第38話 王女と僕らは浴衣を纏う 下

「よくさ、そんなことくらい気にするなとか、褒めてるんだからとか言われるんだけどよ。俺にとっちゃやっぱ好きになれないこともあんだよな~……お前はそういう気持ちを否定しないでくれるから、ありがたい」


 神妙な言葉を、僕はただ黙って聞くだけだった。

 別に他人と接するにあたって明確な考えや方針があるわけじゃない。僕の反応が次郎にとって好ましい性質だったのは単なる偶然で、感謝される故もないと思う。


(……だから友達になれたのかもな)


 本来の人生で、僕と次郎と友人になっていたという。なぜなのか疑問だったが、単純に馬が合った結果ということかもしれない。

 考えてみれば次郎だって僕の病気を馬鹿にしたり腫れ物扱いせず、繊細な部分には踏み込まないでいてくれた。豪快なようで人の気持ちをちゃんと慮る彼の気質は、僕にとっても安心感がある。


「はい仕上がりましたよ~」


 そのとき、間延びした声と共に別室のドアが開く。そこは女子メンバーが着替えをしていた部屋だ。

 現れたのは着物姿のふくよかな女性――次郎の母で「べっぴんさんばっかりで着付けのしがいがあったわ。ふふふ」とご満悦だった。

 「ほら出ておいで」次郎母が促すと、奥から女子メンバーが姿を現す。


「じゃーん! どうだ!」


 最初に姿を見せた佐伯は、手を振り上げてアピールする。

 緩いウェーブのある髪を結い上げた佐伯は紅葉柄でオレンジ色の浴衣を着ている。色合いが明るく目を引くところが佐伯によく似合っていた。かんざし型の髪留めもオシャレだ。

 その場でくるりと回って見せた佐伯は、腰に手を当ててふふんと自慢気に笑う。


「さぁこい男子ーズ」


 僕と次郎は顔を見合わせ、そして首を傾げる。


「突進すればいいのか?」

「次郎のタックルは凄いぞ佐伯」

「殺す気か!? なにか言葉をかけなさいってことよ!」

「ちゃんと着れてる」

「うん問題ない」

「そういうことじゃなくて……!」


 ギリギリと歯ぎしりした佐伯が面白くて僕は笑ってしまう。この子ったらデレたくてしょうがないのね。


「よく似合ってると思うよ。大人っぽいし、雰囲気出てる」

「……そ、そう? ま、まぁお上品な浴衣だしね?」


 図に乗るかと思いきや佐伯は急に恥じらったようにもじもじする。そういうところがツンデレって言われる原因なんだぞ佐伯。


「あ、せっかくだしミューもお披露目しなさいよ。ほらほら」

「わわ、希海ちゃん……!」


 自分だけで恥ずかしくなったのか、佐伯は背後に隠れていた星野を引っ張り出す。転びそうになりながらも星野が僕らの前に出てきた。

 星野は朝顔柄で水色の浴衣を着ている。控えめな星野の清楚な感じがよく出ていた。ハーフアップにした髪型もいつもと違って新鮮だ。


「かわいい」

「かわいい」


 僕らが拍手を送ると「あたしと反応違うんですけど!?」佐伯が憤慨する。


「うぅ……そんな見んといてぇ」


 星野は顔を真っ赤にしてうつむく。前髪で目元が隠れてしまうと、次郎母が近寄って髪留めで髪が垂れてこないように固定する。


「お顔は出すべきよ」

「ふぇぇ」


 星野は明るくなった視界に戸惑って手で顔を覆うが、それすらも微笑ましい。すっかりお父さん気分になっている僕はちょっと涙ぐんでしまいそうになる。

 さて残るは一人。僕にとっての本命の登場だ。


「ところで美波さんは――」

「お待たせしました」


 部屋の奥から美波さんが静かに姿を表す。

 彼女は牡丹柄で桃色の浴衣を纏っていた。長い髪は和柄のシュシュでまとめて肩に流している。

 真顔を維持する彼女の涼やかな雰囲気と相反するような華やかな色合いだったが、だからこそ美波さんの可憐さを強調させている。

 ようは、画になる、というやつだ。

 見惚れてしまうほどに色っぽくて可愛らしくて、僕はぼーっと彼女を眺めてしまう。


「どうでしょう?」

「と、とっても綺麗、です……」


