第11話 初々しい王女
美波さんから全てを聞き出した翌日の日曜日――彼女は僕の部屋にやってきた。
部屋に入って早々落ち着きなく部屋を見回していたのは、おそらく物がほとんどなくなっている光景に何かを感じ取ったのだろう。
「……お邪魔します」
しかし美波さんは特に言及せず、いつものように部屋の中央にちょこんと座る。
触れなくても大丈夫と考えていることを、態度で示してくれている。僕もそのつもりだ。
これから先のことを考えていくのだし、こんなガラガラの部屋のままでいるつもりはない。
美波さんが今日来たのは今後を話し合うためだ。具体的には、どうやって運命を変えるか、その作戦会議をすることになっている。
早速、真面目な話をする――つもりだったのだけど、なんだかこう、無闇に浮足立って彼女と目を合わすことができなかった。
(うう、いつにもまして恥ずかしいっていうか、緊張するなぁ)
ちょっとどころではない照れが出てしまっている。
美波さんは今日も相変わらず美人で、そんな人と結ばれたのだと思い返すと嬉しさのあまり頬が緩みっぱなしになってしまう。油断すると彼女の白くてきめ細やかな裸体や柔らかい感触や我慢している声や手の中の温もり思い出して鼻息が荒くなってしまう始末だ。
(いかん、いかんぞ孝明。こんなんじゃ美波さんに失礼だ)
自分を律するためにあえて能力発動距離よりも遠くに座る。近くにいると美波さんのことで頭がいっぱいになってしまう。
……そんな僕の気持ちに気づかないでか、美波さんがずいと近寄ってきた。
僕は座ったまま後ろに下がる。また美波さんが近寄ってくる。
「こーくん」
「は、はい」
「テレパスが使えないと不便です。もう少し近寄ってもらえませんか?」
「く、口での会話でもいいんじゃない?」
美波さんは小首を傾げ、髪の房がさらりと流れた。ああもう、こんな所作ですらいつもよりドキドキする。
「急にどうしたのですか。今まで普通にしてきたのに」
「き、気分転換?」
ぎこちなく笑いながらそう嘯く。
頭がピンク色に染まってしまうんです、なんて言えるわけねぇ。
むしろ美波さんが平然としている方が解せない。こんなにも慌ててしまうのは僕だけなんだろうか。それはそれでこう、ちょっと悲しい。
邪推していると、美波さんがバッと勢いよく近づいて僕の腕を掴んだ。
「時間がないのですからいつも通り、に――」
『あれ、こーくんいつもよりあったかい』
触れただけでわかるほど今の僕の体温は高いのだろうか。やばい興奮がバレる、恥ずかしい。
見つめてきた美波さんの視線を避けるように、咄嗟に横を向いて腕で口元を隠す。
『もしかして私と同じ――あっ』
気づきの声を上げた彼女の頬が、まるで長風呂でのぼせ上がったように赤く染まっていく。
慌てて手を離した美波さんは正座のまま勢いよく後退した。
『あ、あっ、あのあのごめんなさい違うんですそういうつもりではなくて不用意でした不注意でした今のなし忘れてください!』
僕と距離を置いた美波さんがわちゃわちゃと手を振る。しかし能力持続の一分間は継続している。
『意識しないようにしてたのにだって普段どおりにしないと読まれちゃうんだもん変な感じになりそうなんだもんううううだめ急に恥ずかしくなってきちゃったこーくんのバカなんで反応するんですかバカ……!』
両頬を手で挟んだ美波さんがうつむき気味で慌てふためく。悪いが全て聞こえてしまっている。
どうやら平然としていたわけではないらしい。テレパスで会話するならと必死で抑えつけていたわけだ。
「あー、その……反応しちゃって、ごめん」
肩を揺らした美波さんが更にうつむく。湯気が出そうなほど耳まで真っ赤だった。
逆に僕はちょっと落ち着いた。他人の慌てている姿を見ると冷静になるというあれだ。
「なんていうか距離感がね? いつも通りがいつも通りに感じられないっていうかね?」
「……はい」
「真面目な話をしたいので距離を離してたわけであって」
「……はい」
「真面目モードを崩しちゃうつもりはなかったんです」
「……はい」
「恥ずかしいから平静になるよう頑張ってた気持ちも十分わかるっていうか――」
「もういいですわかりましたからぁぁ」
