由された正式な依頼。任を与えてきたのは《黎明ドゥーン告げし謳プロフォス》。

 あなたのお兄様、リュミエル先輩の契約精霊よ」


 …………。…………は?

 想像だにしなかったに、思考が一瞬完全にフリーズした。

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