第30話 王女のカミングアウト
期末テストが無事に終わり、一学期も残りわずかとなった。
学期最後の生徒会定例ミーティングでは、美波さんが夏休み中に行われる学校説明会と生徒会合宿、そして文化祭準備について説明する。
本来はそこで議題が尽きるのだが、美波さんは「もう一つ皆さんに報告しなければいけないことがあります」静かに告げ、立ち上がった。
「私、葛城美波は、書記の才賀孝明君とお付き合いをしています。男女の交際です。皆さんに隠しておくべきではないと思い、この場を借りてお伝えすることにいたしました」
仰々しいスピーチのようなカミングアウトに、場がしんと静まり返った。
既に事情を知っている佐伯の反応が薄いのはわかる。次郎と星野の二人までも静かなのは意外だった。
なんとなく居たたまれなくなって、僕も咳払いをしながら立ち上がる。
「その、生徒会の中で恋愛関係の男女がいるのは褒められた話じゃないと思う。でも仕事はしっかりする。二人の都合を皆に押し付けたり、恋愛優先でサボったりは絶対にしない。逆に皆も、僕たちに気を遣わなくていいから。ね、美波さん?」
「はい。決してこーくんとだけ資料を取りに行ったりこーくんとだけ打ち合わせをしたりこーくんの顔写真フォルダを生徒会パソコンに保存したりこーくんへの想いを生徒会SNSで綴ったりしません」
こーくん呼び即解禁はまだいい。具体的内容がやりたくてたまらない感満載だ。
「……おそらく」
秒で折れるな!
「美波さん、そこはもっと頑張ろうよ」
「いっそ特例こーくん制度とか作りません?」
「作りません」
「生徒会長が健全に職務を全うするための慰み者として認めるとか」
「話を聞けそして非道を止めろ」
むうー、と美波さんが拗ねたように口をへの字にする。カミングアウトしたからって遠慮をかなぐり捨てないで欲しい。
生徒会室は引き続きしんとしている。
まずい、美波さんが本領発揮しすぎて引いてるのかも。
「し、心配しなくても彼氏の僕が責任を持って止めるから」
「こーくんにメってしてもらえるのですね、楽しみ」
「君はちょっと黙って」
「……あんたらいっつもこんな夫婦漫才してんの?」
パイプ椅子にもたれかかった佐伯が半笑いで呟いていた。
「漫才をしているつもりはないのですが」美波さんは不思議そうに首を傾げる。
君からしたらそうだろうよ。僕はツッコミしすぎて脳が筋肉痛だよ。
「ま、あたしはちょっと訳あって先に聞いちゃったんだけどさ? 本当はこういうのどうかと思うけど、仕事はちゃんとするって言うから。認めてあげてもいいかって」
佐伯が余裕ぶって懐の大きさをアピールする。土曜日の一件がなかったら絶対慌てふためいたくせにー。
逆に言えば、佐伯はもう大丈夫ということだ。
完璧主義の佐伯にとって個人の事情を優先していること、恋愛関係という不平不満に繋がりやすい関係はやはり受け入れ難いところがあるという。
それでも美波さんの生徒会長としての資質と、美波さん本人への信頼に重きを置いて許してくれた。判断を間違えたら遠慮なく怒るという条件付きだが、それを約束していた二人はどこか清々しい様子だった。
「副会長のあたしがちゃんとするから安心して。風紀の乱れは取り締まるわ」
「風紀の乱れだなんてそんな。人前でちゅーしたりしませんよ」
「当然です」
「ちゅーしたいと口頭で伝えるだけです」
「わかってないじゃんそういうやつよ!」
勢いよくツッコんだ佐伯は「冷静になれあたし」と呟き頭を振る。
それから、未だ真顔で黙り続ける次郎と星野をちらと見た。
「それで、あんたたちは……どう思う?」
佐伯は慎重に問うた。二人がショックを受けて黙っていると考えているのかもしれない。
「どう思うって」次郎は悩ましげに眉を寄せた。
「別にいいんじゃね」
「えっ」
「ウチも同じ、です」
「えっ」
「ていうかとっくに気づいてたし。なぁ星野?」
「うん」
「「えっ」」
美波さんの驚き声も重なった。
二人の唖然とした反応に僕はつい笑いそうになるが、ぐっと堪える。
「き、気づいていたのですか?」
「そっすね」
「いつから?」
「だいぶ前かなぁ」
「そんな……あんなに完璧に伏せていたのに……!」
美波さんが愕然とする。佐伯は同意するように何度も頷く。
「そうよ! 美波にそんな素振りちっともなかったじゃない!」
「あれだけ露骨でちっともはないんやない、希海ちゃん」
「佐伯の目が節穴だったんじゃね?」
「んがっ……!」
容赦ない言葉に佐伯が頬を引きつらせる。
僕はもう我慢ができずに吹き出してしまった。
納得がいかないのか佐伯と美波さんは仏頂面で黙りこくる。
「会長と副会長は似たもの同士の良いコンビだな」
フォローになるかなと言ってみたら「そ、そう?」佐伯がふひひっと粘着質な笑みを浮かべる。美波さんファンとはいえキモいぞ佐伯。
「ではお二人はとっくに気づいていて、黙ってくれていたのですか?」
「だって野暮じゃん? 邪魔したくねぇし」
「ウチも、その、みーちゃんさんを見守るの楽しくて」
「楽しい?」
「いえあの推しを応援っていうか……な、なんでもないですっ」
恥ずかしげにうつむいた星野がぶんぶんと手を振る。もしやここにも美波ファンが一人?
