第30話(第3部完結) 王女の贖罪 下
僕はベットの上で四つん這いの状態になっていた。腕の間には、美波さんが仰向けに寝転がっている。彼女は微かに驚いたような表情を浮かべていたが、それをすぐに引っ込めて見返してくる。
(僕は、なにを……)
未だ頭が混乱していて、まっとうな考えもなにもない。
だけど、下腹部をさわさわと触るような、むず痒さにも似た熱がある。
ほぼ裸体の美波さんを前にしていると、潤んだ瞳に見つめられると、自分の中の劣情が膨れ上がっていく。
『好き、大好き。あなたが、大好きなの』
美波さんが手を伸ばし、僕の頬に触れる。
全てを受け入れるように、目尻を和らげる。
『お願い、私を嫌わないで。私の前から居なくならないで。何でもします。私を好きにしていいです。だからずっとずっと、そばに居させてください』
祈るように、煽るように、彼女の声が僕の脳を刺激する。
美波さんがなんのためにこんな真似をしているのか。
なにが正しいのか。なにが本当なのか。
そんな迷いも疑問も全て、鬱陶しくなった。
僕は、僕という理性を剥ぎ取る。
吸い寄せられるように美波さんの唇を塞いだ。遠慮もせず口の中に押し入ると、彼女の身体がびくんと跳ねる。
『んぅ……』
舌を絡めて、彼女の中を貪る。美波さんの頭を手で抱えるようにして、深く深くキスを続ける。
『こーくん……好き……もっと、強くして、いいから』
とろけた声のせいで僕は更に加速する。唇を離し、白い首筋に舌を這わす。美波さんの身体がビクビクと反る。容赦なく首筋も鎖骨も胸の谷間も舌で舐めていく。
肌から香る石鹸と甘い匂いを嗅いでいると、頭がくらくらした。
『ぁっ、あっ……、うっ、あっだめ……そんなとこ……』
美波さんの中の罪悪感が原因なのだろうとは思う。だから、真意はわからずとも、こんなことをする必要はないと答えることはできた。
でも、心底から僕に尽くそうとする彼女の声が、捨てられたくないと必死に求める声が、僕の中の負の感情を呼び覚ましてしまった。
『んぅ! はぁ、はぁ……あぅ……あっ、あっ……』
話せない事情があったとしても、好き勝手に僕を何度も騙して、何度も隠し事をして、いざバレたらこうして泣きついてくるこの女の子のことが恨めしい。
信じようとしていた自分の間抜けさが悔しい。
太ももの辺りを触ると『んぁっ』敏感に反応する声が聞こえた。わざとショーツと股の境界線に指を這わせ焦らすと、美波さんは僕の腕の中で恥ずかしげに身悶えた。
可愛い。もっともっといじめたい。
溜まっていた鬱憤の分、開放感が凄まじかった。美波さんの荒くなった息遣いを聞いていると、優越感すら湧き上がった。
もう下半身の緊張は限界だ。最後までしたい。美波さんを汚したい。
止まらなくてもいい。彼女は望んでいる。これは彼女のためなんだ。
そんな言い訳をしながら、密着していた身体を少し離す。ブラとショーツを脱がすために。
そして、改めて美波さんの顔を確かめて――ハッとした。
美波さんはギュッと硬く目を閉じている。両手もベットのシーツを力一杯に掴んでいた。肩は微かに震えていた。
『怖くない、大丈夫……相手はこーくんだから、怖くない』
美波さんから、自分に言い聞かせるような声が届いた。
『こーくんだもん、怖くない。こーくんと一つになれるなら、怖くない』
受け入れようとする台詞とは裏腹に、彼女の身体は強張っていた。
ただ嬲られるのを我慢しているみたいだった。
今更になって、自分のやっていることに気がつく。
言われるがままに押し倒しているこの行為は、本当に愛情からなのか?
自分の中の不平不満を獣欲に任せてぶつけているだけじゃないのか?
こんなものが、彼女と僕の初めてでいいのか?
自分の手を見つめる。震えが来ていた。
(僕は、なにしてんだよ……)
自分の中の怒りや悲しみをこんな形で許してしまったら、ズルズルと歪な関係に落ちていってしまう。
たとえ美波さんが望んでいたとしても、終わった後に後悔するだけだ。
ベットから下りる。『……こーくん?』気づいた美波さんが恐る恐る目を開けた。僕はその顔に落ちていたワンピースを被せる。「わぷっ」
「えっ、えっ、ど、どうしたんです?」
「着なよ」
ベットに腰掛けてため息を吐く。美波さんは上半身を起こし、ワンピースで自分の身体を隠した。
「あ、あの」
「やめよう」
「えっ……」
「こんな形で最後までしてもお互い傷つくだけだよ。虚しくなるっていうか……とにかく、服を着て」
素肌を目にしないよう違う方向を向いて、努めて冷静に話す。
「で、でも」動揺する気配が伝わった。早く服を着て欲しいのだが、名残惜しいのか何なのか、美波さんはおろおろしているだけだ。
「だから早く服を着てってば」
耐えかねて、彼女の方を向きながら注意する。
すると「ふぇ……」美波さんの顔がピシリと歪んだ。まるで亀裂が入るように。
あっ、と思ったときには
「――うわぁぁぁぁあぁぁぁん! ふぇぇぇぇぇん!」
美波さんが大声を上げて泣き始めた。
はい? と僕が呆気にとられる前で、彼女は女児みたいに手をぐーにして両目を隠しながら号泣する。ぽろぽろと大粒の涙が頬を流れていく。
「やだぁぁぁぁぁぁあぁぁ。嫌いにならないでぇぇぇぇぇ」
「ち、ちょ! 美波さん落ち着いて!」
「うわぁぁぁぁぁぁん。ごめんなさいこーくんぅあああああああん」
何事だこれは。いつも冷静沈着で顔色一つ変えない美波さんが、ここまで感情をむき出しにして泣きじゃくるなんて。
僕はしばらく唖然としていたが、しかし泣かせ続けるわけにもいかない。そろっと彼女の元に近づいて、躊躇いつつも抱き寄せる。
最初はビクリとしていた美波さんだが、そのまま僕の胸に身体を預けてきた。
「うぅ、ぅ……嫌いにならないでぇ……」
「大丈夫。大丈夫だから」
「ぅぅぅぅ……でも、でも、幻滅したはず、私のこと……こんな風に、あなたの機嫌を取ろうとして……ひっく、卑しい女だって」
「べ、別に怒ってないから」
「う、ひっく、うう…………わ、私、怖く、なった、の」
しゃくり上げる美波さんが、僕の胸元をギュッと掴む。
置いていかないでと縋る子供のように。
「私が、黙ってたことで、こーくんに、期待を持たせてたなんて、思わなくて……ひっく、気づかれたこともショック、だったけど、それ以上に……助けるためだって、誤解をさせて、そうじゃないって伝えることが……ものすごく、怖かった」
彼女は微かに震えながら、懺悔するように続ける。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……私には、何もできなかった。私は、変えられなかった。何度も何度も過去に戻って、あなたを救おうとして……でも、あなたを、目の前で、失い続けて、手立てがなくて」
「……」
「もう嫌だって、見たくないって思っても、あなたと一緒に、一月二十五日を、超えたかった……だから、必死に、未来を変えようと、した」
「……」
「それで、それで……うう、うううぁぁぁ」
美波さんが呻く。僕は彼女を強く抱きしめ「無理しなくていいから」と背を擦る。
それでも、美波さんは、言葉を止めなかった。
「……変えられないって……気付いて、しまった」
とめどなくあふれる涙が、僕の服を通して、僕の心も濡らしていく。
「でも私は、無理だってわかっても……離れたく、なかった」
「……」
「あなたの、ために、してあげられること、考えて、それで……あなたと付き合う前に、戻って……ひっく」
「……」
「なのに、私のせいで、あなたを傷つけるなんて……!」
「もういいよ」
美波さんの頭をギュッと抱きしめる。
繊細な髪も、小さい頭も、華奢な肩も、こうして抱きしめると全て壊してしまいそうなほど儚い。
そこに、どれほどの悲痛を詰め込んできたのだろう。
「言わなくていい。全部、わかったから」
これ以上、美波さんに辛い思いをしてもらいたくない。背負わせたくない。
「責める気なんてないから。ありがとう、美波さん」
それはきっと、僕を救うために走り続けた美波さんの、絶望の果ての決断。
かけがえのない時間のために、一年前に戻る必要があった。
「僕との思い出を作りに来てくれて、ありがとう」
美波さんは何も言わず、声を殺して泣いた。
***
服を着直し、僕の目の前に座っている美波さんは、淹れたての紅茶を飲んでほうと一息つく。
泣き腫らした目元が痛々しいが、落ち着きは取り戻していた。
「……ごめんなさい。もう、大丈夫だと思います」
ティーカップをソーサーの上に置いた美波さんは、うつむき気味でそう言った。
「うん。でも無理しなくていいから。また今度でいいし」
「……ありがとう、こーくん。ですが、私は私の責任と誠意を持って、この場で全てお話しようと思います」
彼女はゆっくりと顔を上げる。
決意と覚悟を秘めた、悲壮な瞳を僕に向けていた。
「あなたが察している通りです。私が戻ってきたのは……あなたとの、最後の思い出を作るためです」
第3部『僕と王女の思い出と未来』―完―
⇒ 最終部へ続く!
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読者の皆さまへ
第3部が完結編とか言ってたのに区切っちゃってごめんなさい!
次の最終部がほんとにほんとの最後です!
エンディングをお楽しみに!
あとちょこっと更新休止いたします。再開は近況ノートで告知します。
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