 色々と褒め言葉を並べ立てたいのだが、どれも陳腐になってしまいそうだ。本心としては僕の彼女は一億万点ですよと街宣したい。

 すると美波さんは「ちょっと失礼」と立ち位置を変える。ちょうど次郎に隠れて僕と目線が合わなかったようだ。

 そうして僕のほぼ真正面に立った美波さんは、微かに目を見開く。


「こーくんちょっとその壁に寄り添うように立ってください」

「は? なんで?」

「いいから早く。あと袖に手を入れて腕組みして。それからちょっと物憂げな表情をしながら壁際を眺めてください」

「いや意味が――」

「早く」


 どこか切羽詰まった様子だ。よくわからないが言うとおりにしたほうがいいのかも。

 僕が指示されたようなポーズを取ると、美波さんは持っていた巾着袋からスマホを取り出しパシャシャシャシャと僕を連続撮影する。


「……なにしてるのかな?」

「記念撮影です。はい次はこちらを向いて微笑みかけてください。あ、髪型が崩れてる」


 近寄った美波さんが僕の髪型をささっと整えてくれる。

 そして能力が発動する。


『いやぁぁぁぁぁこーくん格好いいいい! 体のラインがスマートで素敵首筋もセクシーだよぉはぁはぁこのお姿は絶対に撮りためなければいけない全力で写真集を作らなければいけないあと六百枚は写真を――』

「はいストップストーップ!」


 僕は写真のフレームからさっと逃げて腕でバツを作る。茹で上がった彼女は正気を失っておられる。放置すると僕の撮影会に突入して時間が消費されかねない。


「僕ばっかり撮ってどうすんの」


「せっかくの浴衣姿なのに」美波さんは恨みがましい目を向けてきた。


「こーくんはこんな機会でもないと着てくれないじゃないですか。いま撮り溜めておかないといけないんです」

「そ、そんなことはないよ。来年も着るから」


 痛いところを突かれて咄嗟に約束してしまったが、この場を収めるには致し方ない。


『来年……なんて』


 美波さんの呟きが聞こえた。

 先ほどとは打って変わった、硬質の声だった。


「今年じゃないと駄目なんです」


 言い切った美波さんがスマホを下ろして僕を見つめる。

 無表情は変わらないのに、切実さが剥き出しだった。


「美波さん……?」

「はいはーい痴話喧嘩そこまで! 時間もないしちゃっちゃと行くわよ」


 佐伯が僕らの間に割って入る。

 口を開いた美波さんだが、すぐには何も言わなかった。迷いを飲み込んだような彼女は、しょぼんと肩を落とす。


「……そうですね、急がないと」

「そんなしょげないの美波。帰ってきてからまたやればいいじゃん。今度は伊達眼鏡かけて扇子持たせて撮影しましょ」

『そのほうが絶対格好良いしなーこいつ』

「っ」


 僕は慌てて後ずさる。今度は佐伯に近寄られて能力が発動している。


(こういうの多くなってるなぁ……)


 以前は常に周囲を警戒して人との距離に敏感だった。しかし最近、こと生徒会メンバーに関しては近寄ってくる気配を察知するのが遅くなっている。あまりに一緒に居すぎて気が緩んでいるのかもしれない。しっかりしないと。


「眼鏡浴衣こーくん……! 慧眼ですね希海!」

「でしょー? さぁ後のお楽しみってことで出発しましょ」

『あたしも後で写真とろーっと。ふふ』


 佐伯が美波さんの背を押して移動する。僕は彼女らにバレないよう口元を腕で隠した。


(ど、どうせ浴衣眼鏡男子が好きで、被写体は誰でもいいとかだよな?)


 あいつが僕に興味を持つはずはないのだから、そうに決まっている。

 とはいえ、そんな理由でも女の子から写真を欲されているのはやはり照れる。

 僕は自分の気持ちを落ちつかせつつ、次郎と星野と一緒に店の外に出た。



――佐伯のことを気にしてしまった僕は、なぜ美波さんが今年に拘っていたのか、その時点で追求することができなかった……できていれば、この先の運命は、少しだけ変わっていたのかもしれない。

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