第3話 イジってくる王女
テーブルの上の僕の指先を、美波さんが軽く触っていた。目尻の下がった彼女の表情はいやに艶っぽい。
『同一人物の発想ですから、やはり同じになるのですね』
感心したように言う美波さんの口は租借のために小さく動いている。食べながら話せるのだから確かに便利だ。テレパシー会話をするようになった理由もわかる気がする。
『その通りです。あなたは私を咎めることも、蔑むこともなかった。止めるどころか私の悩みを聞こうと近づいてきたのです。どれだけ避けてもずっと話しかけてきて。その理由が心配だったからって言うんですよ? ほんと、おかしな人だなって思いました』
恥ずかしさがこみ上げる。それは、自分ならやりかねないと実感していることの証拠でもあった。
『でもきっと私は、そんなあなただから完全に逃げなかったのでしょうね』
「完全?」
『いざとなればタイムリープを使って、あなたに心を読まれた事実を消すことができた、という意味です』
「あっ」
僕が気づきの声を上げると、美波さんの手が僕の指をくすぐるように撫でる。まるで僕の反応を面白るように、慈しむように。
『そうしなかったのは、心のどこかで理解者を欲していたから、かもしれません。だからあなたを拒みきることができなかった』
過去を懐かしむ感傷の声だった。そのときの美波さんは、今とはまた違う感じだったのだろうか。
『そんな私の心の隙間につけ込むようにぐいぐいくるものですから、観念せざるを得なかったわけです』
「人聞きの悪い表現に感じる」
『事実を述べたまでですよ?』
美波さんがくすりと笑う。もちろん脳内だけで。
その声を聞きながら、僕は自分自身に頑張ったんだなと労いの言葉を贈った。美波さんの反応が怖かったはずだが、よく諦めず粘ったものだ。
『そうして私が笑わなくなった理由を知ったあなたは、私の味方になると言ってくれました。これまでの過ちについても、自分もそうだったから一緒だよと理解を示してくれて……こんなの惚れてまうやろ反則だずるいばーか』
「今のは別人格になる能力?」
『思い出したらむず痒いというか恨めしいというか恥ずかしくなったのですよ! あのとき私がどれほど嬉しかったかこーくんにはわからないでしょうけどね!』
若干頬を赤らめた美波さんは「というわけでめでたく私があなたを好きになったわけです。おしまい」と口での会話に切り替え、端的に告げた。
「うん……うん? その、付き合った経緯は?」
「聞きたいですか? 告白は文化祭のときでした。あのときのこーくんも素敵でしたね。後夜祭に私を連れ出して――」
「ごめんいい! それは話さなくていいから!」
自分がしてもいない告白内容をその相手から告げられるとか死ねる。あらゆる意味で黒歴史。
「そうですか。ではその話はまた気が向いたときにでもするとして」
こほん、と美波さんが軽く咳払いする。
「いいよね、こーくん?」
「いいとは」
「私が彼女ということで」
「…………………………………………えーと」
「いいよね?」黙っていると念を押すように繰り返す。目が座ってる怖ぇ。
「ま、待ってくれ美波さん」
「どうして? 私のこと好きって言ってくれたじゃないですか」
「それはそうだけど」
しどろもどろな対応をしていると視線を感じた。隣のカップルが興味深げにこちらを見ている。気持ちはわかるがっ。
「重要な話はまだ聞いてないから。なのでまず、誰もいないところに行こう」
「……はーい」
不満を隠そうともしない美波さんは、それをぶつけるようにチーズケーキをぱくぱく食べていた。
***
僕らが話をしていたコーヒーショップは駅ビルに入っている。なのでどこに行っても人だらけだ。二人きりになれる場所はそうそう見当たらない。
かといって外もあいにくの雨模様だった。今日の美波さんは長めのスカートだし、連れ回して雨に濡らせることはしたくない。
考えた末に、僕は駅ビルの屋上へ美波さんを連れて行った。「あおぞら広場」という名の広々とした屋上庭園には子どもたちが遊べるような遊具が設置されていて、エレベーターから地続きの休憩スペースもある。
休日には多くの家族連れやカップルで賑わっている場所だが、雨が降っているからか僕ら以外には誰の姿もなかった。これなら人に聞かれたくない話もできそうだ。
テラスにほど近い場所に座ると、美波さんが僕の隣に座る。
改めて見ると……物凄く可愛いし、綺麗な人だ。
男子からも女子からも羨望の目で見られ、本来ならこんな僕が喋ることもできない存在――その美波さんが僕の彼女? いや彼女だった? こんがらがるな。
「お気に入りですよね、ここ」
美波さんの呟きがあまりにもタイミングがよくて心臓が跳ねる。
僕はなんとかあ平静を保って「ああ、そうか」と返す。
「君を連れてきたことあるんだな」
「それは内緒」
「いやさっきのが答えでは」
「なんでも教えたらつまらないじゃないですか」
「告白は教えようとしてたのに?」
「考えを改めました。あなたの言うとおりこれからの体験を大事にしましょう」
僕はおもむろに、自分の身体を彼女に近づける。
『こーくんイジるの楽しいなぁ』
「前から思ってたけど美波さん割といじわるだよね」
「あ、私の心読みましたね? ずるい。チート禁止」
「だが断る。あまりにも君にイニシアチブがありすぎる。特別扱いしないと身が持たない」
『はわわ特別だなんてそんな……♡』
キャラぶれが激しい。
『あ、また読んでますね? だから駄目ですってば』
「安全策のためにしばらくこうしてる」
『ふーんそうですか。じゃあどうせならこうしちゃいましょ』
美波さんがしなだれかかり僕の腕を両手でぎゅっと抱え込む。腕が彼女の柔らかい胸に挟まれてふにふにファァァァァァァ(白目
『さぁ、重要な話でもなんでもカモーン』
美波さんが挑発するように言ってくる。ちくしょう、手玉に取られっぱなしだ。
僕は吹き飛びそうになる理性をなんとか保たせながら、腕をギュッと抱える彼女を見つめる。澄ました顔はそのままだが、どこか愉快げだ。
「美波さんってほんと、色んな一面があるよね」
『……幻滅しました?』
一転して不安げな声が聞こえた。おずおずと上目遣いで僕を見てくる。
「いや全然。むしろ気を許してくれてるのが伝わって、嬉しいまである」
『あなたにはもうゆるゆるのカパカパですから』
「言い方考えようね。まぁ少し、今までとギャップがあって戸惑るのはあるか」
『ふむ? ではこーくんはどちらの私が好きですか?』
「ええ……どちらも美波さんなんだし、好き嫌いとかないよ。慣れればどっちだって構わないし、好きなことが変わるわけない」
『ほかの女性にそういう態度したら容赦しないから』
「急にどうした」
『こーくんは無意識に乙女心をくすぐること言うから心配で。意識して私だけに向けるようにしてください。でないと』
「でないと?」
『四六時中この状態で見張る」
「やめて社会的に死んじゃうから。ってか不審がられるでしょ」
『接触恐怖症の治療という体にします」
うーん、美波さんの行動は天才特有の奇行とかでどことなく受け入れられてしまいそうなのが割と怖い。
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