「二人が言わないならこっちも聞かねぇし、白状するなら認めるってだけの話だからさ。なにをそんなに真剣に話してんのかと思ったよ」
「なるほどね」僕は頷く。心を読んでうっすら察してはいたけど、やはり気遣ってくれていたらしい。
「ありがとな、次郎」
「改まって言われるとかゆいぞ! 友達だし当然だろ?」
はたと、思考が停止してしまう。
次郎は、こんな僕なんかを友達と認めてくれているのか。
鼻の奥がつんとした。僕はただ笑って頷く。なにかを言おうとすると、声が震えてしまう気がした。
視界の隅では佐伯が、やれやれと笑って肩を竦めていた。
「なるほど、そうでしたか……それならもっと全力でいってもよか――」
「「やめてください」」
佐伯とツッコミがハモる。こちらも戦友を得た気分だった。
「でも、少し心配なことが、あるんやけど」
星野がおずおずと話に割り込む。「なんでしょう」美波さんは真剣な雰囲気で聞く。僕も身構えた。
僕らのことで問題があってはいけない。生徒会の皆を困らせないために何でもするつもりだ。
「花火大会、二人で行きたいんやないんかなって」
僕と美波さんはそろってポカンとなる。「……花火?」「大会、ですか?」
星野がこくりと頷くと「ああー」次郎がぽんと手を打った。
「生徒会メンバーで夏休みどっか行こうって話してたじゃん? 候補は海と遊園地と花火だけど、ちょうど天虎川花火大会が行けそうって言ってたよな」
「うん、それそれ。せっかくならお二人で行かれた方がええんやないかなって、思って」
なんだそんなことか。大したことなくてホッとしたが、こんなところで妙に気を遣わせてしまうのも申し訳ない。
僕は美波さんに目配せする。彼女は小さく頷いた。心を読まなくても気持ちは同じとわかる。
「私達に遠慮しなくていいんですよ、みゅーちゃん」
「そうそう。皆で行こうよ星野。前から決めてたことだしさ」
「え、でも」
「私は皆と花火大会に行くこと、とっても楽しみにしています」
目をぱちくりした星野が、はにかんだように微笑する。佐伯はふひひっと忍び笑いしている。だからキモいって。
「それにこーくんとは毎日デートするので大丈夫です」
えっ。
「ひゅーお熱いねぇ」
「さすがに飽きない?」
「ないと断言できます」
「ひやぁ」星野は上ずった声を挙げて両頬に手を当てる。「こっちが恥ずいわ」佐伯は顔を赤くして手でぱたぱたと風を送っていた。
いやいやいや待ってもっと気になるとこあるだろ毎日ってなんだ毎日って!?
ていうか聞いたのいまさっきなんですけど!?
「よっし、花火大会は決定だな! 海水浴も行こうぜ!」
「う、ウチ水着持ってへん……」
「なら準備しましょうみゅーちゃん。私もちょうど買い換えを検討していました」
「ちょっとあたしも混ぜなさいよ」
「いいですよ、では希海も。こーくんも連れて……はさすがに止めておきましょうか」
「そこの良識はあって安心したわ」
「う、うん。選んでるの見られたくない、かも」
「では女子だけということで」
きゃいきゃいと女子三人が盛り上がっていく。所在のなくなった次郎は僕の方へ寄ってきて笑った。
「かしましいねぇ。ところで孝明、ほんとに毎日デートすんの?」
「……らしい」
「相手が会長とはいえしんどそうだな」
「……干からびてたら察してくれ」
次郎は「頑張れよ」と、同情たっぷりに言ってくれた。
友達って、いいもんだな(遠い目。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます