第5話 王女と仲間たち(予定)下

『それだそれ! へーこいつが。見た目普通だけど、言われてみれば繊細そうだな』


 太郎丸は無言だ。でも無遠慮な興味も、勝手な評価も僕には丸聞こえになる。

 胃の底が気持ち悪くなる。掌がじわりと汗を掻く。

 この後に続く心の声は、きっといつもと同じだ。


「行事にも不参加だし協調性ないって話を聞いてるんだけど。そんな奴が生徒会に入って大丈夫なわけ?」

「彼の役割は書記です。職務として支障ないと判断しました。皆さんも、できるだけ彼の体質に配慮してあげてください」


 葛城美波が涼しい顔で答える。

 佐伯は面食らったような表情をして、眉間に皺を寄せる。


「そういうことなら俺も気をつける。ごめんな才賀、気軽に触っちまって」

『ようは触らなきゃいいんだろ? それくらいは守れそうだ』


 聞こえてきた心の声のせいで、僕は反応に遅れてしまった。


「い、いや……大丈夫。僕も急に立ち上がって、悪かった」


 椅子を起こして座り直している間、『悪いやつじゃなさそうだし、うまく付き合っていけるだろ』という声が聞こえてきた。

 僕はちらりと太郎丸を盗み見る。彼は僕を気にした様子もなく、なにが嬉しいのかずっと笑みを浮かべていた。

 この男は他の連中となにか違うのだろうか。病気のことを知った人たちは、誰もが大なり小なり僕のことを変人扱いした。大変だねとか気をつけるねとか気遣うふりをして、心の中では面倒くさいとか近づかないでおこうとか警戒していた。

 でも太郎丸は、そんなことを一切考えない。なぜだろう。


「では自己紹介も終わりましたし、今後のスケジュールについて打ち合わせましょう。直近では新年度の入学式、その後は新入生向けの部活動紹介と予算会議を――」

「ちょっと待って会長。本当にこのまま行くつもり?」


 佐伯が話を遮った。葛城美波は首を傾げる。


「このまま、とは?」

「役員がこのメンバーでいいのかって聞いてるのよ。とてもじゃないけど執行部として機能するとは思えない。人選ミスだわ」


 わぁ急に爆弾が投下されたー。

 見かねたのか太郎丸が声をかけた。


「佐伯、生徒会長の考えにケチつけるのはどうかと思うぜ?」

「あんたは黙ってなさいよ。あたしは会長に聞いてるの」


 ピシャリと言われた太郎丸が閉口する。星野はおろおろと周囲を見回すだけだ。

 葛城美波はふぅと息を吐いた。


「不服があるようですが、役員の人選は生徒会長の専権事項です。それに私は適当に指名したつもりはありません」

「知ってるわよそんなこと。でも副会長のあたしが運営困難と判断してるのよ。会長には説明の義務があるし、実際に問題があれば担当教師に報告しなきゃいけない。運営できないなら人選をやり直す必要がある。幸いまだその時間はあるわ」


 空気が張り詰めていく。

 僕は佐伯の態度に圧倒されながら、同時に彼女の不機嫌の理由を察した。どうやら人選が気に食わなくてぶすっとしていたらしい。

 しかし葛城美波の言い分も間違っていない。人選は会長の権利だから、副会長ができるのは精々が意見を伝えるだけだ。それも下手すれば説得どころかいたずらに仲を悪くしてしまう。

 そんな危険を冒してまで、佐伯はこのメンバーが気に食わないのか?

 ……あー、うん。さもありなん。


「説明すればよろしいのですね」

「それであたしが納得すれば」


 喧嘩腰の佐伯に顔色一つ変えず、葛城美波は星野の方へ視線を向ける。星野はビクっと震えていた。

 落ち着け星野、あれは猛獣じゃない。美少女だ。


「会計には数学的なセンスはもちろん間違いを見落とさない忍耐力も必要になります。その点、彼女は数学の成績は申し分なく、地道な作業も得意としているそうです。中学の文化祭では一人で長大なドミノ倒しを完成させていた、という噂も聞きました」

