第4話 王女と仲間たち(予定)上

 場違い感、甚だしい。

 生徒会室にいる自分をそう評して、僕は静かにため息を吐いた。


「お集まりいただきありがとうございます。今回が初顔合わせとなります。このメンバーで今期生徒会執行部を運営していくことになりますので、以後よろしくお願い致します」


 葛城美波が抑揚のない声で告げて、ぺこりと頭を下げた。

 生徒会室のコの字型に配置されたテーブルには、窓際の議長席に座る葛城美波を始めとして、左側のテーブルに女子生徒二人、右側のテーブルに僕を含めた男子生徒二人が座っている。

 この五人が今期の生徒会役員、ということらしい。


「副会長の佐伯さん以外は私から任命させていただいたので、お互いに面識がないと思います。そこで本日はまず、自己紹介をしていただきます」

 

 葛城美波がゆっくりと皆を見回す。目が合いそうになったので僕は違う方向を向いていた。


「では最初に私から。生徒会長の葛城美波と申します。至らぬ点も多々あるかと思いますが、この学校をよりよい環境にすべく尽力していく所存です。よろしくお願いいたします」


 仰々しい挨拶を述べた葛城美波がまた頭を下げる。

 すると僕の隣から大きな拍手が響いた。大柄の男子生徒が満面の笑みで手を叩いている。

 少し驚いたが、なにもしないのも冷たい印象がつくので、僕も小さく拍手した。女子二人も追随している。


「ありがとうございます。では次に副会長、どうぞ」


 葛城美波が順番に振っていく。次くらいに書記が当たるだろうか。

 胸中にはもやもやと暗雲がたちこめた。


(帰りてぇ)


 彼女の心を読むチャンスが増えるだなんて前向きに捉えていたけれど、やっぱり嫌なものは嫌だし、面倒なものは面倒だ。

 でもここまで来ておいて断るのはさすがにどうかと思うし、僕の評判も地に落ちるだろう。我慢するしかないのか。


「副会長をやらせてもらいます。佐伯希海さえきのぞみです。よろしく」


 僕から見て右斜めに位置する女子が素っ気なく挨拶していた。また隣の男子が拍手して皆がつられる。

 彼女は葛城美波のように選挙で選抜された副会長だ。僕らの中で唯一、葛城美波に指名されていない人間でもある。

 佐伯は整った容姿をしていた。栗色でウェーブのかかった髪型と、つり目気味の意思の強そうな顔つきはそこらの生徒よりよく目立つ。選挙演説でも物怖じせず喋っていたし、人望が集まるのもわからなくはない。

 ただ正直に言えば、葛城美波ほどじゃない。けなしたいわけではなく、それだけ葛城美波の容姿も能力も秀でているということだ。

 なので二人の立ち位置はしっくりくる。本人たちがどういう考えかはわからないが、会長副会長コンビとして様になっていた。


(でも、なんか不機嫌そうだな?)


 今の佐伯はぶすっとして腕を組んでいる。演説のときは笑顔を振りまいて人当たりも良さそうだったのに。

 好印象を得るための演技でしたと言われればそれまでだけど、まったく真逆の性格をしていても扱いに困る。

 葛城美波は佐伯の隣の女子に目を向けた。


「では次、会計の方」

「は、ひゃい」


 指名された女子が上ずった声を出す。彼女が会計係のようだ。

 ショートボブの女生徒は、うつむき気味にしているせいで目が前髪に隠れていた。


「あ、あの……星野――……言います。よろしくお願いします」


 ぼそぼそ声でよく聞き取れなかった。


「待ってくれ聞こえなかったぞ。もう一度言ってくれないか?」


 僕の隣の男子が笑顔で促した。声がでかくて星野はビクリと肩を震わせている。

 しかしこの男はさっきから声も動作もいちいち大きい。


「星野、――ず、です」

「もっと声張りなさいよ。聞こえないでしょ」


 佐伯が苛立ったように指摘した。星野が肩を縮こませる。

 僕も同意見だけど、その言い方だとますます萎縮させるだけだ。

 仕方ない、助け舟をだすか。


「星野さん。緊張してるのはわかるけど、気持ちボリューム上げてくれると助かるな。僕らもちゃんと聞く――」

「――みゅーず」

「え?」

「みゅーずです! 星野三優鈴ほしのみゅーず!」


 星野の叫び声が生徒会室に響いた。

 僕らは固まってしまって、うつむく星野をまじまじと見つめた。


「みゅーず、て。漢字でどう書くんだ?」


 隣の男子が問う。勇気あるな。

「三に優しいに鈴ですね」なぜか葛城美波が代わりに答える。

「へぇ」佐伯が興味を失ったような顔で呟いた。というよりこれ以上は触れないようにしたのだろう。

 三優鈴でみゅーず。いわゆるキラキラネーム、というやつだ。

 星野は顔を真っ赤にしていた。本人としてもかなり気にして生きてきたことが伺える。

 なにを言っても気休めにしかならない気がして、僕は黙っているしかなかった。


「では次に庶務の方」


 葛城美波が平然と司会進行する。すげぇなこの人。

 それとも実は、気まずい空気を変えるための配慮とか? 彼女の顔色が変わらなさすぎてよくわからない。

 そして隣の男子が勢いよく立ち上がった。


「俺は太郎丸次郎! 身長は百八十五センチで体重は八十五キロ! 今までは帰宅部! 庶務として存分に頼ってくれ! よろしく!」


 やっぱり声も態度もでけぇ。というか太郎丸なのに次郎って、こちらも違った意味で凄い名前だ。


「太郎丸なのに次郎なの?」


 佐伯が率直に聞く。こいつも勇気あるな。

 太郎丸は豪快に笑った。


「それな! 太郎丸太郎ならウケも狙えたと思うのに中途半端だよな!」

「自分の名前で笑いを取ろうっていう感性が理解できない」


 佐伯が切って捨てた。聞いておきながらなんて無慈悲な対応をするんだこの女は。ほら見ろ、太郎丸が引きつった笑いをしてるじゃないか。


「では最後に書記の方。身長体重胸囲座高と好きな食べ物と好きな異性のタイプと生徒会長となにをしたいか述べてください」

「僕だけ質問多くない!?」

「才賀くんは指定しないと短く済ませそうでしたから」

「そう思うなら関係ある内容にしてくれ!」


 思わず突っ込んでしまうと、佐伯も星野も太郎丸もぽかんとしながら僕らを眺めていた。

 うん、正しい反応だ。こんな人物とは思いもよらなかったろう君たち。

 僕は咳払いをして気を取り直す。


「才賀孝明、です。よろしく。ちなみに個人情報は教えない主義です」

「おうよろしく! 男子同士仲良くしようぜ!」


 巨漢が椅子ごと近寄って僕の肩を抱いた。


「うぉわぁ!」


 反射的に飛び退く。パイプ椅子が倒れて甲高い音を立てた。


『え、あれ? 俺なんか変なことした?』


 太郎丸が呆気にとられながら僕を見つめてくる。口は動いていない。聞こえているのは彼の心の声だ。

 佐伯は不審げに眉をひそめ、星野は目を丸くしている。葛城美波だけは顔色一つ変えていない。


『あれ、待てよ。確か才賀っていうやつの名前聞いたことあるな。どこでだっけ』


 太郎丸の心の声にギクリとする。


「もしかしてあんた、他人に触れないっていう病気の、才賀孝明?」


 答え合わせをするように佐伯が指摘した。

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