第3部 僕と王女の思い出と未来
第1話 王女との初体験? 上
駅ビルから一歩外に出ると、真夏の夜の熱気がむわっと肌に当たった。もう日が傾いて辺りは暗くなってきているのに、地面からの輻射熱のせいか暑さに陰りが見えない。
夜に入っても駅周辺の繁華街は賑やかで、帰る人と行く人でごった返している。夏だなぁと感じる。
僕は美波さんと手を繋ぎながら、そんな夜の街を歩いていく。
「楽しかったですね水族館」
「うん。イルカショー迫力あったね」
「そういえばイルカって人並みの知能を持っているそうです。色々考えたりしてるんでしょうか?」
『まだ帰りたがっていないですね。やはりこーくんはこの後のことを考えている……!』
「能力を使えたらわかるんだけどなぁ」
「人限定ですからね、こーくんの力は。もし効いたらどういう声なのでしょう?」
「まず人語かどうか怪しい。キュイキュイとか言われてもわかんない」
「それはそれで可愛いですけど」
『今日のためにちゃんとお手入れしてきましたし汗に強いメイクだから大丈夫なはず!』
「人語に変換されたとしたら、結構俗っぽい感じだったりして。今日は出番多いぞ面倒だなとか」
「えー、それは夢がないですよ。せっかくイルカさんと心を通わせられるかもしれないのに」
「美波さんはイルカと会話してみたい?」
「ほら、児童文学のドリトル先生ってあるじゃないですか。小さい頃に読んで、動物と会話できることに憧れたこともありました」
『あ、でもシャワー一緒にって言われたらどうしましょうはわわわ最初なのにもうお風呂一緒とかはわわわわこーくん大胆……!』
……おわかりいただけるであろうか。
僕と雑談しながら歩く美波さんは、それはもう普段どおりかつ会話もそつなくこなしている。他人の目が多いので美波さんも普通に喋ってくれているわけだ。
しかしその内面はまったく違うことを考えている。違和感なく平然と成立している器用さには舌を巻くが、一方で、それが僕に筒抜けであるということを彼女は自覚できていない。
なぜかというと、美波さんが我を忘れてしまう話題――いわゆる僕との初体験について想像を働かせているからだった。
しかも電車を降りたあたりから急に始まったため、僕もまた意識せざるを得なくなった。
さて、今がどういう状況か説明しておこう。
今日は日曜日で、僕と美波さんは遠方の水族館にデートに行った帰りだった。実は夏休みの平日は思ったよりも多忙で、こんな日くらいしか遊びに行けなかったのだ。
まず僕らには生徒会役員の仕事がある。特に夏休みが明けるとすぐ文化祭という一大イベントが待ち構えているので、生徒会は夏休みのうちから準備を進めなければいけない。
主には文化祭実行委員との打ち合わせ、ステージ設営の手配、備品の管理、広報活動、後夜祭における注意事項の確認などなど……そうした仕事を僕は美波さんと自宅でこなしたり、生徒会室に集って話し合ったりしていたが、一日丸ごと遊びような時間があまりなかった。
美波さんが毎日お家デートに踏み切ったのも、こうした生徒会の忙しさを既に知っていたからで、いかに僕と多くの時間を過ごせるかと考えた末の合理的な結論だったわけだ。
ということでデートらしいデートができない僕らは日曜日に二人で出かけて、目一杯に遊んで充実した時間を過ごした。
そして美波さんをバス停で見送る――のだが、僕はいまバス停とは反対の方向へしれっと進んでいる。繁華街の少し入り組んだ場所に入ると、普通のオフィスビルやマンションとは別にいかがわしい類の店も姿を現す。
そして、そこかしこにある休憩、宿泊と書かれたパネル。
ライトで点滅するそのパネル群を目の端で捉えつつ、僕はゴクリと生唾を飲み込む。
(さ、さすがに露骨だな……)
正直怖じ気づく気持ちもある。だけど、覚悟を決めるべきだろう。
美波さんの緊張、あるいは期待感がダダ漏れなのは決してわざとじゃない。彼女は我を忘れているだけだ。それは以前の雨降られ騒動で知っている。
そんな美波さんだからこそ、考え事が漏れていると指摘してはいけないのだ。今エッチなこと考えてるでしょ、なんて言われたら、無意識だった分物凄く恥ずかしい思いをする。本人からも、できたら知らないふりをしてほしい、と約束されていたことだ。
かといって事実として聞いてしまっている分、無視することもできない。それはそれで彼女を傷つけるだろう。
では僕はどうすればいいのか。答えは一つ。
素知らぬ顔で休憩に持っていくこと……!
『備え付けのものは危ないって言うし準備したものを使わないと、って私から渡すのはちょっと……こーくん持ってるかな持ってますよねどうしましょう枕の下に入れておくべきでしょうか』
『もう十五回目の確認だけど心配です見られちゃうんですよね絶対顔を隠しちゃうだろうな……でもこーくんがこっち向いてとか優しく言って手をどかされたらふぁああああ……!』
美波さんの入念なチェックと妄想の声が止まらない。会話も途切れているのに、彼女は上の空でぽけーっと僕に連れられるように歩いている。ちゃんと状況把握できているのか心配になる。
(……いいんだよな。今日は、美波さんもそのつもりだから)
決して無理やりではない。気持ちは一緒だと信じている。
早いかなーという戸惑いは若干あるものの、僕だって男だ。なにも期待していなかったわけじゃない。ちゃんと準備もしてきた。
だから、美波さんの声が聞こえてきた瞬間に嬉しくなったし、腹をくくったわけだ。
ひとまず一歩目は踏み出せている。あとは休憩場所に足を踏み入れるだけなのだが……ここから先を踏み出す勇気が出ない。ていうか色々ありすぎてどこに入ったらいいのかわからない。
(まず入ったらどうするんだろ。受付ってあるのかな。お金ってどの時点で払えばいいのかな……)
くそう、もっと下調べしておくべきだった。
おたおたしている間に休憩場所を幾つもスルーしてしまう。ああああそろそろ決めないと。
『……あれ? こーくん無口だし、ここ――』
『びゃ!?!?』混乱の極みのような声と共に後ろに引っ張られる。
振り返ると、手を繋いだままの美波さんが立ち止まっていた。彼女は顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。涙目の瞳がぐるぐると渦を巻いているように見えたのは気のせいだろうか。
『こ、これ、あの、こーくん、き、気のせいでなければその、この一帯は』
「えーと、うん」
『で、ですよね』
美波さんは恥ずかしげにキョロキョロと周囲を見渡す。ようやく自分の置かれた状況に気づいたようだ。
それから美波さんは『……もしかして』と呟き、僕を上目遣いで見てくる。
『私、その、色々なこと考えてたみたいで……聞こえて、ますよね?』
「まぁ、うん」
『~~~っ! ごめんなさいそんなつもりじゃ誘ってたわけじゃないんです……!』
美波さんが慌てて駅の方に戻ろうとする。
だから僕は「わかってるから」彼女の手を強く握り締めて引き止めた。
「そう言われてたからじゃなくて……最初から、そのつもりだった」
『ふぇ』
「なんだか聞かなくてもよさそうだから、いいのかなって、こっちの方へ」
『ふぇぇぇぇぇ』
合いている手で口元を隠した美波さんは、感極まったように瞳をうるうるさせていた。
『つまりこーくんはデートの前から私を連れて休憩するつもりで私のピーをピーするつもりでずっとずっと私に欲情してくれてたんですね嬉しい……!』
間違ってないけど美波さんからピーをピーとか言われるとギャップ萌えどころじゃないな。
※※※今週は3回更新です※※※
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます