第18話 王女を傷つける奴を僕は許さない 上
文化祭の一部制限が設けられたことで学校中が大騒ぎになった。
もう当日まであまり時間もないのに幾つかのクラスが企画修正を余儀なくされ、生徒達は文句を垂らしながらも対応に奔走した。何人かは校長に直談判したようだが、説得はできなかったという。
まさに文化祭に影響を及ぼす事件が起こってしまった。美波さんが体験した物理的な障害と違って生徒に知られないままの発生だったが、運命とやらはそんな細かいことは気にしないらしい。
そして僕もまた、迫るタイムリミットを前に奔走した。
なんとしてでも犯人を捕まえる。そのためには、次郎から名前を聞き出さなければいけない。
呼び出しがあった翌日、僕は次郎に話がしたいとスマホで連絡した。返事はなかった。
電話も無視で、メッセージの既読もつかなかった。
それではと教室に行っても、次郎は僕を見るなり慌てふためいて逃げ出した。いつ行っても会うことはできず、生徒会室も僕がいるタイミングは絶対に顔を出さないようにされていた。
まずいことに僕の能力の弱みが露呈している。
目当ての思考を聞くためには誘導尋問が必須になるが、相手に逃げられてはそれができないし、盗み聞きでは成果が得られない。
次郎を強引に捕まえれば何とかできそうだが、僕一人の力で果たしてできるかどうか。誰かに協力を得ようにも、生徒会の三人には話せない。
ただでさえ傷心の美波さんにこれ以上の心労を負わせたくないし、他の二人だって今は大忙しのはずだ。
僕一人でなんとかしなければいけないが、次郎は僕から逃げ続ける。
そうこうしているうちにタイムリミットはどんどん迫ってくる。
食道あたりがキリキリと痛んだ。
堆積した苛立ちがどす黒い衝動に変貌していく。
そろそろ、我慢の限界だ。
(……もう、いい。手段を選ぶのは、止める)
どこのどいつがやったのか知らないが。
(やってやるよ、
僕の彼女を傷つけ、僕の友達を苦しめる奴を。
(全ての人間を読んでやる)
絶対に許しはしない。
てめぇは僕を、怒らせた。
***
休み時間になった瞬間、僕は席を立つ。それから教室の隅まで行って、手始めに入口近く席の生徒に接近する。
「……?」
『なんか用かな』
だらけていた男子生徒は、僕の気配に気づきそんなことを考えた。話しかけられるとでも思ったのだろう。
しかし僕はその男子を一瞥するだけで、次の席の女子に近づく。
『え、才賀くん? なんだろう?』
その女の子はドキリとしていたが、特に警戒はしていなかった。僕はなにも言わずに次の生徒の方に近寄る。
そうして僕は次々に能力発動距離まで接近しては通り過ぎるを繰り返した。
席に座っている生徒はもちろん、友達と立ち話している生徒、日直の仕事をしている生徒、馬鹿騒ぎしている生徒も含めて、教室内の全ての人間の心を読む。
そんなことをしていると、当然ながら僕の行動に疑問を持つ人間が出てくる。
「才賀どうした、さっきからうろちょろして」
最近割と喋るようになった男子――小林に声をかけられた。彼はクラスの中心の一人で、僕をクラス企画の参謀に据えようとしてきた奴だった。
「ちょっとね。落とし物探してて」
「なになに、手伝ったほうがよさげ?」
「いやいいよ。イヤホンのカナルだから。見付からなくても予備があるし」
僕がそう嘯くと小林は納得したようで「もし見付かったら教えるわ」と言って、さっきまで話していたグループの方へ戻っていった。
こそっと溜息を吐く。小林の心の声は『怖い顔してたから何かと思った』という、僕の様子を敏感に察知したものだった。
(……もう少し顔に出ないようにしないとな)
犯人探しで気が張っているし、何より能力の多用で身体の奥が軋んでいる。吐き気を堪えるあまり愛想笑いもできなかった。
できるだけ自然体を保って自分の教室をぐるりと回る。僕の接近を不審に思う生徒はたくさんいたが、過剰に反応した人間はいなかった。
(このクラスにはいない、か。良かった)
少し安心しながら自分の席につく。このクラスの人間は全員いいやつばかりだ。たった一人でも、それが嘘だったなんてあってほしくない。
こみあげる吐き気を、手のツボを押して誤魔化しながら考える。
次郎は、あいつを裏切れない、と考えていた。おそらく彼と旧知の同世代の人間が犯人なのだろう。けれど僕は次郎の交友関係を把握していないし、彼は人望があるからそれこそたくさんの人間と親しい。特定が難しい。
そこで僕は、同学年の生徒の心を全て読むことにした。
たとえ僕になんの情報がなくても、僕が近づくだけで犯人は過剰に反応するという確信があった。
犯人の動機はまだよくわかっていない。一応の仮説として、マッチポンプ的に自分で盗撮を知らしめて学校を刺激し文化祭を中止させる、あるいは混乱させるというものを僕は考えた。
その目論見であれば生徒会が狙われた理屈が通る。一般の生徒よりも話題になりやすいし、教師や親の目にも留まりやすい。つまり生徒や親が騒ぐような写真だったら何でも良かったのだ。
そして不運なことに、おあつらえ向きな写真が撮れられてしまった。
……ここまで考えてまだ仮説止まりなのは、自分で納得がいかない部分があるからだった。
星野のように文化祭に対して悪感情があるのかもしれないが、それならもっと効率的な方法があるはず。あまりにも回りくどいし、成果も微妙だ。
まだなにか、気づいていない要素が潜んでいる気がする。
一方で、計画的かつ慎重な人間の仕業ということが透けて見えてくる。こういうタイプは、表面上は決してボロを出さないよう振る舞うはずだ。
だからこそ僕にとっては御しやすい。
意識して自然体を繕っているからには、内心は神経を尖らせ常に警戒を怠らないようにしているだろう。たとえばターゲットにした人間が近づいてきただけで相手の反応を伺ったり。あるいは平静を装いながら、嘲りの言葉を浮かべて悦に入っているかもしれない。
つまるところ、周囲と犯人の声の違いがくっきりと浮かび上がるわけだ。
(必ず見つけてやる、必ず)
僕はゆっくりと深呼吸して、自分の怒りを研ぎ澄まさせた。
僕は休み時間になるたび他のクラスに足を運ぶ。同学年の教室を行き来する生徒は特に珍しくもないので入っただけでは驚かれなかったが、なにをするでもなく生徒の近くを通り過ぎていく僕を不審に思ったり、興味を抱く生徒は多かった。
『あれ? 王女の彼氏だ』『才賀ってこっちに友達いるっけ』『なんか盗み聞きされたんですけど。キモ』『邪魔くせぇな』『あたし見てる? やだちょっとなになに……って王女の彼氏じゃん!』『まーた生徒会が変なこと始めてんのか?』『あいつ挨拶運動のとき面白かったな』『才賀くんてこうして見ると割と可愛いな』
様々な声が雪崩れ込んでくるが、僕は奥歯を噛み締めて心の声を聞き尽くす。
幸か不幸か、スペシャル挨拶運動のイメージが強いおかげで生徒会の仕事と関連づける声が少なくなかった。実際に何してるのか聞かれても、生徒会の活動です、なんて言えば勝手に解釈してくれたくらいだ。
そうして順に教室を移動して、佐伯と星野のクラスに入る。
「才賀……? あんたなにしてんの」
「えと、どしたん……?」
二人が揃って僕の方に近寄ってくる。うまい言い訳も浮かばなかったので「ごめん、いまは少し放っておいてくれ」とだけ言って二人を無視する。
「ちょ……」佐伯は僕を引き留めようと手を伸ばしていたが、僕には届かずだらりと伸ばされただけだった。
『なんて顔してんのよ、あいつ……なんか、ヤな感じする』
『才賀くんいつもとちゃう。別人みたいで、怖い』
二人の感想が届く。
果たして僕は、どんな顔をしているのだろうか。
鏡でも見ればわかるのかもしれないが、そんな些細な気がかりは一瞬後に消え失せた。
二人のクラスにもおかしな人間はいなかった。僕は無言のまま廊下へと出る。
残る教室は三つ。そのうち二つには美波さんと次郎がいる。
足は自然と、二人がいない教室へ進む。
(……美波さんの教室は最後だな)
能力を知っている彼女は僕の思惑をすぐに察知するだろう。下手すると中断させられる可能性もある。そうなる前に犯人と遭遇したいところだ。
もうそろそろ、僕の身体も限界に近い。
次の教室に入り行動を開始する。やはり僕を訝しんだり面白がる声ばかりで、異質な声は聞こえてこない。
ここも外れかと落胆しかけた、そのとき
『才賀!? なんでこいつが……まさか俺のこと探りに来たんじゃないだろうな』
ぴたりと、足を止める。
声のした方向にゆっくりと目を向ける。
そこには、友人と雑談中だった一人の男子生徒がいた。
背が高く清潔感があり、イケメンと呼んで差し支えないほどの均整の取れた顔をしている。
皮肉なことに、僕はこの生徒の存在を前から知っていた。
生徒会長選挙を美波さんと争い、敗れた男。
僕たちの挨拶運動に悪意を持って接した男。
薄ら笑いを浮かべる彼の目はちっとも笑っていない。その開いた瞳孔には警戒と敵意がありありと浮かんでいる。
「お前、だったのか……」
その男――藤堂純一郎は、すっと笑みを消した。
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