第17話 王女と僕らのテスト勉強
美波さんが僕の自宅に避難したその翌日――僕と美波さん、そして次郎と佐伯と星野の生徒会メンバーは放課後の生徒会室に集っていた。
何をしているかといえば、黙って勉強をしている。
カリカリカリとノートにペンを走らせる音が夕暮れの生徒会室に流れる。皆はそれぞれ個別の教科に取り組み、黙々と自主勉強を続けていた。僕は苦手な英語に取り組んでいる。
生徒会室を勉強の場に使うのは初めてだったが、意外に良さそうだった。使い慣れている空間だから居心地がいいし、自分のパーソナルスペースが保てるので気が楽でもある。
勉強会をすると決まった後、佐伯と星野と次郎の三人はこの生徒会室を使おうとグループメッセージで話し合ったらしい(その頃の僕と美波さんは自宅に避難中で混ざるどころではなかった)。
勉強会の候補に上がった図書室は同じ事を考えた生徒達で既に占領されているし、近場のファストフード店も五人が長居するには適さないという難点がある。それに比べると、生徒会室は邪魔も入らないし、好きなときに開け締めできる利点が合った。
生徒会の裏技みたいな感じだが、別に遊ぶわけじゃないので佐伯も特にガミガミ言うことはなかったそうだ。満場一致で生徒会室での勉強会が決まった。
これで集中して勉強ができる――と思いきや、約一名はそうでもなさそうだった。
「ふぅむ、ふぅーむ」
隣からは唸り声なのか何なのかよくわからない声が聞こえてくる。僕の隣に座る次郎はがりがりと頭を掻きながら参考書を見つめ、しかしすぐに「ぷはぁ」と窒息寸前だったような息継ぎをして天を仰いだ。
「あーどうすっかなぁ」
「ちょっと。さっきからうるさいわよ太郎丸」
「だってよぉ。どこから手をつけたらいいかわからねぇんだよ」
声をかけた佐伯は、意味がわからんという風に眉根を寄せた。
「アホなの? テスト範囲はわかるでしょ」
「そーじゃなくてさ。こうして参考書も買ったし頑張ろうと思うんだけど、だいたい全部わからねーから。かといって全部のページをやるには時間足りないし、どこから解いたら効率的なんかなーって」
「あんた今までどんな勉強法してたの」
「ヤマを張る。そしてそこだけ勉強する」
「一番やっちゃいけないパターンじゃん」
「じゃあどーすりゃいいんだよ」
「授業中のノートを見はったら? 先生がテストに出る言うてはった部分を念入りに復習するとか、どうやろ」
「授業中は大体寝てるからなーはっはっは」
佐伯は思い切りずっこけそうになり、星野は苦笑いを浮かべていた。僕は次郎の竹を割ったような性格につい笑ってしまう。
「それで中の下にいられるなら逆に地頭は良さそうだよな、次郎って」
「そうか俺って秀才の素質あるんだな」
「あるわけないでしょ真面目にやんなさい」
「だから真面目に考えてんだろー。ちなみに孝明の勉強法はどんなん?」
「僕はだいたい苦手な部分を自覚してるから。そこを集中的にやってる」
美波さんに勘違いのミスが多いとも指摘されていたし。間違いやすそうなところを丹念にやっていれば、まぁどうにかなるだろ。
その意見は参考にならなかったのか次郎はまた思案顔になる。
「次郎さん、そういうときはですね」
一人黙々と勉強していた美波さんが、ノートに目を落としながら話に入ってきた。
「まず、あなたが持っている参考書は使わない方がいいです」
「これ? もしかして評判悪いやつ?」
次郎は真新しい参考書をひらひらと振った。
「いえ。学校のテストで良い点数を取るという目的であれば、教科書の例題を解いていく方が理に叶っているからです」
「へぇ。それが美波の持論?」
興味が乗ったような声で佐伯が問う。星野も手を止めて聞き始めた。
「持論というか、傾向からの分析です。テストを作る側から想像すると、同じ学年の同じ教科のテストを毎年用意しなければいけないので、自ずと出題内容もパターン化されてくるでしょう。そこで参考とするのは教科書ですから、掲載された例題を改変したものが多くなるわけです。学校のテストは授業内容の復習ですから、凝った問題を解かせる意味もありませんし」
「「「なるほどぉ」」」
佐伯と星野と次郎が揃って感心の声を上げていた。
こういう分析もタイムリープを繰り返すうちに発見したのかもしれない。
……あれ? ていうか、美波さんは勉強する必要あるのだろうか?