美波さんが両手で顔を覆って呻く。それ以上掘り下げるのやめてというギブアップ宣言だった。
「ぅぅぅ、もうヤダほんとヤダこーくんが見れない」
泣き言を漏らす美波さん、
不謹慎だとは思うがちょっとホッとしてもいた。テレパスで会話するために無理に自分を律していただけで、僕とのことはちゃんと意識してくれていたのだ。
「最初から口での会話にしたらよかったのに」
「私からそうしたら読まれたくないことがあるって勘ぐられちゃうじゃないですか! 脳内ピンク畑になってるなこいつって思われるじゃないですか!」
そう言われればそうだ。しかし脳内ピンク畑に思われるって僕はどんなイメージなんだ。
「……なにニヤニヤしてるんです」
気づけば、指の間から美波さんのジト目がこちらを覗いていた。
「私のこと面白がってません?」
「いえいえそんなことは決して」
「こーくんのせいなんですよ! ここに来るまで物凄く恥ずかしくて悶える自分を必死に抑えつけて来たのにあなたのせいで台無しなんですからね!」
逆効果だ美波さん、可愛らしくてつい笑ってしまう。
当然、彼女の拗ね具合も余計に悪化する。
「こーくんの馬鹿! あほ! 美波たらし!」
なにその新種の悪口。
「もう今日は駄目ですから! 気がつくとぼーっとしちゃったり頬が緩みっぱなしでちゃんとした会話になりませんから! ちょっと一週間くらい時間を置いて会いましょう! じゃあ!」
「待て待て極端に走るな」立ち上がろうとした彼女を咄嗟に引き留める。
「ごめん、気持ちを乱しちゃって……でもさ、僕も一緒だから。なんとなく気恥ずかしくて、最初の頃みたいに緊張して、ドキドキしっぱなしで、そういうのが嬉しくて」
指の間から僕を観察するような美波さんに、笑いかける。
「どんなことだって好きな人との経験は、こんな風にそわそわして自分が自分じゃないみたいになる」
タイムリープを繰り返してきた美波さんにとっては、久方ぶりに味わう未知の衝撃だったに違いない。だからこそ彼女は心を揺り動かされ制御できなくなっている。僕との情事というのはちょっと下世話だけど、決して悪い話じゃない。
「同じ気持ちになれてるってわかるのはとても嬉しいよ。平然とされてると、なんだか自分だけ舞い上がってるみたいで寂しいから」
「……」
「もちろん心を読まれたくないなら隠してもらっていい。覗いたりしない。でも僕とのことを考えてニヤニヤしちゃう美波さんも見せてほしいっていうか、きっと嬉しいんだろうなって思う。僕も、そういうのを君に見せていきたい」
静かに聞いていた美波さんは、そっと手を下ろす。
不満げに膨らませた頬をさっき以上に赤らませながら「そですか」とぶっきらぼうに告げた。
「どうしてこうなっちゃうのかわからないくらい舞い上がって恥ずかしくてたまらないのに、そんな私が見たいとのたまう変態さんなのですね」
いやちょっと語弊がある。
ふてくされた感じの美波さんはその場でスッと立ちあがる。まだ帰るつもりなのか?
腰を浮かそうとして「おすわり」と命令される。
「このままでは熱くて仕方ありません。洋子さんに紅茶とお茶請けを頂いてくるついでに冷却してきます。こーくんはその場にいてください。落ち着かないので」
「あ、はい」
「……見たければ見ればいいですよーだ」
ぼそりと呟かれた声で美波さんの方を見ると、彼女はシュバッと視線を逸らす。
嫌がっているというより、恥ずかしすぎて目を合わせられないという感じだ。
「ちゃんとこれから、全部見せてあげますから」
そう言い残して美波さんは勢いよく部屋を出て行った。
ドアが閉められた瞬間、僕は床に突っ伏した。
(僕の彼女は世界一ぃぃぃ!!)
心の中で叫ぶ。今までは美波さんの方に経験値があって彼女からぐいぐい来ることが多かったが……翻弄される美波さんの初々しい反応もなんとも愛おしい。
彼女は、目まぐるしいほどに変わってきている。もっともっと違う側面が現れてくる。
そばで見守るためには、絶対に生き残らなければいけない。
これ以上ないほどにやる気が充填された。
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