第35話前世の記憶
「ああ、彼の事は大丈夫だ。少し忙しいから話は私が聞く」
「いいですけど…また後で南明様にもう一度…とかは嫌ですからね」
「わかった、私からよく言っておく」
仁様が笑った。
彼の笑い顔をこの時初めて見た気がした…
「じゃあ…まずは…今から話す内容ですが、多分信じられないと思います。けど決して嘘は言いません。それを信じるか信じないで頭のイカれた女と思うかは仁様が決めて下さいね」
仁様は真剣な顔で頷いた。
私は池で溺れた時の事から話し出した…
前世の記憶、自分がこことは違う国で女子大生だった事…それらを話すと自分の方が少しスッキリとしていた。
仁様は話の腰を折ることなく最後まで黙って聞いていた。
「信じられない…」
最初に言った言葉はそれだった…まぁ当然だろう。
自分が同じ立場でもなかなか信じられるものではない。
「ではイカれた女としてここに閉じ込めておきますか?」
「他に何か知っている事はないのか?」
「えー?そんな事急に言われても…あっ!なら空手って知ってます?私それを習っていたんですよ」
「カラテ…いや知らないなぁ」
仁様が首をふる。
「では…」
私は服を数枚脱いで身軽になると動きやすいようにヒラヒラする服を体に巻いた。
「じゃあ行きますよ…ハッ!ハイッ!」
私は姿勢を正して息を止めると一気に吹き出して型を繰り出す。
流れるような型の組み合わせに仁様が息を飲むのがわかった。
「こんな感じですね」
手を合わせて礼をすると仁様の方を向く。
「すごい…美しかった…」
「ありがとうございます。空手の型は演武ですのでそう言われると嬉しいです」
「女でそんな事が出来るとは…」
「私の国…元いた国では当たり前でしたが…女性が意見をいい男と渡り合い勝つ時代ですよ」
「そうか…それでお前の望みはなんなんだ?せっかく生まれ変わったのだとしたら何がしたい」
「そりゃもちろん彼氏が欲しいですね!前世ではその…お付き合いをした事がなかったので…」
語尾は控えめに伝えておく。
「かれし…?」
「まぁ要は旦那様ってところでしょうか?」
「お前もやはり皇帝との関係を望んでいるんだな…」
仁様は何か考え込むように顎に手を当てている。
「あーそれはないです。ないない!皇帝陛下とか最高に面倒くさいじゃないですか、現にこうやって後宮の揉め事に巻き込まれたり…私は鈴麗様のように普通の方と普通の幸せを望んでいます…」
そんな日を想像してうっとりとする。
「そ、そうか…」
仁様にはわからないのか唖然としていた。
「とりあえずこの事は他の者には内密にしていろ」
「まぁそのつもりです。本当なら話すつもりなかったのですが致し方なく…でも色々披露してる手前言い訳も面倒になってきたので…上手くバレないように協力してくださいね」
「お前…その為にばらしたのか!?」
「ふふ、それもあります」
やられたと仁様はうなだれた。
「でも力なら貸しますから、まぁ貸せるような時があればですが…」
「その時は頼むぞ」
「はい!交渉成立ですね!」
私は手を差し出した。
「なんだ?この手は…」
仁様は差し出された手を見つめて固まっている。
「秘密の共有とくれば友情の握手でしょ。私達は今から友達ですね」
「女のお前が私とか?」
「え?だって仁様宦官ですよね?なら友達になれる気がしますが…」
「あっ…ああそうだな。わかった」
仁様は慌てた様子で手を握り返した。
その手はさすがに男の人でがっしりと大きな手をしている。
それに比べて自分の手は…前世よりも小さくて華奢な手に苦笑するしかなかった。
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