「おお、すげぇね! 俺だったらうがーって倒しちまうよ」


太郎丸が手放しで褒める。「……そんな、ウチなんて」星野は謙遜したように答えた。目元は相変わらず隠れているし口角もまったく上がっていない。嬉しいよりも恥ずかしいが上回っているようだ。


「じゃあ太郎丸は」

「太郎丸次郎さんの役割は庶務です。庶務は具体的な役の決まっていない職務ですが、だからこそ様々な面で我々をサポートしていただける。太郎丸さんは体力があり、学年を問わず交友関係も広いので適任かと思います」

「そこは任せてくれ。なんでも手伝うし先輩後輩問わず顔は繋げられる」


 太郎丸がガッツポーズを取るが佐伯は無視していた。反応してやれよ。


「なら、才賀は。こいつこそどうなのよ」


 既にこいつ呼ばわりされるほどナメられている。


「才賀孝明くんは書記です。彼は人一倍PCの扱いに長けていますし、詳しくは伏せますが特化した技能も備えている。人選として妥当です」


 彼女はバイトのことを濁していた。情報源に触れるかと期待したが、そうもいかないようだ。むしろそんなに黙っていなければいけないほどの事情なのかと思うと、ますます気になる。


「ふぅん、そう。でもこいつ他人に触れないんでしょ。さっきみたいに人が近づいただけで大騒ぎされちゃ困るんだけど。生徒会は生徒の代表組織なのに、変な人間がいたら対外的にも印象が悪くなる」

「ですから彼には配慮をして頂きたいのです」

「配慮? こいつだけ特別扱いしろって? 馬鹿らしい。そんな面倒なことをするなら人を代えればいいでしょ。別に書記なんて誰にだってできる」


 葛城美波の目がすっと据わった。無表情は変わらないが、冷たさが含まれる。


「撤回してください佐伯副会長。書記は誰にでもできるほど甘い職務ではありません」

「なら言い方を変えるわ。ある程度の技能水準があれば生徒会の仕事はこなせる、と言ってるのよ。その水準は決して高くはないはず。PCの扱いに長けた生徒なら探せば他にもいるし、なんならあたしが兼任してもいい」

「PCだけじゃありません。議事録の記録と要約、報告書や生徒会発行の学内報、あとは生徒会SNSを新規に立ち上げようという計画もあることはご存じのはず。他の人には任せられない」


 聞いてない仕事が混ざってるな。書記って実はかなり仕事の多い役職なのか? ていうかSNSってなんだ。

 先行き不安になる僕をよそに、佐伯の声がヒートアップしていく。


「なら尚更あたしでいいじゃない。副会長の仕事とも兼任してみせる。これでも論文コンクールで入賞してるし」

「あなたの実力は認めます。が、才賀くんほどではありません」


 二人の間に火花が見えるようだった。

 やめてくれ、僕のことで争わないでくれ。僕はそんなこと望んでいない。いやマジで。というか本人を放ったらかしで話を進めないでほしい。


「なぁ、才賀はどうなんだ?」


 僕の心の声が聞こえでもしたのか、太郎丸が話を振ってきた。

 葛城美波と佐伯希海がぐりんと振り向く。二人の目が爛々と光っている。

 前言撤回。放ったらかしでいいです。


「才賀くん、あなたの有用性をこの人に説明してあげてください。書記は自分が相応しいのだと」


 有用もなにも強引に誘われただけなので自覚ないです。

 が、そう告げる度胸はない。今は葛城美波が美少女ではなく猛獣に見えている。


「えーと……」


 僕は天井を見上げる。どう誤魔化そうか。

 すると佐伯が小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「自分の言葉も持たない奴じゃ話にならないわね。大事を起こして会長に恥をかかせる前に辞退したほうがいいわよ、才賀」


 僕はなにも言い返せなかった。実際にその通りなので悔しいという感情も沸かない。

 むしろ別の考えが台頭してくる。


(この流れで辞退すれば役員にならずに済む、かな)


 残れば面倒な仕事を押し付けられる。人と触れ合う機会も増えて無闇に精神をすり減らすかもしれない。誰かの悪口や怒りや悲しみの声は、聞くだけで疲れるし余計な考えを抱えて眠れなくなる。

 でも、辞退すれば葛城美波は悲しむだろうか。

 迷っていると、ガタンと音がした。葛城美波が立ち上がっていた。

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