第9話 王女と僕らの夏合宿 下
「どうした、二人共?」
「別に」「なんでも」次郎と佐伯はそっけない返事をして僕らの方に追いついてくる。
「それで怪談話で涼しくなろうって話なんだけどさ」
「あ、あーなるほどね、はいはい。夏の定番ね。でもよ孝明、それって本当に効くのか? 俺は疑問だぜ」
「そ、そうね次郎。あたしも涼しくなった経験ないし?」
「ゾクッとしたら暑苦しさも忘れるんやないかなって思うんやけど」
星野がそう言うと、佐伯は彼女に向けて何かを訴えるようにカッと目を見開いた。しかし意図が伝わらなかったようで星野は首をかしげる。
「僕は背筋ぞくっとする話を披露できるんだけど」
「ウチも」
「私も」
美波さんと星野が追随する。この二人は乗り気だな。
逆に佐伯と次郎は、喉に小骨が詰まったかのような渋い表情を浮かべていた。
「い、いやだからな? 確証がないもんに時間を割きたくないっつーか?」
「そうよそうよ。他の案はないの」
「僕に他の案はないよ。そっちにあるならそれでいいと思うけど」
佐伯と次郎は黙り込む。なにかやりたいことがあって反対しているわけではなさそうだ。
ははーん、さてはこいつら。
「ごめん、怖いなら止めておこうか」
「怖くねぇ!」「誰が怖がってなんか!」
即座に言い返してきた二人の目は必死だった。
「いやでも、怖いか――」
「「怖くない!」」
大声に思わず仰け反ってしまう。
佐伯はふふんと笑って見せた。
「いいわ! 怪談でも何でも試してみようじゃないの! ねぇ次郎!」
「お、おおよ! 俺のとっておきの怪談を炸裂させてやるぜ!」
お前達、それをフラグと言うのだ。
(そういや佐伯は抜き打ち検査でもドツボにはまってたっけ……次郎も一人じゃ引っ込みつかないだろうし。余計なことしちゃったなぁ)
本人の名誉もあるし、あまり怖くない話に切り替えたほうがいいかも。
「あまり長引かないようにしましょうね。一人一回くらいで。騒ぐと冬子先生に叱られます」
美波さんも二人の虚勢を見破ってかそう提案した。
「それは残念ね」「ああ残念だな」次郎と佐伯が粋がってみせる。
うん、だからフラグがね?
***
看板製作の後も僕らの生徒会活動は続く。
校内を見回って文化祭で解放するルートやゴミ箱置き場を確認し、食事や持ち込みに関する注意事項を取りまとめ、ついでに各部の見学やら先生方の雑用を聞いていると、あっという間に夕方になった。
仕事を終えた僕らの胃袋はちょうど空腹を訴えた。
「では今日はここで終わりましょうか」
美波さんの合図で仕事を一段落させた僕らは、ぞろぞろと家庭科実習室に向かう。本日の夕飯はそこで自炊することになっていた。
別に作らなければいけない決まりはないのだが、生徒会顧問の冬子先生が開けてくれるというので、せっかくなら合宿らしく自分達で用意することにしていた。
「合宿といえばカレー!」
次郎は荷物の中からカレールーのパッケージを両手に持って掲げる。誰に何をアピールしているのだろう。
「はいはいあんたらは座ってなさい」
「すぐに作りますからね」
女子三人は次郎に取り合うこともなくエプロンを身につけ、テキパキ仕度を始める。こういうときは全員で取りかかるのが相場なのだが、料理経験のない僕と次郎は座っていろと佐伯に調理担当から締め出されてしまった。その代わりに食器洗いや片付けを押し付けられた格好だ。
僕と次郎は椅子に座って女子三人が動き回る姿を眺める。美波さんはそつなく何でもこなしている。やっぱりエプロンつけた後ろ姿が可愛い。
佐伯と星野も料理経験があるようで、三人はわいわいと楽しみながら調理していた。
「……なんか肩身が狭いな俺達」空腹なのか腹を押さえた次郎がぽつりと呟く。
次郎の人の良さを再確認しつつ「わかる」僕も同意した。
「片付けだけってのも申し訳ないよな。同じ生徒会メンバーなのに」
「普通のカレーなら俺だってできそうなのによ~のぞみんがすっげぇこだわるんだよなぁ。完璧じゃないと嫌だって」
実に佐伯らしい理由だ。彼女にとってはまだ他人に融通を利かせるような細かい配慮は難しいのだろう。それでも手伝うと申し出た僕らに対し「あんた達に作ってあげたい気持ちもあるんだから」なんて冗談めかして返してくるくらいには、僕らを除くことに気遣いをしてくれていた。
昔だったら「怪我されたら困るし邪魔!」と人を不快にさせて終わったろう。言い方一つ次第で受け取る側の心証も変わる。そういう意味では、佐伯も成長しているのだろうな。
