第25話 不審な王女

 このままではまずい。焦った僕は、彼女から離れつつ違う話題を振った。


「そ、そういやよくわかったね。あそこに隠してあること」


 不自然だけど、この件はちょうど聞いておきたいことでも合った。

 美波さんはどうして隠し場所を見破ることができたのか。僕らのように探し回ったわけでもないのに。

 それは疑念というよりは単なる好奇心だ。美波さんは学校一の才女だし、今までも僕らには想像できないようなことをしてきた。他の生徒会メンバーだって、美波さんだからやってのけたのだろう、と勝手に納得して聞かなかったに違いない。


『もう、すぐ真面目な話にするんだから』


 可愛らしく拗ねた声にまた胸が跳ねる。

 君はほんと、そういうとこだぞほんと。

 小さくため息を吐いた美波さんは「簡単な推理ですよワトソンくん」と芝居がかった口調で言う。

 美しき名探偵の推理を間近で聞けるというのもなかなか贅沢な話だ。


「部員の方々は常にそわそわした様子でしたし、ある一箇所を頻繁に見ていました。それがあのダンボールだったので、なにかあると踏んだのです」

「てことは、何が入っているかまではわからなかったんだ」

「ええ。孝明くんが見せてくれたときに初めて知りました」


 そうだったのか。しかし、美波さんの観察眼恐るべし。


「顧問から隠してるってことも、そのときに?」

「はい。部室があれほど綺麗であれば本来、抜き打ち検査にもああまで過剰反応はしないはずです。これは部費の査定を気にしているわけではない、つまり別のなにかを恐れているという見方ができます。先生方の情報は大体把握していましたから、顧問の先生を恐れているのだろうと予想しました」


 あの麻雀セットが発見されてから一瞬にしてそこまで推理したのか。

 やっぱり美波さんは凄い。

 ――とは、思わなかった。


(本当に、そんなことできるのか?)


 麻雀セットを見せてから美波さんが説明を始めるまで、せいぜい二、三分しか経っていない。しかもなにが隠してあるか知らない状態だ。

 初見からそんな短時間で、賭け麻雀までの筋書きを導き出せるのか? 

 ……もう少し聞いてみるか。


「確か美波さん、部長に揺さぶりかけたよね。顧問に報告するかどうかって聞かれたとき、自分は全てわかってるぞって脅す感じで。それで白状させた」

「人聞きの悪い台詞です。でも、そうですね」

「状況証拠だけなのによく踏み切ったね」

「というより、あのときに確信したのです。先生にバレたくないがためと推理してはいましたが、外れている可能性もありましたので。彼のあの態度から間違ってはいないのだろうと思いました」


 カマをかけてみたという感じか。まぁ筋は通っている。

 が、どうにも引っかかる。

 美波さんなら推理が外れているかもしれないという不安をポーカーフェイスで隠すこともできるかもしれないが、それにしたって堂々とし過ぎている。

 それこそ、態度だ。


 そう思える根拠というか疑いの種は、これまでの彼女の不審な点にある。

 美波さんはときどき僕が知らせていない情報や見せていない性格を知っている節を見せる。僕のバイト事情だって誰にも教えていない情報なのに、なぜか知っていた。

 彼女にはおそらく、いやきっと、誰も気づいていない秘密がある。

 それが今回のことにも関係していると、段々思えてきた。


(……今なら、誘導尋問かけられるな)


 二人きりかつこの距離は久々のチャンスだ。

 僕は躊躇いを押し切って彼女に一歩分近づいた。能力効果範囲に入る。


「野球部が賭け麻雀してるってこともあの短時間で気づいたわけだ。すごいね」

「いえ、それほどでは」

『あ、まずい』


 妙な心の声の後、美波さんはくるりと踵を返した。


「孝明くん、うっかりです。希海たちに置いていかれてます。次の検査もありますし早く行きましょう」

「あ、ちょっと――」


 引き留めようとしたが、美波さんは僕を置き去りに小走りで走って行った。

 なにも考えていないのか、能力持続の一分間の間も声は聞こえてこない。


(まずい、ね)


 この状況から考えれば、佐伯たちの姿が見えなくなって焦った声、と解釈できる。

 できるが、果たして本当にそうなのか?

 別のことに焦った声、と考えても当てはまってしまう。

 たとえば、、とか。


(馬鹿げてる。でも……)


 胸騒ぎを覚えながら、僕は彼女の後を追った。


***


 抜き打ち検査はほとんど一日で終わらせる。そうしないと騒動に気づいた生徒がまずいものを隠したり、部屋を綺麗にしてしまうからだ。

 そんなわけで野球部の検査が終わった後も僕らは各部室に踏み込んだ。


「いやー! それだけはやめてー! 後生だからぁ!」

「ちゃんと持ち帰ります持ち帰ります! だめ読んじゃだめ!」


 僕と次郎が背にしているドアの奥からは悲鳴なのかなんなのかわからない叫び声がずっと聞こえ続けている。

 ドアの奥の部屋は文芸部が使っている。女子部員しかいないので、気を遣った美波さんは女子メンバーだけで突撃したわけだ。

 物々しい音が鳴り響いたときには覗いてみるべきか次郎と相談したのだが、タイミングよくぬっと顔を出した美波さんに「男子禁制です」と告げられてしまった。

 そんなわけで僕らはこの奥で何が行われているのか一切知る余地がない。


「……男子禁制だってよ」

「らしいね」

「知りたいか?」

「命が惜しい」

「それな」


 僕と次郎が互いに苦笑い浮かべると、ガラリとドアが開いた。

 僕と次郎が窓際に移動すると、いつもどおりの美波さんが出てくる。しかし後に続く佐伯と星野は顔を真っ赤にして恥ずかしげにうつむいていた。

 眉を上げた次郎は、二人をちらちら見ながら美波さんに聞く。


「ど、どうなったんすか?」

「私物が結構ありましたので持ち帰ってもらうことにしました。他は綺麗に使っていましたね」

「私物って?」

「聞くな!」


 叫んだのは佐伯だ。

 次郎がポカンとすると、佐伯は更に頬を赤くして「ううう」と呻く。


「言えないわよ……あんな凄いの」

「……しゅごかった」


 星野がこくこくと頷く。一体なにがあったんだ。美波さんは平然としてるのに。

 深呼吸して自分を落ち着かせた佐伯は、胸を押さえながら美波さんに笑いかける。


「それにしても凄いわね美波。あんな場所に隠されてるのを見つけるなんて」

「ちょっとした推理を」


 美波さんは歯切れ悪く答える。

 佐伯は眉をひそめたが、美波さんは気にも止めず先に歩き始めた。


「さぁ時間がありません。テキパキと検査しましょう」


 すたすた歩いて行く美波さんを三人は追い掛けていく。

 僕は首の後ろを掻き、彼らを追った。


(まるで逃げるみたいだな)


 そう思わずにはいられなかった。

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