疑問が芽生える中、美波さんは続ける。
「もちろん先生の性格など個人差があるので、これだけで満点が取れるわけではありません。ですが例題はそこまで量も多くないですし、問題の本質が理解できればテストでも対応しやすくなるでしょう。まず例題を完璧に解けるよう備えておくことをお勧めします」
「なるほどなぁ! サンキュー会長!」
勢いよく答えた次郎が教科書を取り出してばんと開く。いそいそとページをめくった彼は、にへらと笑って美波さんの方を向いた。
「ごめん会長。一問目から解けねぇ」
僕と佐伯はずっこけそうになる。
「どこでしょう?」美波さんは平静のまま答えて立ち上がる。この二人はほんとマイペースだ。
しかし次郎は「あ、じゃなかった」慌てて手を振り、星野を見た。
「これ数学だからさ。星野に教えてもらお」
「え、ウチ?」
「勉強会だし得意科目を教え合った方が効率いいじゃん」
もっともらしいことを告げた次郎がなぜか僕の方にちらっと目配せした。つられたように星野もちらっと僕を確認していた。
「う、うん。そうやね。ウチでよければ」
星野が席を立って次郎の隣へと移動する。引っ込み思案な彼女ならもう少し迷ってもよさげなのだが、割と踏ん切りが良い行動だ。
手持ち無沙汰になった美波さんはその場ですとんと座り直す。
「孝明もわかんないことがあったら聞いたほうがいいぜ。せっかくの勉強会なんだし。ほら、ちょうど学年一位の会長が空いてる」
次郎はまるでRPGのモブキャラの如く親切に進言してきた。
凄く、わかりやすい人です。
(やっぱり次郎の奴、あからさまに気を遣ってるな)
勘づいているのか、焚き付けてるのかまではわからないが……薄々は僕と美波さんの特別な感情を察しているのだろう。それは星野も同じようだ。
逆に僕らに気を遣ってくれるということは、表立って騒がないという意志の表れでもある。次郎と星野には正式な報告をしても大丈夫かもしれない。
問題は佐伯なのだが、彼女はどう捉えているだろうか。気づいていないっぽい様子だが、その内面は全然違っていたという人間はこれまでにもよくいた。結論を出すにはまだ早い。
何にせよ目立つことは控えるべきで、美波さんもそこは理解しているはずだ。
「わかりました。では孝明くん、私に何でも聞いてください。数学でも現国でも英語でも化学でも今日のあなたの運勢でもなんでも教えられますので私の目の前に来ましょう今すぐさぁ早く」
凄く、理解してなかったです。
さてはちょっと好機とか思ったなこの王女。
僕は内心でため息を吐きながら「待て待て」彼女に物申す。
「まず運勢はテストに出ません」
「チェックし忘れてたら教えてあげようかと思いまして」
「僕は乙女か。あとなぜに隣じゃなくて前」
「よく見えますから。色々と」
僕の勉強している顔を観察したい的なあれか。嬉しいけどやめてクレメンス。
(そんな明け透けな態度だと佐伯にバレるでしょうが……)
佐伯をチラ見すると、彼女はこちらをじーっと見つめていた。不審げな眼差しだ。
ほらやっぱり。これ以上じゃれ合っているのはまずい。
「じ、じゃあ英語を教えて下さい。ちょっと解説を読んでもわからなくて」
「わかりました。では椅子を持って――」
「英語ならあたしが教えてあげるわ」
佐伯が急に割り込んだ。
僕と美波さんはポカンとなる。次郎も星野も意外そうに眉を上げていた。
「希海が、ですか」
「太郎丸の言う通り適材適所でいきましょ。あたし英語なら得意だし」
「そうだったのか?」
「そうよ。悪い」
ぶっきらぼうに言った佐伯が僕の横に来る。マジか。
「あの、私は」
「こいつが他の教科で詰まってたら教えてあげてよ」
はねつけるように言われた美波さんは何も言い返せず座り直す。彼女の面食らったような表情は新鮮だな、とか思ってる場合じゃねぇ。
「で、どこがわからないの?」
「え? あ、ああ、ここなんだけど」
「ふーん、どれどれ」
佐伯が机に肘を付き、僕のすぐ隣からノートを覗き込んでくる。
美波さんとは違う女の子の香りが漂って心臓が跳ねた――そのとき。
『こんなことしてるとまた美波に嫌われちゃうかな……でも、こいつが美波に惚れるのはなんとか止めないと』
※次回は長くなったので木曜と金曜の二回更新となります※
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