といっても、次郎の気持ちもわかる。
「だったらさ、僕らは褒める係になろうか」
「褒める?」背中からテーブルにもたれかかっていた次郎がオウム返しに聞いてくる。
「たくさん食ってとにかく褒めて感謝する。手伝いじゃなくて、気持ちで応えるってやつだよ」
結局のところ美味しいという言葉が一番喜ばれるということを、僕はこの夏休み中に身を持って知った。
「なるほど。そういうことなら任せておけ! いくらでも食ってやるぜ!」
「頼むから先生の分も残しておいてくれ」
第三者の声だった。ギョッとして振り返ると、そこには白衣にジャージ姿の冬子先生が立っていた。相変わらず化粧っ気がなく目の下に隈がある。
「えっ、冬ちゃんも一緒に食うんすか?」
「当たり前。そのために家庭科室を開けたんだし」
「そのためかよ」
しまった思わず先生に突っ込んでしまった。
「む、才賀。教え子の作るカレーを堪能してみたいと思うのはいけない?」
「いえ。てっきり買って帰るのも面倒だから僕らに作らせたのかと思って」
「さてそろそろかな」
冬子先生は調理班の方を向きながら椅子に座る。おい教師。
「はいできましたよ~」
聞き慣れた合図があった。大鍋にはぐつぐつと煮込まれたカレーが大量に入っている。どう考えても六人分以上ありそうなのだが。
「一体何人分作ったの」
「とりあえず二倍くらいは」
「……多くない?」
「なに言ってんのうちには大食らいがいるでしょ。これでも足りるかどうか」
「おう任せておけ! 腹ぺこだ!」
ガハハと次郎が自分の腹を叩く。気のせいか女子三人の顔が引き攣っているようだった。
それから僕らは、持参してきた皿に好きなだけよそって各自の席に着く。
「「「「「「「いただきます」」」」」」」
全員唱和の後にスプーンで一口食べる。汗をかいて疲れたせいか、とても美味しい。
「うめ、うめっ」次郎は開始一分で半分ほど無くなっていた。
「ほら、次郎」食欲で我を忘れているであろう彼にこそっと声をかけると、次郎はハッとしていた。やるべき事を思い出したようだ。
「い、いや~うまいなぁこのカレー! 特にこのにんじんとジャガイモの切り方が超うまい!」
下手くそか。味を褒めろ形を褒めてどうする。
「そ、そう? 実は野菜切ったのあたしなんだけどね~? そんなにうまいか~普通なんだけどな~?」
何でもなさそうに言う佐伯は、喜びのあまり防波堤が決壊しそうな顔をしていた。良かったのぞみん単純で。
もう二、三口食べ進めたとき、僕はカレーの特徴に気づく。
「これ隠し味とか使ってる?」
「あ、みーちゃんさんの案で無塩バターと、風味を出すためにお味噌を少し……」
答えた星野は不思議そうだった。「才賀くん、よう気づいたね?」
「前に食べた味と違ったから。前ってインスタントコーヒー使ってたよね」
「はい、その通りです。覚えてくれていたんですね」
「そりゃ君が作ってくれたものだから」
食べながら答えて、ふと気づく。
僕と美波さん以外が手の動きを止め、じーっとこちらを見ていた。
「はいはいごちそうさんごちそうさん」
「おかしいな、カレーなのに甘く感じる」
「ですよね先生~砂糖大杉ですよね~」
佐伯と次郎と冬子先生がやれやれと首を振って食事を再開する。星野に至っては両手で口元を覆ってぷるぷる震えていた。
「……なんか、ごめん」惚気るつもりはなかったのに。今度から気をつけよう。ちなみに美波さんはキョトンとしていた。わかってないなこの人。
その後も雑談混じりに夕食は進んでいった。
「なぁ次郎、それ何杯目?」
「三杯目から数えてねぇな」
「たくさん食べてくれるんはええけど、無茶はしいひんでね?」
「大丈夫すっげぇうまいから! ありがとな女子の皆!」
「うへへ~そうかぁ~美味しいんならしょうがないけどぉ~」
「……希海ちゃんてちょろいなぁ」
「……うちの彼女とどっこいかも」
「いま私に対する愛情表現が聞こえました。面と向かって言ってください」
「ちがっ、いやちがくな、とにかく言えるかぁ!」
「騒がしいぞ君たち。貸してるってこと忘れるな」
「「「「「すみませーん」」」」」
「ところで電子煙草だからここで一服していい?」
「いいわけないだろものぐさ教師」
などとわいわい騒ぎつつ、僕らもおかわりをしたおかげかカレーはすっかりなくなってしまった。
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